5-3走れJK!
文字数 5,501文字
突然の獣機化! しかも、コンバイン。ここは畑、奴の領域。回り続ける地獄の刃の前では、人間もトウモロコシも区別無し! 片っ端から刈り取り、脱穀、粉砕、粉砕、粉微塵!
危ない。凄まじくピンチだ!
円辺の手からぼとりと弁当が落ちる。蓋がひらいてこぼれおちる、丁寧に重ねられた白飯、おかか、海苔。心づくしの愛妻弁当、もったいない、だが食べるべき主人はもういない。ついさっき、コンバインに食われた。
円辺はパニック、右往左往。両手で顔を抑える。
然り。トウモロコシは相変わらずのペースで根こそぎ刈り取られている。
ミレはにかっと笑ってサムズアップ。
ガスマスクを装着し、きびすを返す。
固唾を呑んで円辺は見送る。アルパカ馬車の陰にじっと身を潜めて。
赤いエンジニアブーツが地面を蹴る。走った。走った。ミレが走った。黒いマフラーをなびかせ、走る。じっと息を潜める円辺から遠ざかる。空気が動く。トウモロコシの葉っぱが波打つ。
充分に距離を取ると、畝の間にすっくと立って、のびあがって両手を振った。
ガラガラグラララァ、ガラガラララァ!
不吉な雄叫びを上げて、コンバイン型転生トラックが向きを変える。畝を外れてミレめがけてまっしぐら。捕食者の本能のおもむくまま、動く物を追いかけて、うなりをあげて襲いかかる。
かかった。コンバイン型転生トラックが自分に狙いをつけたのを確信、ミレは再び走り出す。
ガラガラグラララァ、ガラガラララァ!
走る、走る、転生トラックが走る。己が初めて食らった男が丹精こめてつちかった、豊かな実りを片っ端からなぎ倒して喰い尽くす。後に残るは塵と灰。そはもはや収穫にあらず。根こそぎ奪う暴飲、暴食、さながらイナゴ。転生トラックの内部で捕えられた魂が泣き叫ぶ。それがさらに彼の魂を美味で栄養価の高い『ごちそう』へと昇華させる。他者の悲しみ、怒り、嘆き、絶望こそが転生トラックの栄養なのだ。嘆かわしきかな、一部の人間がそうであるように。
しかもこいつは実際人を喰う。現実の肉体を損壊し、魂をもすりつぶす。一度囚われたら逃げられない。断末魔の痛み苦しみをそっくり抱えたまま、最悪の死の瞬間が永遠に続く。いつまでもいつまでも。逃げることも、忘れることも別の存在に生まれ変わることもできない。死に際の苦痛から逃れられない。
狂うのはむしろ救いか、さらなる地獄の始まりか。
ガサガサバキバキベキバキゴキリ。
すっくと伸びたトウモロコシ。硬く太い茎が次々と、根こそぎ刈り取られて吸いこまれる。追いすがる葉擦れの音はさながら津波。
ガサガサバキバキベキバキゴキリ
高速回転する刃が背後に迫る。幅は優に2m、多少横っ飛びで逃げた所で巻きこまれる、逃げられない。増して今や相手は生きた機械が。見よ、刃を支えるアームが既に脈打ち、ふくらみはじめている。より大きく口を開け、より多くのエサを喰う為に。
ザワザワガサガサゴキゴキベキバキゴキョリ。
骨がかみ砕かれるにも似た音。果たして飲み込まれたらどうなるのか? 考えるのもおぞましい。転生トラックは明らかに、加速していた。善良なるコンバインであった時よりも、さらにスピードが上がっている。本来、この機械なら出せないはずの速度で走っている。もはや暴走、爆走、追われるミレは振り返る暇も無い。せっぱ詰まったデッドヒート。立ち止まれば追いつかれる。工具霊を呼びだすだけの時間が無い。
機械と人間、このままではいずれ追いつかれる。
一方で転生トラックにはたっぷり食料がある。喰いながら走っている。体を構成する材料は充分に供給された。見よ、蠢きふくれあがった車体ががばっと開き、中から何本もの触手が、いやパイプが噴出! オイルの雫をまき散らし、一斉にミレ目がけて襲いかかる。逃げる者と追う者のバランスが崩れる。一方的に縮む距離。危ない。ヤバい。大ピンチ!
