第65話 雨神楽家の剣

文字数 1,253文字

 旅館を出て、川沿いをゆくと、(にしき)がいた。
 釣りをしている。

 「(にしき)さん」

 「あぁ」

 「慶次(けいじ)は元気そうです」

 「そのようだな」

 「釣れますか?」

 「いや」

 「魚、いないですね」

 「こんな観光用の川じゃな」

 「なんで釣りしてるんですか?」

 「意味はねぇよ」

 「……」

 「おまえ、ジャマダハル」

 「はい、壊れました」

 「おまえの心気に耐えられなかったんだろう。並の武器じゃ、そうなる」

 「はい」

 「そこで、俺の剣をやる」

 「え、その背中の大剣を?」

 「馬鹿、こいつはおまえには扱えねぇよ。ヒトには向き不向きがあんだ」

 「はぁ」

 「こっち来い」

 天登(あまと)は、釣り竿を担いでスタスタと歩いていく(にしき)を追った。

 (にしき)は、ゴテンに続く川沿いの坂を上がっていく。

 やがてゴテンに入るかと思いきや素通りし、隣の石造の建物の前に立った。厳重に施錠されている。

 (にしき)は懐から鍵を取り出して解錠し、何事もなく、中に入っていった。

 (にしき)は正式には最近破邪士になったばかり。天登(あまと)の同期のはずだが、何事につけ勝手知ったる風に、天登(あまと)はいつも戸惑ってしまう。

 「おい」

 (にしき)に促され、天登(あまと)は急いで建物に入った。

 建物の中は暗く、ひんやりとしている。石造の冷たさかと思いきや、エアコンの音がした。温度管理されているのだ。

 「ここは、宝物庫だ」

 さまざまな宝具、武具、防具が整然と収められており、手入れがしっかりとなされている。

 宝物庫と言うからには鑑賞用かと想像したが、いずれも実戦用に管理されているようだ。

 奥へ奥へと進む(にしき)について行くと、石台の上に大きな長方形の木箱が置かれている。

 「これは……?」

 「伊勢の俺の家に伝わる剣の一つだ」

 「(にしき)さんの伊勢の実家の?」

 「そうだ。実家のだ。一応破邪士の家系だから、昔からこういう武具も伝わっている。俺がゴテンの戦線に加わるときに、持ってきたものだ」

 感心する天登(あまと)をヨソに、(にしき)は木箱を開けた。
 中からは、一振りの刀が姿を表した。

 「この刀は、夕霧(ゆうぎり)と言う。先祖が妖魔退治をした際に、褒美として朝廷から下賜(かし)されたと聞いているが、詳しいことはわからん。俺の先祖たちがずいぶん使ったが、刃こぼれ一つせず、心気に耐えることは実証済だ」

 「今は夕霧と称しているが、古くは幽切とも字が当てられていた。幽鬼を切る刀。今でも、まるで生きているように心気を吸って、刀自らが刃こぼれを修復しているとも伝えられている」

 天登(あまと)は刀を手に取ってみた。
 柄に手をかけると、吸い付くように握ることができる。
 刀身は美しく、天登(あまと)の真っ直ぐな瞳を映している。

 「これを、俺が使っていいんですか?」

 「そうだ。こいつぐらいしか、おまえがキレた時の心気に耐えうる武器はないだろう。こいつはアホほど心気を食う。おまえほどのキャパがないと、他の破邪士には使えんしな」

 「ありがとうございます!」

 天登(あまと)は「夕霧–幽切−」を、腰に()いた。

 宝物庫を出た(にしき)は、無言で立ち去っていった。

 天登(あまと)は新たな武具を得たのは嬉しかったが、気になっていることが一点あった。

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