第8話 総帥
文字数 1,556文字
カウクリッツの街は大騒動になった。断固反対する者、降伏を受け入れる者、迷う者、吸血鬼に怯える者。会議は収拾がつかず、連日集会が開かれた。ジョセフたちは説得してまわり、ルイスたちの帰還と報告によって、首長は決断に至った。
武装を解除し、国への移住を行う。カウクリッツの街は捨てるしかない。彼らの出した条件一つ。銀を持ち込まないこと。住民を一つの領地で受け入れることは困難なので、家族単位の振り分けが始まった。
移住の日が差し迫ったその日、軍人が一堂に集められた。進捗状況を確かめにきていたリシャールも同席する。
軍の総帥、ユリウスは口を開いた。
「長きに渡る闘争。その責任のすべては私にある。私の判断によって、多くの仲間が命を削る結果となった。申し訳ない」
ユリウスはそこで帽子を取り、頭を下げた。一言一言を、噛み締めるようにして話す。
「国ではカウクリッツの出身であろうと、たとえ吸血鬼の命を奪った者であろうとも、区別なく扱われる。どうかこの地で叩き込まれた吸血鬼への憎しみ、恐れを置いていってほしい。生きるとはどういうことかを、今一度思い出してほしい。恨むべきは私だ。この贖罪は我が身に引き受けさせてもらいたい。もしも……、もしも吸血鬼の国では生きて行かれないというのなら……」
小瓶を手に取り、みんなに示した。
「この中には毒が入っている。苦しまずに死ぬことができる。死を選ぶには早すぎるが、それもまた、選択肢の一つではあると思う」
リシャールが発言する。
「私は推奨しないがね。人間は地に満ちるべきだ。しかし、これが人間のプライドというものなのだろう。後々問題になるだろうから、はっきりさせておこう」
ユリウスは断腸の思いだった。
「隣の部屋に用意がある。……死んでから後悔はできない。ここで覚悟を決めて、国で生きてほしい」
一人、部屋に向かう者が出た。
「奴らの下で生きていけるわけがない。みんなの邪魔になる前に、自分で始末をつける」
もう一人、歩みを進めるものが現れた。
踏み出そうとしたグレコを、ルークが引きとめた。松葉杖をつき、その身体はげっそりと痩せてしまったが、目には威厳が残っている。肘をがっちり掴んで、離そうとしない。
「やめろ、グレコ」
あちこちで押し問答が始まった。
軍人が集められた広間の外では、締め出された若い軍人たちが、ドアに張り付いて聞き耳を立てていた。
バートはつぶやいた。
「お祖父様は死ぬ気なんだ……」
ユリウスは覚悟を決め、自らを否定して、命を捨てて仲間を守ろうとしている。
バートは苦しかった。あなたは間違っていなかったと声をあげて、みんなにわかってもらいたかった。
吸血鬼さえ倒せればいいはずだった。会って痛感させられた。相手の圧倒的な強さも、狡猾さも、ほんの少しの弱さも見た。
この虚しさはいったいなんなんだ?
