第1話 ヒト
文字数 4,160文字
人類は太陽を失った。奴らの兵器が大気を破壊して以来、太陽光はあらゆる生物にとって有害なものに変わってしまった。
目的は一つ。人類の活動を制限し、奴らと同じ、闇の世界に閉じ込めるためだ。
奴らの名は吸血鬼。伝説でしかなかった彼らは突如姿を現し、人間を支配下へ置くべく戦いを仕掛けてきた。
吸血鬼は人の血がなければ生きていけない。
しかし我々は違う。人類にとって、吸血鬼は厄災でしかないのだ。
カウクリッツの街は幸運だった。核シェルターによって、命脈を保ったのだ。それはお粗末な作りで、核攻撃に耐えうるものではなかった。備蓄倉庫と活用していたことが役に立ったのだ。なにより、この街には結束力があった。
大気の組成が変わった大災害から百年以上過ぎた今、少しずつではあるが、大気は着実にかつての姿へと戻り始めている。大量絶滅のち、生き残った植物たちは硬化し、繁殖力が旺盛な種類も増えてきた。容易には食べられないが、食糧事情もまた改善していた。
そうして街の外へと捜索隊を送り出るようになる。他にも生き残りがいるはずだ。交流や救助に乗り出した捜索隊は、そこで思いもよらない情報に接することとなった。
吸血鬼が人間を狩っている。半信半疑だった人々も、捜索隊が丸ごと行方不明になる事件が相次ぎ、からくも捕獲を免れた隊員の証言が決定打となった。
人々は戦慄し、こうして吸血鬼対策は必定となる。
バートは身が引き締まる思いがした。貴重なガラスに水を満たして、外の日光を取り入れた練兵場。軍に入って一年、基礎訓練が終わり、ようやく戦闘訓練が始まろうとしていた。
整列した子どもたちの前で、教官のオズは改めて吸血鬼について話し始めた。
「伝説どおり、奴らは日光を忌避し、銀を恐れ、人血を啜る。そしておそらく、老いることがない。身体能力は人の三倍はあると思っていい。肉体は高い再生能力を持ち、尋常ならざる反射神経も合わさって、通常の武器で致命傷を負わせることはまず不可能だ。確認されている致死毒は銀だけである。銀に触れた場所は腐り、治癒しない。さらには速やかに全身へと波及し身体を崩壊せしめることができる。切り離しが困難な頭部や胴体を銀に触れさせれば、奴らを倒すことができる」
バードはじっとオズを観察した。精悍な顔には深いしわが刻まれている。
対吸血鬼戦闘の多くは夜明けに行われる。日光は最後の切り札だからだ。
軍人は明らかに老けて見える。日に焼けたしわの多い肌。強い日差しに焼かれるのは肌だけではない。オズは片目が見えなくなって教官になったという噂だ。
教官は続ける。
「速さは脅威ではあるが、戦い方はある。我々はチームの連携と戦略で、いくつもの作戦を成功させてきた。すべては訓練の賜物である。手始めに、諸君には奴らの速さを体感してもらう」
腕が鳴るな。
バートは胸を躍らせた。バートは代々街の長を担ってきたヘンダウ家に生まれ、行政を担う兄とは別に、軍の指導者となることが期待されている。体格にも恵まれ、同年代で一番力があると自負していた。
まるで歯が立たなかった。
上官との一対一。武器を相手の身体に当てれば勝ちだ。模造ナイフは、すべてを銀でできていると仮定し、補助武器は非銀製とする。
相手を務めたグレコは滑るようにバートの死角へと回り込み、まともに姿を捉えることもできなかった。
教官が叱咤する。
「奴らはこの三倍速いんだぞ!」
ーー化け物だ。
躍起になるバート。自慢の瞬発力が通じない。
「奴らは対した武装もせず、攻撃もしてこない。なぜだかわかるか?」
バートは手にした短剣を叩き落とされ、ホルスターに入っていたはずのナイフもいつのまにか抜かれていたことに気がついた。教官の声が響く。
「負けるわけがないと高を括っているからだ。どれだけ上手く生捕りにできるか遊んでさえいる」
散々に翻弄されたバートは手持ちの武器をすべて取り上げられて、床に組み伏せられた。
「次」
教官が二人目を指名した。
