5-4麦と毒麦
文字数 1,588文字
ハレルヤ、ハレルヤ。
食べてみるまでわからない。供されるパンが果たして麦でできているのか、あるいは毒麦か。知っているのは夜闇に紛れ、毒麦をまいた者だけ。それを悪魔と呼ぶ。
聖書にもそう書かれている。
彼女は望み通り華々しく殉教を遂げたはずだった。しかし待ち受けていたのは夢は夢でも悪夢。
ゴリ、ゴリ、ゴキ、バキ、ゴキュ。
骨が砕ける音が響く。体の外側から、そして内側から。内蔵を震わせ脳に響く。
自ら身を投げた美少女は、足下から少しずつ、少しずつかじられた。ロードローラーの動きはものすごくゆっくり。だから獲物を食べる早さも極めてゆっくり。もしも彼女が自分から飛びこまなければ、食べられることもなかったろう。
必死に手を伸ばし、建物の上にたたずむミレに懇願する。
まさにその瞬間、美少女は見てしまった。有り得ない角度に曲った自分の脚の折れ口を。ぱっくり裂けたて骨の突き出た足からは、不思議なことに血が出ない。
淡々とした口調。今まで何度も同じことを口にしてきたのだろう。何度も何度も配役を変えて場所を変えて、同じ台詞を述べてきた。同じ光景を目にしてきた。どんなに惨たらしい光景でも、くり返せば慣れる。年若ければ尚更に順応は早い。
「あんたが今生きてるのは、転生トラックに生かされてるからだ。わかるか? 転生トラックは、獲物を生かしたまま喰うんだよ。意識をクリアに保ったまま、絶望と苦痛をできるだけ長くながーく味わうために。こいつが停止すれば、あんたも死ぬ」
ミレはすっと右手の指を立てる。人さし指と中指、合わせて二本。
薄明かりに淡い影が落ち、美少女の顔に影絵を描く。まず人さし指、続いて中指。順繰りに折り曲げて、最後に握った拳をかざす。
悲鳴は不明瞭な破裂音となって消えた。どんなに饒舌でも、口が破壊されたら、もうしゃべれない。肘から分断された手がかちかちと、ひび割れたスマホを引っかくのみ。
おお神よ。何たる冒涜、何たる無残。本来の人体なら有りえない位置からつき出した手が動く。もはや彼女は人の形すら保っていないのだ。それなのに指が動き、正確無比に文字を打ち込む。
もしもネットにつながっていたのなら、まさにこの瞬間、彼女はつぶやいていただろう。
ミレは笑っていた。うつろに見開いた目はさながらガラス玉。三日月型にめくれた口からは、白い八重歯がのぞく。
工具使いは生ける機械の召喚者。獣機と己を隔てる壁は、意外に薄い。