1-2JK参上!
文字数 2,866文字
灰と塵との降り積む荒野に、ぐさりとささった巨大な十字架。誰が信じられるだろう? かつてこの金属の塊が海を越え、空を飛んだと。
無残に折れた翼の上に、すっくと立つ人影一つ。黒いロングコートをなびかせる、後ろ姿はあまりに華奢で小柄。セミロングの黒髪の、毛先はつんととがって千々に乱れ、さながら野生の狼。きりりと太い眉、目尻のつり上がった切れ長の瞳。鋭いまなざしで転生トラックをひたと見すえ、右手を懐に。ぞろりと引き抜いたのは、チェーンソー! 刃渡りおよそ75cm。不可解、奇っ怪、摩訶不思議。いったいどこに入っていたのか!
迷いなき動きでコードを引く。
がつんっ。
黒いブーツが翼を蹴る。火花が散った。がつん。がつん。走る。がつんっ。走る。がつんっ! チェーンソーの響きを宿すがごとき力強い走り。錆びた翼の上を一直線。うなりをあげて助走をつけて、がぃんっと踏み切り宙に跳ぶ!
ぶわっとコートが翻り、中身があらわになる。
灰色のブレザー、白い丸襟のブラウス、蝶結びされた赤い棒タイ、タータンチェックのプリーツスカート。
JKだ。
制服姿のJKが、チェーンソー振り上げ宙を飛ぶ! ハンドルを握る手に、はめた黒い革手袋はいささか不釣り合い。顔面を覆うガスマスクはそれ以上に不釣り合い、だが荒野を生き抜くには不可欠。
だんっ!
狂信者の群れの目の前に着地。膝を曲げて衝撃を逃がし、低く身構える。勢いで舞い上がる、コートの動きがおさまるより早く走り出す。
唸る。唸る。チェーンソーが唸る。
狂信者が吹っ飛んだ。歪んだ口から悲鳴とともに、血と折れた歯とを吐き出して。
無慈悲に言い捨て、迷いなき動き。右に、左に殴り飛ばす。ついでに蹴り飛ばす。
どかんっ。
チェーンソーでバランスをとった、手加減無用の回し蹴り。
無慈悲!
瞬く間に灰衣の女性を解放、救出、抱き起す。
震える指がさし示すおぞましき機影。よろよろと続く死の行進。
身をよじり、金切り声で司祭が叫ぶ。
きりっと灰衣の女性は唇を噛みしめる。
少女はすっくと身を起こし、ビルの縁に立つ。敵対者の気配を察したか。転生トラックが吠える。空気が裂け、ビルにヒビが走る。ぱらぱらとコンクリートの破片が落ちる。それでも狂信者の行進は止まらない。
立った。
立った。
転生トラックが立った。
ぬうっと天つく巨大な車体。病み爛れた生ける金属。がっと開いた地獄の入り口。獲物を求める絶えざる飢え。内に渦巻く漆黒が、ごぽりと泡立ち吹き上がる。いや、あれは泡ではない。顔。顔。顔。辺獄に囚われ、終わらぬ責め苦に悶え苦しみ泣き叫ぶ亡者の顔だ。
灰衣の女性が顔を押さえて突っぷす。彼女は確かに知っていた。食われた先に待ち受ける物を。
死の行進が凍りつく。盲信を上回る恐怖。本能に刺さる生命の危機!
見よ、司祭までもが腰砕け。へたり込んで後退り、失禁。生きとして生ける者全てが、恐怖に打ちのめされたかに見えたが。
ガスマスクのJKはひるまない。退かない。怯えない。恐怖を乗り越え、踏み切った。がつんと足元から飛び散る閃光。高く、高く、立ち上がった転生トラックの頭部よりもなお高く。チェーンソーを頭上に大きく振りかぶって! 振り下ろす! 迷いなき動き。
ガリガリガリっ! 耳障りな軋みとともに、回転する刃が切り込む。飛び散る火花と金属片は、マスクに阻まれ届かない。安心。安全。万全!
だが、刀身が足りない。あまりに短すぎる。にたり、とバンパーが歪む。なんたる無謀、結局はこのJKも自ら機械の獣に食われに行っただけなのか?
否!
ぎゅんっと刃が突き抜ける。伸びた。チェーンソーの刃が、伸びた。幅も長さも一気に拡大した。物理法則も一般常識をも一切合切振り切って!
雄叫び上げて一刀両断、縦一文字にから竹割り。
ハレルヤ。
転生トラックは真っ二つ。切り口からどろぉりどろりと臓物めいた部品と濁ったオイルをまき散らし、右と左に泣き別れ。
だんっと少女が着地を決める。灰と塵とを踏み抜く足元から、湧き上がる光の冠。
どうとばかりに地響き立てて転生トラックが倒れる。チェーンソーが縮む。後に残るはちっぽけな、ポケットサイズの十徳ナイフ。ぱしりと掴み、懐に収める。
ハレルヤ。
切断されたコンテナから、光の球体が飛び出す。いくつも、いくつも、数知れぬ。魂だ。牢獄から解き放たれた魂が、歓喜の歌をうたいながら天に昇る。
呆然と見上げるかつての狂信者たち。誰からともなくコンビニ袋をむしりとり、投げ捨てる。
司祭の声はもはや雑音。足を止める者はおろか、振り返る者とて一人もいない。
風に飛ばされかさかさと、虚しく転がる白覆面。
額に書かれた『転』の字は、百年の雨風にさらされても消えはしない。だが、忌まわしき幻想は去った。
ふわりと、小さな光球が灰衣の女性に舞い降りる。触れた瞬間、戻った。虚無の闇に塗りつぶされていた顔の半分が、元に戻った。彼女はおぼつかない手つきで頬をなで、目もとをまさぐる。
両の瞳に涙があふれる。
JKはひざまずき、胸元に光るペンダントを握りしめる。十字架だ。くもり一つなく磨き上げられた、ちいさな銀色の十字架。
灰と塵の降り積む大地と、崩れ落ちたビルの屋上。上と下とで二つの声が、一つの祈りを唱和する。
聞き届けたのだろうか。JKは屋上をふり仰ぎ、片手を上げてほほ笑む。ガスマスクに隠れた目元は上からは見えない。
灰衣の女性は祈る。遠ざかる小柄な後ろ姿を見送りながら。
JKは歩く。足下に転がるネジ一つ。ぶすぶすと泡立つ、転生トラックの部品の一つ。厚底のブーツの底で、無造作に踏みつぶす。
涙一筋、ガスマスクの内側をつたい、首筋に落ちる。
彼女は泣いていた。