5-1白ロリ少女は転生したい

文字数 6,520文字

 人々を救い希望をもたらす者をヒーロー。
 塗り固められた秩序を乱し、ひっかきまわす者をアウトローと呼ぶ。
 灰と塵の荒野をさすらうJK常道・E・ミレ、彼女が呼ぶのは果たして騒乱か希望か?

    ※

 ゴロゴロゴロ、ゴロゴロゴロゴロゴロ。
 地響きとともに奴が来る。砂利を踏みつけ、奴が来る。
 ゴロゴロゴロ、ゴロゴロゴロロ。
 じわじわと明るさを増す天井。ここは巨大な転生トラックの腹の中。にもかかわらず場を満たすのは黄昏めいた薄明かり。光源が何らかの形で外とつながっているらしい。
 ゴロゴロゴロ、ガラゴロゴロゴロロ。
 薄明かりに照らされて、ゆっくりゆっくり極めてゆっくりと、近づく影はロードローラー。ドラム状の巨大な前輪がゆっくりと回る。圧倒的な重量に地面が凹む。

 運転席には誰もいない。何故なら奴は転生トラックだからだ。形はロードローラーだが、とにかく転生トラックなのだ。
 ロードローラー型転生トラックの動きはとてもとてもゆっくり。かたつむりのようにのろのろと走り続ける。獲物を求めてどこまでも、どこまでも、決してあきらめない止まらない。しかし食事にありつけるのは稀だ。自ら獲物を獲るには、あまりに動きがのろすぎる。だからこのロードローラー型転生トラックは飢えていた。ものすごくお腹が減っていた。車輪の回転もどこかぎこちなく、時折ギギギ、と不規則な音が混じる。今日中に食事にありつけなければ、停止してしまうかもしれない。
 全ての転生トラックがエサを獲れるとは限らない。中には人知れずひっそり朽ち果てる物もいる。だが稀に思わぬ幸運がめぐってくるチャンスもある。ここはヨナ町、超巨大な転生トラックの腹の中。そして転生教団「子羊の園」が牛耳る町。存在自体が奇っ怪、意外、規格外。
 転生したがる狂信者は、履いて捨てるほどいる。そして転生トラックは、転生を望む人間をかぎつける。どんなに離れていても。どんなにかすかでも。さながら血を嗅ぎつけるサメ。
『それはともかく異世界転生したい!』
 切なる願いが奴らを呼び寄せる。そこにもここにもあちらにも、ほぉら、あなたの後ろにも…………
「だいぶ明るくなってきた」
「そうね」
「どう言う仕組みなんだろう」
「しらない。朝が来れば明るくなるし、夜になれば暗くなる。この二年間、ずっとそうだったわ」
 四階建ての建物の一角に、ぼやっとたたずむ少女が二人。一人は高校の制服に黒いマフラー、頭の横にガスマスクを縁日のお面のようにぶらさげている。足首を覆う赤いエンジニアブーツ、胸元に光る銀色の十字架……常道・E・ミレだ。むき出しになった鉄骨によりかかり、むしゃむしゃ柿を丸かじり。
 もう一人は、美少女だ。お人形さんのようにぱっちりした目を、くっきり引いたアイラインと付け睫毛でさらに大きく強調している。念入りにほどこされたアイメイクの効果たるや実にめざまじく、顔の半分が目かと見紛うほど。負けず劣らず瞳も大きい……両目にはめたカラーコンタクトの恩恵で。腰まで伸ばした髪は、メッシュの入った薄紫色。真ん中で分け、額を大きく出している。
 眉は無い。
 剃っているのか抜いたか元から生えていないのか、とにかく無い。
 身に着けているのは、フリルとレースをこれでもか、とばかりにたっぷりつかったクラシカルなワンピース。いわゆる白ロリだ。だが微妙にサイズが合ってない。ウェストをコルセットできつくしめすぎて、袖もスカートもぶわんぶわん。丸く大きくふくれあがり、つき出た手足が妙に細く見える。
 限界まで見開いた目はまばたき一つしない。サイズの合ってないカラコンのせいか、それとも限界を越えた付け睫毛の弊害か。
 黒く塗りたくった爪がコツコツとスマホの画面に当たる。そう、彼女はスマホを持っていた。しかも電源が入っている。
 これは奇跡か祝福か。
 動いている。スマホが、動いている!
「それ、どこかに通じてるの?」
 水色に塗られた唇が動く。目はスマホの画面に向けられたまま、ミレの方をちらとも見ようとしない。
「別に」
「だよね」
 既にネットワークは存在しない。たとえWi-Fiが通じていようと、アンテナが立っていようと、その先が無いのだ。
「新しい情報が入ってこないのに、何でそれ、いじってるんだ?」
 一瞬の沈黙。コツコツコツと凄まじい早さで指が走る。
「他にすることがないから」
 おお何たることか。彼女はスマホをいじらないと、他人と話すことができないのだ! その証拠に目線はいつもスマホの画面。決して相手の顔を見ない。指先でこつこつと、送信できないメッセージを打ち続ける。しゃべる速度とタイピングはほぼいっしょ。ある意味神技。
 しかしながらスマホの画面は右上から左下にかけて斜めに亀裂が走り、のみならず周囲に向かって細かな蜘蛛の巣にも似たひび割れが広がっている。とても見づらい。それでも電源が入れば動く。動く限り文字は入力できる。そう言うふうにできている。

