3-3こんな所にも獣機が!

文字数 1,895文字

「げぇほっ、ごほっ、ごほっ、げー……っ」

 二度目の嘔吐は残存物が少ないおかげで軽い。ほぼ胃液。だからって気分が良い訳じゃないが、復調は早かった。


 ふしゅっ。


 最後の一吹きを景気良く鼻から吹き飛ばすと、ミレはようやく顔を上げた。

「……一つ質問してもいいかな」

「どうぞ。答えられる範囲でなら」

「なんで、あたしを助けた」

「それ、言わきゃダメ?」

「無償の善意は信用しない」

 円辺はしみじみと見る。目をすがめて、オイルまみれのJKを。己より頭二つ分は低い少女を、すみからすみまでじっくりと。

 縁日のお面みたいにガスマスクをひっかけて、腕組みして両足踏ん張り仁王立ち。鋭い眼光はゆるぎもしない。

「いいね」

 円辺は笑った。感嘆の声とともに口元をほころばせた。

「実に、いい。見込んだ通りだ。君を助けたのは」

 んべっとアルパカがつばを吐く。めきり、とかすかな金属音。瞬時にミレは反応した。円辺を片手で地面に引き倒し、右手を懐にいれる。が、空振り!

「! ナイフがっ」

 やむなく伏せる。二人の体があった空間を、びゅんっと高速で金属が通過! ががっと壁に穴が空く。

 ネジだ。高速で打ち出されたネジの来し方は、斜めになった回転木馬!


 ぎち、ぎち、めきり。


 動いている。木馬の一つが、動いている。本体を支える丸い金属柱……クランクシャフトが天井を割って枝分かれ。ぐねぐねと四肢に巻き付き、ずぶりと首に侵入する。

 べきばきと折れた足の内部から、強引に作り上げられた関節が飛び出す。内側から押し広げられ、口ががばっと割れ裂けた。

「ぎしゃぁっ」

 この時点でようやく円辺が気づく。

「うわ、獣機っ?」

「感染したんだ」

 ミレが噛む。黒革の手袋の指先を、白い犬歯でぎちりと噛む。ずいと引き抜いた右手には、鈍く銀色に光る小指! 

 おお神よ! 何たることか!

 彼女の右手の小指は、機械仕掛けの義指ではないか!

「あんた、その指」

「珍しい? 今どきよくあるだろ」

「感染してないだろうなっ」

「感染? ないね」

 鼻先で笑い飛ばし、ぴっと小指を立てる。

「友なる工具霊よ我が声を聞け。照準器(しるべ)の導きをたどり、来たれ」 

 心なしか詠唱は早口。何故なら木馬型獣機がシャフトをひきちぎり、今、まさに床から解き放たれんとしているからだ。

「ダンシング・スティンガー!」

 発光、変形、小指が変わる。機械仕掛けの義指を拠点に出現したのは、小型のネイルガン! 女性にも扱いやすいハンディサイズ。ねらいを定め、スイッチオン。極限まで圧縮された空気が、50mmの釘を高速で撃ち出す。セーフティは無い。


 ガガガガガガガガガガ! 100本の釘が撃ち込まれ、木馬の頭が吹っ飛んだ! 飛び散るオイル。砕けるシャフト!


 ガガガガガガガガガガ! 100本の釘が撃ち込まれ、木馬型獣機の足を床に打ち付ける。動けない! 


「おりゃああああああ!」

 工具使いは手をゆるめない。とびかかり、馬乗りになって裂け目に銃口をねじ込む。容赦無し!


 ちゅいんっ!


 ネジが右頬をかすめる。うっすら一筋赤い傷。だが、この程度ではひるまない。

「食らえぇっ」

 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ 500本の釘が内部に撃ち込まれる。苦悶の声を上げる木馬型獣機!

 がつっと鞍を蹴って宙返り。

「召されよ」

 地面にひざまずき、くるりとネイルガンを回す。


 直後。



 ずどぉん!


 木馬型獣機に撃ち込まれた釘が! 釘が全て! 巨大化!


 内側から外側に向かって突き抜ける、2500mmの釘! 釘! 釘が700本! まるで針の山、いや剣の山だ。

「アーメン」

 ひゅんっとネイルガンが縮み、小指に戻る。かすかに震える左手が胸元をまさぐる。指先が銀色の十字架を探り当てる。ふっと安堵の息をつき、握りしめる。

 釘は消え、木馬型獣機は残骸となって崩れ落ちた。

「あんた、強いな」

「油断した」

 ぎりっと歯ぎしり、拳で頬を拭う。

「ここは巨大な獣機の腹の中だ。大物の気配に小物が紛れて気づけない……」

 立ち上がり、視線を転じた先にはアルパカ。

「君のおかげで助かった。ありがとう」

 近づき手をさしのべる、が。

「んべっ」

 つばを吐かれた。

「なんでーっ?」

「あんた、オイルまみれだろ」

「あ」

「本能的に危険を感じるんだよ」

「そっか……ごめんよ、怖い思いさせて」

「あと、単純に、くさい

「うう」

 がっくりと肩を落とすJK。やはり女子である。

「とにかく、俺の家に来なさい」

 ぽん、と円辺はオイルに濡れた肩をたたく。

「風呂があるから」

 風呂! この状況下ではあまりに魅惑的な一言。逆らえるだろうか? 否、逆らえるはずがない。

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登場人物紹介

常道・E・ミレ
主人公。家族の仇を探して灰と塵の荒野をさすらう女子高生。転生トラックの天敵にして無慈悲な狩人。「来いよ、解体(バラ)してやる。鉄の一片、ネジの一本すら貴様の痕跡は残さん!

円辺・P・朗太
ヨナ町で農場を営む中年男。父一人子一人。見かけによらず魂のピュア度はすさまじく高い。
「おじさん、もうすぐ死んじゃうから」

円辺・G・心斗
父親と二人で農園を営む元気な幼女。年齢は八歳。
名前は「ハート」と読む。

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