だがミレの表情には余裕があった。慢心はしていないが、焦ってもいない。
彼女には見えていた。この命がけの追いかけっこのゴールが!
トウモロコシの壁が途切れる。
眼前にそびえる四階建ての建物は、壁をはがされほぼ鉄筋。斜め45度に傾いたかつてのワンルームマンション。
その手前にうずくまる影は……ロードローラーだ!
ミレを追うコンバインと、ミレが目指すロードローラー。
二台の獣機が一直線上に並ぶ。その刹那、飛んだ。
ミレが飛んだ。助走は充分すぎるくらいについていた。赤いエンジニアブーツで地を蹴って、高々と飛び上がる。
途中で鉄骨を蹴り、さらに高く。四階建てのマンションよりもなお高く!
転生トラックは急には止まれない。そしてロードローラーはゆっくり動く。ゆっくり、とてもゆっくり。
びゅう!
跳躍が空気の動きを生む。
マフラーがなびく。風さえ吹かぬ閉ざされた空間で、長々と尾を引いて。黒い細長い布がくねり、たなびき、優美な曲線を描く。さながら竜の舞いにも似て。
人間離れした跳躍の頂点で、悠々とあお向けになる少女。その遥か下、二台の転生トラックが正面衝突。
獣機の体を刻めるのは、生きた機械である工具霊。獣機自身もまた然り。獣じみた悲鳴をあげながらロードローラーとコンバイン、二機の獣機はぐしゃりと大破。ぐんにゃり無残にひしゃげて曲がり、金属片をまき散らす。
手袋を外し、小指を掲げる。機械仕掛けの義指を。
ぎゅわわわん!
機械仕掛けの小指を起点に出現したのは、手持ち式の削岩機! トップにT字型、サイドにコの字型、二種類のハンドルに逆三角錐の黄色いボディ、先端にぎらりと鋭いノミ状の刃物。回転と圧縮空気による打撃と、エンジンによる刃物の回転。二つの破壊を組み合わせた回転打撃式だ。転生トラックに急所は無い。奴らの息のねを止めるには、完膚無きまでに解体するしかない。破壊者を完全に止めるには破壊しかないのだ。
T字型ハンドルを右手でつかみ、サイドのコの字型ハンドルを左手で握る。
ゴガガガガガガガガ! 唸りをあげる削岩機。見よ、空中でカクっとミレの軌道が変わる。有り得ない角度で曲がり、一瞬停止。
片目を閉じて右手で狙いをつけて、き、き、きぃっと位置を微調整。物理の法則を無視した動き。
直後に加速!
しかしてその着点は意外に軽い。軽くかるーく転生トラックの表面にタッチ。ただいたずらに金属面を引っかくだけ。
圧倒的空回り、力不足か?
しかし、ミレの表情に焦りは無い。肘を曲げて、鮮やかに後方に宙返り。黒いマフラーが再びふわりと翻り、華麗な弧を描く。
赤いエンジニアブーツでとんっとT字ハンドルの上に降り立つ。
黒いマフラーが広がる。広がる。物理的な限界を越えて広がり、光った!
ばさあっ!
少女の背中に広がる光の翼!
ズ、ド、ド、ド、ドゥルルルルン!
くり出される圧倒的打撃。パンチドランカー道鏡が激しく上下する。突き入れる! 連打! 連打! 連打! 激しく連打されてゆるんだ機体を、さらに回転する刃が抉る。追い討ち!
打撃と抉り、同じ場所に連続して与えられる二種類のダメージ。容赦無し! またたくまに歪んだ金属板がめくれ上がり、引き裂かれた内部の部品が悲鳴を上げる。どろりとにごったオイルが飛び散る。
それでもミレは怯まない。
岩をも削る圧倒的破壊力。凄まじい勢いで一台目をぶちぬく。しかし。
ド、ド、ドゥウ……ン
エンジン音が途絶える。回転が鈍る。
光の翼がゆらぎ、かすみ、縁からばらばらと欠片となって散り始める。
ミレの手が胸元の十字架をつかむ。
ガスマスクの下でぎりりと奥歯を食いしばる。
ぎゅん!