下がったバートは屈辱で顔を真っ赤に染めている。唇を噛み締め、睨むようにして訓練生たちの戦いを目で追った。グレコは見たことがない足捌きでやすやすと訓練生の裏をとっている。十分に相手の作戦を引き出してから、制圧している。それにしても速い。訓練生の性格と能力を分析し、対策済みなのだろう。
教官が発破をかけた。
「どうした。相手は人間だぞ。しかも丸腰だ」
誰もグレコに触れられないまま、ついに訓練生は残り一人となった。
バートの胸が騒いだ
一番有利な順番で、ホリーの登場だ。
指揮官を目指すバートにとって、目下のライバルはホリーだった。彼女はヘンダウ家の生まれではない。しかし、ヘンダウ家の一員である。ホリーは幼少時、崩壊しかっかた外のコロニーから保護されてこの街にやってきた。外の人間を積極的に受け入れるヘンダウ家の方針で、彼女はヘンダウ家の養女となっていた。
感情の起伏に乏しく、いつも涼しい顔をしているホリーが、よもやライバルになるとは思いもしなかった。まして女である。身体は細く、鍛えたところでたかが知れている。訓練初日、バートの中では存在しないも同然だった。入隊を許されただけあって、ホリーの運動センスは素晴らしかった。
常に冷静沈着で、誰にでも同じように接し、誰とも違う考えを持っている。カウクリッツでは珍しいまっすぐな髪に、灰色の目。
強い闘争心こそが軍人の適性であり、吸血鬼討伐に必須であると信じていたバートは、認識を改めざるを得なかった。大人たちは口にする。ホリーは司令官向きであると。
号令と同時に、ホリーは後ろへと飛び退いた。距離をとりながら、両腕を交差させるようにして、それぞれナイフを投げる。
グレコは号令と同時に突進した。ホリーは交差した腕を開くようにして思い切り引いた。
ワイヤーだ。ナイフにはワイヤーが繋がれたいた。ナイフは重しで、ワイヤーをグレコの動きを制限する作戦なのだ。
しかし、巻き込む直前でワイヤーは切れた。ワイヤーはナイフに引っ張られて、あらぬ方向へ広がっていく。
グレコが仕込みナイフで切断したようだった。
ホリーがうっすら笑みを浮かべたのを、バートは見逃さなかった。
ホリーは素早く腰のホルスターからナイフを抜いたが、次の瞬間には足を払われ、床に組み伏せられたいた。
バートは歯噛みした。
教官が総括する。
「実際に個人で吸血鬼と対峙することはない。常にチームで対処し、少しでも数的不利に陥ったら直ちに撤収する。奴らは肉体はもちろん、精神構造もまた、人間と異なる。大将と思しき吸血鬼が帯剣していることもあるが、その剣は同胞を殺すためのものである。奴らが人間に遅れをとった同胞を助けることはない。軽蔑の目を向けるだけで、憐憫の情をのぞかせることはない。そして奴らの不遜な態度は、真っ先に我々の精神に作用する。これまでの基礎訓練は攻めと自信を培うものであったが、これからは、逃亡と、不信のための訓練だ。心しておくように」
訓練を終えたバートはホリーを呼び止めた。
「おい、なんで本気で倒しに行かなかった?」
ホリーはじっとバートの目を見ながら答えた。
「本気だった」
「本気で捕まえに行こうとしただけだろう?」
「よくわかったな」
バートは苛立った。
「噂は本当だったんだな」
「ああ。私には吸血鬼を殺す意味がわからない」
こいつが嫌いだ。
バートは改めてそう思った。沸騰した怒りが、軽蔑に変わっていく。
「もっと賢い奴だと思ってたぜ。戦わなければ吸血鬼の餌にされるんだぞ?」
「バートは吸血鬼をなんだと思う?」
バートは憤然と答えた。
「化け物だ。人間に寄生して、生き血を啜る化け物だ」
「私が生まれた場所は大きな図書館の跡地だった。今では多くの技術が失われているが、昔は生命を操作できるほどの技術があったらしい」
「生命を操作だぁ?」
「彼らは不自然なんだ。生物として」
「奴等を生み出したのは人間だっていうのか」
「確証はないがおそらく」
こいつはどうして、こうも益体のないことばかり気にするんだ。
バートは腹が立って仕方なかった。