もう嫌だ……。
バートは名前を呼ばれた。返事をする気力もない。
「バート。バート? ハーバート。ハーバート・ユリウス・ヘンーー」
嫌いな声にしつこく呼びかけられて、バートは怒った。
「うるせえ! 話しかけんな!」
ホリーは平然と聞き返した。
「なぜだ?」
「お前と話す気はない」
「なぜだ」
「イラつくんだよ! くそっ!」
「元気そうで安心した」
「喧嘩売ってんのか⁉︎」
「売っていない。なぜだ?」
バートは憮然として黙った。どんなに迷惑そうにしても、ホリーはかまわない。
ホリーはバートの腕を引いた。
「死ぬなよ。バート」
うっとおしく感じて、振り払おうとしたバートは予想外の強さに体勢を崩した。
あっと思った瞬間、腹に衝撃が走り、目の前が真っ暗になった。
バートはそのまま意識を失って倒れ込む。
ホリーは周りの仲間に呼びかけた。
「貧血かもしれない。医務室に運ぶのを手伝ってほしい」
武装を解除し、国への移住を行う。カウクリッツの街は捨てるしかない。彼らの出した条件一つ。銀を持ち込まないこと。住民を一つの領地で受け入れることは困難なので、家族単位の振り分けが始まった。
移住の日が差し迫ったその日、軍人が一堂に集められた。進捗状況を確かめにきていたリシャールも同席する。
軍の総帥、ユリウスは口を開いた。
「長きに渡る闘争。その責任のすべては私にある。私の判断によって、多くの仲間が命を削る結果となった。申し訳ない」
ユリウスはそこで帽子を取り、頭を下げた。一言一言を、噛み締めるようにして話す。
「国ではカウクリッツの出身であろうと、たとえ吸血鬼の命を奪った者であろうとも、区別なく扱われる。どうかこの地で叩き込まれた吸血鬼への憎しみ、恐れを置いていってほしい。生きるとはどういうことかを、今一度思い出してほしい。恨むべきは私だ。この贖罪は我が身に引き受けさせてもらいたい。もしも……、もしも吸血鬼の国では生きて行かれないというのなら……」
小瓶を手に取り、みんなに示した。
「この中には毒が入っている。苦しまずに死ぬことができる。死を選ぶには早すぎるが、それもまた、選択肢の一つではあると思う」
リシャールが発言する。
「私は推奨しないがね。人間は地に満ちるべきだ。しかし、これが人間のプライドというものなのだろう。後々問題になるだろうから、はっきりさせておこう」
ユリウスは断腸の思いだった。
「隣の部屋に用意がある。……死んでから後悔はできない。ここで覚悟を決めて、国で生きてほしい」
一人、部屋に向かう者が出た。
「奴らの下で生きていけるわけがない。みんなの邪魔になる前に、自分で始末をつける」
もう一人、歩みを進めるものが現れた。
踏み出そうとしたグレコを、ルークが引きとめた。松葉杖をつき、その身体はげっそりと痩せてしまったが、目には威厳が残っている。肘をがっちり掴んで、離そうとしない。
「やめろ、グレコ」
あちこちで押し問答が始まった。
軍人が集められた広間の外では、締め出された若い軍人たちが、ドアに張り付いて聞き耳を立てていた。
バートはつぶやいた。
「お祖父様は死ぬ気なんだ……」
ユリウスは覚悟を決め、自らを否定して、命を捨てて仲間を守ろうとしている。
バートは苦しかった。あなたは間違っていなかったと声をあげて、みんなにわかってもらいたかった。
吸血鬼さえ倒せればいいはずだった。会って痛感させられた。相手の圧倒的な強さも、狡猾さも、ほんの少しの弱さも見た。
この虚しさはいったいなんなんだ?
もう嫌だ……。
バートは名前を呼ばれた。返事をする気力もない。
「バート。バート? ハーバート。ハーバート・ユリウス・ヘンーー」
嫌いな声にしつこく呼びかけられて、バートは怒った。
「うるせえ! 話しかけんな!」
ホリーは平然と聞き返した。
「なぜだ?」
「お前と話す気はない」
「なぜだ」
「イラつくんだよ! くそっ!」
「元気そうで安心した」
「喧嘩売ってんのか⁉︎」
「売っていない。なぜだ?」
バートは憮然として黙った。どんなに迷惑そうにしても、ホリーはかまわない。
ホリーはバートの腕を引いた。
「死ぬなよ。バート」
うっとおしく感じて、振り払おうとしたバートは予想外の強さに体勢を崩した。
あっと思った瞬間、腹に衝撃が走り、目の前が真っ暗になった。
バートはそのまま意識を失って倒れ込む。
ホリーは周りの仲間に呼びかけた。
「貧血かもしれない。医務室に運ぶのを手伝ってほしい」