翼が。散りかけた光の翼が輝きを取り戻し、花開く。最初の光臨よりもさらに強く、さらに大きく!
百花繚乱、豪華絢爛、空前絶後の祝福力。圧倒的な神々しさ二千倍! 常人には直視するのさえはばかられる、見れば脳が焼き切れる。偏光グラス必須のまばゆく巨大な翼が羽ばたき、削岩機が息を吹き返す。
ドォルゥルルルルゥン!
赤いエンジニアブーツが蹴る! 蹴る! 蹴り抜ける!
ドンドドドズドドン、ズドドドドドドドドドッ!
回り始めた鋼鉄はもう止まらない。見よ。ノミ状のビット部分が赤熱し、ふくらむ。まるで花のつぼみ! ぱちんっと開けば現れる、数多の爪。もはやただのビットではない。ドリルだ! トゲと爪の生えたドリル! 工具の常識と物理法則を軽々と飛び超えぶっちぎり、より早く、より強く。回転、回転、また回転! 獣機を解体するための生きた凶器にして凶獣、手綱を振り切れば即座に敵となる。だがミレは動じない。迷わず、怯まず、足で制する、駆り立てる。完全にパンチドランカー道鏡を乗りこなしていた。
パンチドランカー道鏡が激しく上下に動く。回る。抉る。
ずがぁん!
開いた穴から縦横無尽と走るヒビ。パンチドランカー道鏡が突き抜け、地面にどがんっと突き刺さる。刹那、転生トラックは二台とも、どろりとばらけて崩れ落ちる。地面に散らばる無数のネジ、歯車、パイプ、ガラス。もはや爆発する力さえ残らない、無力で無残な破片の山。
ひゅん!
削岩機が縮んで小指に戻る。翼が形を失い、無数の欠片となって散華霧散。転生トラックの吐き気を催すオイルの悪臭を吹き飛ばすかぐわしい香りが広がり漂いその場の空気を浄化する。
ハレルヤ。ハレルヤ、主の栄光は天地に満つ。
雪のように、花びらのように舞い散る光の羽根の中、ふわり、とん。ミレは優雅な仕草で地面に下り立つ。
ハレルヤ!
黒いマフラーが羽衣のようにやわらかな曲線を描いて舞い降りた。
ガスマスクを外し、元の位置に戻った小指に口づける。
ミレは目を半開きにしてにらみつける。
見つめ合うことしばし。大げさに肩をすくめて、ふへっと鼻から息を吐いたのはJK。
低い、抑揚の無い声。それ故に、内側に秘めた恐れとやるせなさが響く。
日常の中、不意に訪れる終わりと、冷徹に定められた終わり。恐ろしいのはどちらだろう? 悲惨なのはどちらだろう?
少なくとも希望は無い。微塵も無い。
ふわりと、小さな光の球体ふたつ。あたかも円辺の声に答えるように浮かび上がる。無残に散らばる転生トラックの残骸から、蛍のように湧きだした。一つはすうっと円辺の周囲で円を描き、尾を引いて飛び去った。
無残に食い散らされたトウモロコシ畑を越えて、何も知らぬ妻子のいる農家へと。
残る一つは不規則にジグザグに、断末魔のセミのように旋回。行きつ戻りつしながらすっ飛んで行く。何かから必死で逃げているように見えた。
不規則な軌道を描いて飛び去る光球を、ミレはずっと見つめていた。いや、にらんでいた。胸に下げた銀色の十字架をまさぐりながら、歯を食いしばって。
ミレはこともなげに答え、かぶりを振る。しかし円辺は聞いたのだ。二つめの光球が傍らをかすめた瞬間、かすかにけたたましく笑う女の声を。吐き散らされる、はらわたのよじれるような狂気を。
円辺の視線の先には、ずたずたに引き裂かれたコンビニ袋。内蔵めいた部品の中、オイルにまみれて埋もれている。かすかに残る文字の一部は、欠損を脳内で補い継ぎ合わせると、かろうじて……
『転』と読めた。