 ゴロゴロゴロ、ガラゴロゴロロ。
 ロードローラーが近づいてくる。ゆっくり、ゆっくり、亀のように。エサのにおいを嗅ぎつけて、確実に着実に。
 もうじき二人の少女のたたずむ四階建ての建物のそば。
 斜め45度に地面に突き立った、かつての1ルームマンション。いっそ逆さまだったら住むこともできたろう。だが斜めでは無理。絶対無理。傾いた床は感覚が狂う。歩くだけで目まいがする。三半規管にきびしい。
 結果、人の住めない建物は素材の収集所と化した。床、壁、畳、扉、窓、ありとあらゆる建材をひっぺがされ、今やほとんど骨組みを残すのみ。
 わずかに残った床の上を、器用にバランスをとりながら美少女が歩く。あいかわらずスマホを離さない。白いドレスの裾がふわふわゆれる。

「止めないでよ」
「止めないよ」
 カカカカカッ!
 白服の美少女は猛烈な早さでスマホの画面をタップ。大量の文字を打ち込み、同時に水色の唇を動かす。
「ねえ、気になってたんだけどあんたみたいに冴えない子が、何で転生しないのかしら。この世になんの希望もないでしょ? 何の未練もないでしょ? 不思議。まあ、どうせあんたなんか転生したところでいいとこ、モブ止まりだよね。特別可愛いわけじゃないし、写真映えするわけじゃないし。LINEとかやってる? あ、ごめんね、スマホ持ってなかったっけ。今時スマホもないとか、信じらんない。マトモじゃないね。おかしいね。もしかしてコミュ障? あーそっか、そうだよね、話してて楽しくも無いし。何か趣味持ってる? インスタ映えしそうなとこ行ってる? 写真とってる? 無いよね。聞くだけ無駄だった。あなたにはなーんにもないんだ。空っぽの人生。わあ虚しい。生きてる意味ある? 生きてて楽しい? なんで召され。さっさと召されればいいのに。あなたと同じ空気吸ってるだけでもすでに不愉快。さっさと終了しなよ。それが世の中のためでしょ、みんなそう思ってる」
 骨張った指でスマホを叩き、抑揚の無い声で辛辣な言葉を紡ぐ。愛らしい外見で補正されていなければ、とてもじゃないけど聞くに耐えない下衆っぷり。SNSの規定に引っかからないよう、巧みに選ばれた言葉。絵文字も入っているが、真っ当な人間が見ればひとめでわかる罵詈雑言、まごうかたなき誹謗中傷。
 当人もそれを知っている。無表情な顔の眉と口元がわずかにひきつれる。
 おお神よ。
 我々は知っている。このいびつな笑みを知っている。本人の美醜に関わらず、あるいは老若男女を問わず、自分以外の存在を上から見下し、踏みつけるときに浮かぶ愉悦の笑み。笑っている本人はキメ顔のつもり、だが一度たりともその瞬間を鏡で見たことはない。どれほど無様な顔をしているかは決して知らない。たとえ百回千回一億回転生しようとも認めない。そんな顔。
「だけど私はちがうの! こんなに可愛いんだから。ふわっふわのドレスもばっちり着こなしてるし、スタバでコーヒーなうってツイートしただけで『いいね』が軽~く100はつくもの。フォロワーだって1万人超えてるし。私はどこに行っても注目の的、主役、アイドルなんだから」
 それもこれも全てネットがつながっていればの話。最後にログインしたのはいつなのか。フォロワーだって生きているのかどうかも怪しい。しかし彼女には関係無いのだ。過去の栄光、自分に対する承認、賞賛、全て全て現在進行形なのだ。目を見ればわかる。
 カラコンで異様に黒目が拡大し、白目は血走り、どこに焦点が合っているかわからない。
「こんな私が異世界に転生したら、きっと女神様がとびっきりチートな能力をつけてくれる。だって私は特別だから。あなたとは違うの。そうに決まってる。平均でいいんですって言っても、私にふさわしいステータスをつけると自動的にそうなっちゃうの。転生先もきっと貴族の令嬢かプリンセスよ。意表をついたハズレはありえない。テンプレ中のテンプレよ! そうに決まってるの、そうでなければいけないの。現代社会の知識とありあまる知性とチート能力で異世界でも無双し放題よ! 異世界の遅れたヤツらから見れば、現代人の私は神にも匹敵する知性の持ち主なんだから当然ね! あがめられるわ。尊敬されるわ。後から後からイケメン男子が何人もよってきて私を好きになるの。女なら誰でも自分に夢中になるはずなのに、私がちっともなびかないから気になって気になって、私に夢中になって、お前のためなら命もいらないって言って、私はこう答えるの。『それは困るわ、あなたは私と生きてくれなきゃ』って。そうして私たちは結ばれるの。運命なの」
 何人ものイケメンと同時に結ばれるとはどう言う運命なのか? すでに言っていることが支離滅裂、まったく整合性がとれていないが本人は気にしていない。一方でこれだけ長くまくしたてても一言も噛まないのはある意味技だ。よほど言いなれているらしい。今まで何十回、何百回と口にしてきたことなのだろう。もうすっかり舌になじんでいるのだ。