「もしもだ。そうだとするなら、尚更人間の手で始末をつけるべきだろ」
「理由があったはずなんだ」
「結果として化け物を生み出したんだ。失敗したんだろ」
「生命に失敗はないと、父は言っていた」
「はっ、だったら自らを奴隷にしてもらうために吸血鬼を作ったていうのか? 奴らが喜びそうなことを言うな」
少し考えて、ホリーは口を開いた。
「このままでは共倒れだ。血が濃くなりすぎて、何かの病気が流行れば絶滅しかねない。ヘンダウ家の人間が積極的に外の人ーー」
バートは怒鳴った。
「てめぇ、助けてもらっておいて侮辱するのか! 一族が健康のために独占してるって言いたいのか! 外から来てすんなり馴染めるほど簡単じゃねえんだよ。ヘンダウ家の人間としてどれだけ恩恵を受けてきたかわからねえのか?」
「感謝してる。文字の読めない私も教育してくれた。ーーガーデンのことは知っているな?」
「それがどうした」
捜索隊が発見した不思議な村、ガーデン。吸血鬼の国から独立した自治区だ。変わり者の吸血鬼一人を領主とし、彼を慕う人間たちで構成されている。血液生産村として本国と交易していた。彼らはカウクリッツに交易を持ち掛けてきたが、カウクリッツの首長は判断を保留している。
ガーデンの人々に危険はなさそうであったが、本国との繋がりを懸念しているのだ。ガーデンの人々の証言によると、吸血鬼たちは人間を家畜と捉えている。
「治安は悪くない。共存の道は十二分にある」
ガーデンの利点を述べ始めたホリーに、バートは吐き捨てた。
「てめえの勝手だけどな、士気を下げるようなことだけはするなよ!」
ホリーは終始同じ顔をしている。バートの目には非人間的で不気味に映った。二種類くらいしか表情がないんじゃないかと、バートは本気で思っている。
悪態をつきながら、バートはその場を後にした。
それからしばらくして、ホリーは訓練に参加しなくなった。新しく創設された部署に配属されたのだ。
顔を合わせることがなくなったというのに、バートはより一層、ホリーが目障りになった気がした。
目的は一つ。人類の活動を制限し、奴らと同じ、闇の世界に閉じ込めるためだ。
奴らの名は吸血鬼。伝説でしかなかった彼らは突如姿を現し、人間を支配下へ置くべく戦いを仕掛けてきた。
吸血鬼は人の血がなければ生きていけない。
しかし我々は違う。人類にとって、吸血鬼は厄災でしかないのだ。
カウクリッツの街は幸運だった。核シェルターによって、命脈を保ったのだ。それはお粗末な作りで、核攻撃に耐えうるものではなかった。備蓄倉庫と活用していたことが役に立ったのだ。なにより、この街には結束力があった。
大気の組成が変わった大災害から百年以上過ぎた今、少しずつではあるが、大気は着実にかつての姿へと戻り始めている。大量絶滅のち、生き残った植物たちは硬化し、繁殖力が旺盛な種類も増えてきた。容易には食べられないが、食糧事情もまた改善していた。
そうして街の外へと捜索隊を送り出るようになる。他にも生き残りがいるはずだ。交流や救助に乗り出した捜索隊は、そこで思いもよらない情報に接することとなった。
吸血鬼が人間を狩っている。半信半疑だった人々も、捜索隊が丸ごと行方不明になる事件が相次ぎ、からくも捕獲を免れた隊員の証言が決定打となった。
人々は戦慄し、こうして吸血鬼対策は必定となる。
バートは身が引き締まる思いがした。貴重なガラスに水を満たして、外の日光を取り入れた練兵場。軍に入って一年、基礎訓練が終わり、ようやく戦闘訓練が始まろうとしていた。
整列した子どもたちの前で、教官のオズは改めて吸血鬼について話し始めた。
「伝説どおり、奴らは日光を忌避し、銀を恐れ、人血を啜る。そしておそらく、老いることがない。身体能力は人の三倍はあると思っていい。肉体は高い再生能力を持ち、尋常ならざる反射神経も合わさって、通常の武器で致命傷を負わせることはまず不可能だ。確認されている致死毒は銀だけである。銀に触れた場所は腐り、治癒しない。さらには速やかに全身へと波及し身体を崩壊せしめることができる。切り離しが困難な頭部や胴体を銀に触れさせれば、奴らを倒すことができる」
