5-4麦と毒麦

文字数 1,588文字

 ハレルヤ、ハレルヤ。

 食べてみるまでわからない。供されるパンが果たして麦でできているのか、あるいは毒麦か。知っているのは夜闇に紛れ、毒麦をまいた者だけ。それを悪魔と呼ぶ。

 聖書にもそう書かれている。

天国は、良い種を自分の畑に蒔いて置いた人のようなものである。人々が眠っている間に敵が来て、麦の中に毒麦を蒔いて立ち去った。

 彼女は望み通り華々しく殉教を遂げたはずだった。しかし待ち受けていたのは夢は夢でも悪夢。

「あ……れ? 何これ、思ってたのとちがう」

 ゴリ、ゴリ、ゴキ、バキ、ゴキュ。


 骨が砕ける音が響く。体の外側から、そして内側から。内蔵を震わせ脳に響く。


 自ら身を投げた美少女は、足下から少しずつ、少しずつかじられた。ロードローラーの動きはものすごくゆっくり。だから獲物を食べる早さも極めてゆっくり。もしも彼女が自分から飛びこまなければ、食べられることもなかったろう。

「痛い。痛い、痛い、痛いよ、やだ、たすけて」

 必死に手を伸ばし、建物の上にたたずむミレに懇願する。

「言ったろ? あたしは工具使い。転生トラックを解体するのが務め、人助けは成り行きだ」

「だったらやってよ! 今すぐこいつを解体して! あー、あー、やだもう足折れたぁあっ」

「折れたんじゃない、とれたんだ」

「げえっ!」

 まさにその瞬間、美少女は見てしまった。有り得ない角度に曲った自分の脚の折れ口を。ぱっくり裂けたて骨の突き出た足からは、不思議なことに血が出ない。

「もう手遅れだよ。あんたは半分、こいつに食われちまった。皮が裂けて肉が断ち切られ、はらわたは破れて中味が出てる。普通ならとっくに死んでる状態だ」

 淡々とした口調。今まで何度も同じことを口にしてきたのだろう。何度も何度も配役を変えて場所を変えて、同じ台詞を述べてきた。同じ光景を目にしてきた。どんなに惨たらしい光景でも、くり返せば慣れる。年若ければ尚更に順応は早い。

「あんたが今生きてるのは、転生トラックに生かされてるからだ。わかるか? 転生トラックは、獲物を生かしたまま喰うんだよ。意識をクリアに保ったまま、絶望と苦痛をできるだけ長くながーく味わうために。こいつが停止すれば、あんたも死ぬ」

「ぎゃあああ、いやだあああ、死ぬのいやだあああ! 痛い痛い気持ち悪い、もう我慢できないお願い引きはがしてぇええ!」

「結果は同じだね。あんたは死ぬ。もう、引き返せないんだよ」

「うそだぁああ! こんなのひどい、ひどい、ひどぉおいっ」

「まあ選択肢がないでもないんだ」

 ミレはすっと右手の指を立てる。人さし指と中指、合わせて二本。

「引きはがされてすぐ死ぬのと、食われてゆっくり死ぬの」

 薄明かりに淡い影が落ち、美少女の顔に影絵を描く。まず人さし指、続いて中指。順繰りに折り曲げて、最後に握った拳をかざす。

「どっちがいい?」

「どっちもいや」

「……残念。だが他に道は無い」

「やだやだ、たすけ……ふぎゃっ、ぐぎぇ、げぶっ、ごぶっ、ぐぇ……げふぅ……ひゅう、ひゅうう……

 悲鳴は不明瞭な破裂音となって消えた。どんなに饒舌でも、口が破壊されたら、もうしゃべれない。肘から分断された手がかちかちと、ひび割れたスマホを引っかくのみ。


 おお神よ。何たる冒涜、何たる無残。本来の人体なら有りえない位置からつき出した手が動く。もはや彼女は人の形すら保っていないのだ。それなのに指が動き、正確無比に文字を打ち込む。


 もしもネットにつながっていたのなら、まさにこの瞬間、彼女はつぶやいていただろう。

『転生トラックに食われて転生なう』と。

「自分から望んで落ちたんだ。最後までやり遂げろ」

 ミレは笑っていた。うつろに見開いた目はさながらガラス玉。三日月型にめくれた口からは、白い八重歯がのぞく。

「あー、すっきりした」

 工具使いは生ける機械の召喚者。獣機と己を隔てる壁は、意外に薄い。

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登場人物紹介

常道・E・ミレ
主人公。家族の仇を探して灰と塵の荒野をさすらう女子高生。転生トラックの天敵にして無慈悲な狩人。「来いよ、解体(バラ)してやる。鉄の一片、ネジの一本すら貴様の痕跡は残さん!

円辺・P・朗太
ヨナ町で農場を営む中年男。父一人子一人。見かけによらず魂のピュア度はすさまじく高い。
「おじさん、もうすぐ死んじゃうから」

円辺・G・心斗
父親と二人で農園を営む元気な幼女。年齢は八歳。
名前は「ハート」と読む。

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