「私はあなたみたいなモブとはちがうの! こんなに可愛いんだから。ふわっふわのドレスも似合うし、スタバでコーヒーなうってツイートしただけで『いいね』が軽~く100はつくもの。フォロワーだって1万人超えてるし」
 ついに一周回って同じことを吐きはじめた。リピート機能でもついているのか。
「私はどこに行っても主役級。だ、か、ら、止めないでよ」
「止めないよ」
 かりっとミレは柿をかじる。鮮やかなオレンジ色の果肉を噛み、あふれる汁をなめとる。
「一つ質問していいかな」
「なによ」
「あんた、そんなに恵まれてるのに、なんで転生したがるんだ?」
「はぁ?」
 美少女は目をつりあげる。ぴしぴしと分厚く塗りたくったファンデーションにヒビが入る。
「あなたバカぁ?」
 めくりあげた口元に、ひきつらせた目元に細かな皺が浮かぶ。さながら手の中のスマホの画面。
「あなた何もわかっていないのね。いいことなんかひとつも無い人生だった」
 先程までの得意満面な顔が一転、くしゃっと歪む。白いドレスに包まれた肩が震える。口角から唾が飛び、ぴしぴしと割れた化粧がはげ落ちる。
「あなたが想像するより、ずーっとひどい目に遭ってきたんだよ、僕は。だれも僕のことなんか気にしてくれない。だれも僕を必要としてない。だれも僕に優しくしてくれない。いいこと、幸せなことは、全部僕をすりぬけてゆく。それどころじゃない。みんなが僕を踏みつけにして得をする。そのくせ僕を無視する。全然報われないんだ。死にたいって毎日言ってたし今も言ってる。何千回言ったって足りないよ、ああ死にたい! 生きるのやめたい。空しい。あ、もういやだ。もう死んじゃおうかな。もういやだ、だめ、限界、死ぬ、死ぬ! 死ぬ!」
 さっきまでのリア充人生はどこ行った。矛盾! ついでにいうならいつから僕っ子になったか。設定破綻!
「だから転生するの。転生する資格があるの。転生して女神様からとびっきりチートな能力をもらって異世界で幸せになるの。そうなる資格があるの。あなたとはちがって! だから止めないでよ」
「止めないよ。だけど一つ聞いていいかな」
「何だよ」
「この町に住んでいたら、いずれ生け贄の順番が来る。君が自分で言う通りの人間なら、それほど急がなくても順番が来るよね」
「……」
「何でそんなにあせるのさ?」
「君は何もわかってない。殉教に選ばれる順番なんか、のんびり待ってらんないんだよ。僕は若くてきれいなうちに転生するんだ! いい? 老いぼれてよれよれになってから転生したって意味ないだろ! 転生者は、若くて幸せで、いきなり死ぬのが理不尽で、引き換えるに値するだけの充実した人生を送ってないとダメなのこれ常識、あんた頭悪いな。ってか頭おかしいよ、バカなの死ぬの? むしろ今すぐ死ねよお前! 不愉快なんですけど。あんたの存在、すぐに削除してください。
はい、通報。運営に通報しましたー!」
 カツカツカツカツカツカツカツっ! 
 すさまじい勢いで画面をタップ。ひび割れがさらに広がる。顔も、画面も。ぱらぱらはがれ落ちる化粧。どれだけ厚塗りしてるのか!
 矢継ぎ早に打ち込むメッセージはすべて送信不能。それでも構わず打ち続ける。無限に積み重なる下書き。それは永遠にどこにも送信されることはなく、誰にも読まれない。朽ちて虫を育てることすらない。無為。虚無、無意味。
「どこにも行けない、こんな息苦しい町でこのまま年取ってくなんて我慢できない。絶対イヤ。こんなに可愛くて頭が良くて人気があるんだから。SNSのカリスマ女子高生なんだから、もっといい人生じゃなきゃダメなんだ。ダメダメダメこんなのまちがってる。だからこの町を出て行くの。出るには転生しかないんだから! 邪魔しないでよ! 絶対邪魔しないで、邪魔したら殺すから! 殺す。殺すよ。
死ね死ね死ね死ね死ねーっ!
 口角から泡を飛ばして叫ぶ美少女。それでもタイプする手つきは乱れない。ミレは口をすぼめて、ふっと柿の種をはきだした。捨てずに指でつまんですみやかに回収、ポケットに入れる。
「しないって。さっきから言ってるじゃないか」
「私は今日、殉教するの。聖なるつとめを果たすのよ。私が犠牲になれば、他の人がその分長く現世を楽しめるでしょう? こんな賞味期限の切れた缶詰めみたいな町のゴミクズみたいな人生でも、そうしたいって言うなら生きて行けばいいの、楽しめばいいの、そのためにきれいな私が犠牲になるの! だ、か、ら」
 あっちこっちに飛び回る、流言飛語は倒錯し、もはや出発点も着地点も見えない予測不能の無限軌道、夢飛行。
「だーかーらーっ」
 ぱらっとまた化粧が剥がれる。鼻の脇から頬、口元にくっきり刻まれたほうれい線が出現。分厚いファンデーションの層に隠れていた、小さなきのこ状のブツブツも顔を出す。ふわふわの薄紫の髪の毛がわずかにずれて、額からネットと黒い生え際がのぞく。
「止めないでね」
 化粧は剥げ落ちひび割れて、それでも声だけは妙に高く、にごり無く、愛らしい少女のまま。
「止めないよ」
 しゃくっと最後の一口を押し込むと、ミレは果汁に濡れた指をなめる。
「あたしはただの工具使いだ。人命救助は業務外」
「本当に、止めないでね」

