3-4彼の下心の理由
文字数 2,248文字
風呂と言ってもドラム缶。風呂場と言っても家の外、勝手口の回りをざっくり塀で囲っただけの空間。屋根はない。しかしてここは転生トラックの腹の中、霧は出ても雨は降らない。
衝立の向こうで円辺は肩をすくめた。
腹の底から轟く低い声。
ぞくぅっと大の男の背筋を凍らせる。
ねとつくオイルの汚れと、生臭いにおい。丹念に洗い流してお湯から上がる。
用意されていたのは、ダサ可愛いロゴ入りのパーカーとTシャツ。なぜかサイズとカラーのバリエーションはやたらと豊富。そして黒のジャージに靴下。
ひとしきり首をひねってから、適当に組み合わせて身に着ける。選んだのはグレイのカモフラパーカー、内側に白のTシャツ、黒ジャージは下だけ。幸い、サイズはぴったりのが見つかった。髪をぬぐい、タオルを首にひっかけてからおもむろに、オイルまみれの服とガスマスクをつまみあげる。
洗濯は入浴より時間がかかる。だが豊富なお湯と石鹸のおかげで、いつもよりずっと早かった。
改めてロゴを見る。
読み上げる。律義。
見ると、円辺の着ている白いTシャツにも同じロゴが入っていた。可愛いといえば可愛いが、デフォルメの加減が半端で、微妙に、惜しい。
渡されるマグにもアルパカさん。
何とも言いがたい微妙な表情でミレは中味を一口すすり。途端にきゅるっと目を見開いた。
おそるおそるもう一口。
ぼとりと涙が落ちる。目尻のきゅっと上がった切れ長の目から、ぼとぼとと、あとからあとから滝のように。
物流が断たれれば、乳製品の供給も断たれる。灰と塵の荒野には、コンビニも冷蔵庫も宅配便も無い。新鮮な食品を口にできるのは極めてレア。あまりに稀。
ず、ず、ずずずずじゅぅいいい。
音を立てて最後まで飲み干し、満足そうにため息一つ。それからぐいっと拳で涙を拭う。
ことりとカップをテーブルに置く。
どっかりと椅子に腰を降ろすと、円辺は身を乗り出した。テーブルにひじをついて背中を丸めるその姿は、ほんの少し小さく見える。
ミレは眉間に皺をよせ、半眼でねめ付ける。腕組みして、せわしなくつま先で床をたたく。まだ納得はしていない。
沈黙。
ドアの外、軽快な足音が近づく。響く歌は幼い子供のいとけなき声。
『ごらんよ空の鳥 野の白百合を』
ばーんっとドアが開いた。
おさげの幼女がそこにいた。ぶかぶかのくすんだカーキ色のパーカーに膝丈のデニムのズボン、黒い靴下灰色の靴、間のすねの白さと細さが浮き上がる。まるでそこだけ別の生き物。年のころは八つか七つ、顔立ちは円辺をマイルドにして、若くして、女性らしい愛らしさをブレンドして縮めた感じ。
要するに、似ている。年齢と性別をこえてもなお、隠しようのない類似性、すなわち遺伝子、あるいは血縁。ひと目でミレは理解した。
ここはヨナ町、転生トラックの腹の中。一度のみこまれたらもう、逃げられない。