 ゴロゴロガガガ、ゴロゴロガガガガガ! ガッ、ガッ、ガッ!


「ほら、奴が来た」
 親指が指し示す。
 然り!
 延々と続いたブレまくりの美少女の自分語りの間にも、ロードローラーはゆっくりのんびり着実に前進。建物のすぐ下まで来ていた。美少女はがばっとコンビニ袋を被る。目のところに二つの穴、額に書きなぐられた『転』の字は、今となってはもはや懐かしい丸文字だ。
「ほんっとにやるよ」
「どうぞ」
「やるからね」
「うん」
「止めないでね?」
「止めないよ?」
「ほんっとーにほんっとーに止めないでね?」
「……早くしないと行っちゃうよ?」
 コンビニ袋を被り、聖なる死に装束をまとった美少女はとことこ歩く。歩きスマホも何のその、建物の端まで行き着くと、そのままぴょーんっと飛び降りた。
「転生を讃えよ!」

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登場人物紹介

常道・E・ミレ
主人公。家族の仇を探して灰と塵の荒野をさすらう女子高生。転生トラックの天敵にして無慈悲な狩人。「来いよ、解体(バラ)してやる。鉄の一片、ネジの一本すら貴様の痕跡は残さん!

円辺・P・朗太
ヨナ町で農場を営む中年男。父一人子一人。見かけによらず魂のピュア度はすさまじく高い。
「おじさん、もうすぐ死んじゃうから」

円辺・G・心斗
父親と二人で農園を営む元気な幼女。年齢は八歳。
名前は「ハート」と読む。

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