バードはじっとオズを観察した。精悍な顔には深いしわが刻まれている。
対吸血鬼戦闘の多くは夜明けに行われる。日光は最後の切り札だからだ。
軍人は明らかに老けて見える。日に焼けたしわの多い肌。強い日差しに焼かれるのは肌だけではない。オズは片目が見えなくなって教官になったという噂だ。
教官は続ける。
「速さは脅威ではあるが、戦い方はある。我々はチームの連携と戦略で、いくつもの作戦を成功させてきた。すべては訓練の賜物である。手始めに、諸君には奴らの速さを体感してもらう」
腕が鳴るな。
バートは胸を躍らせた。バートは代々街の長を担ってきたヘンダウ家に生まれ、行政を担う兄とは別に、軍の指導者となることが期待されている。体格にも恵まれ、同年代で一番力があると自負していた。
まるで歯が立たなかった。
上官との一対一。武器を相手の身体に当てれば勝ちだ。模造ナイフは、すべてを銀でできていると仮定し、補助武器は非銀製とする。
相手を務めたグレコは滑るようにバートの死角へと回り込み、まともに姿を捉えることもできなかった。
教官が叱咤する。
「奴らはこの三倍速いんだぞ!」
ーー化け物だ。
躍起になるバート。自慢の瞬発力が通じない。
「奴らは対した武装もせず、攻撃もしてこない。なぜだかわかるか?」
バートは手にした短剣を叩き落とされ、ホルスターに入っていたはずのナイフもいつのまにか抜かれていたことに気がついた。教官の声が響く。
「負けるわけがないと高を括っているからだ。どれだけ上手く生捕りにできるか遊んでさえいる」
散々に翻弄されたバートは手持ちの武器をすべて取り上げられて、床に組み伏せられた。
「次」
教官が二人目を指名した。
下がったバートは屈辱で顔を真っ赤に染めている。唇を噛み締め、睨むようにして訓練生たちの戦いを目で追った。グレコは見たことがない足捌きでやすやすと訓練生の裏をとっている。十分に相手の作戦を引き出してから、制圧している。それにしても速い。訓練生の性格と能力を分析し、対策済みなのだろう。
教官が発破をかけた。
「どうした。相手は人間だぞ。しかも丸腰だ」
誰もグレコに触れられないまま、ついに訓練生は残り一人となった。
バートの胸が騒いだ
一番有利な順番で、ホリーの登場だ。
指揮官を目指すバートにとって、目下のライバルはホリーだった。彼女はヘンダウ家の生まれではない。しかし、ヘンダウ家の一員である。ホリーは幼少時、崩壊しかっかた外のコロニーから保護されてこの街にやってきた。外の人間を積極的に受け入れるヘンダウ家の方針で、彼女はヘンダウ家の養女となっていた。
感情の起伏に乏しく、いつも涼しい顔をしているホリーが、よもやライバルになるとは思いもしなかった。まして女である。身体は細く、鍛えたところでたかが知れている。訓練初日、バートの中では存在しないも同然だった。入隊を許されただけあって、ホリーの運動センスは素晴らしかった。
常に冷静沈着で、誰にでも同じように接し、誰とも違う考えを持っている。カウクリッツでは珍しいまっすぐな髪に、灰色の目。
強い闘争心こそが軍人の適性であり、吸血鬼討伐に必須であると信じていたバートは、認識を改めざるを得なかった。大人たちは口にする。ホリーは司令官向きであると。
号令と同時に、ホリーは後ろへと飛び退いた。距離をとりながら、両腕を交差させるようにして、それぞれナイフを投げる。
グレコは号令と同時に突進した。ホリーは交差した腕を開くようにして思い切り引いた。
ワイヤーだ。ナイフにはワイヤーが繋がれたいた。ナイフは重しで、ワイヤーをグレコの動きを制限する作戦なのだ。
しかし、巻き込む直前でワイヤーは切れた。ワイヤーはナイフに引っ張られて、あらぬ方向へ広がっていく。
グレコが仕込みナイフで切断したようだった。
ホリーがうっすら笑みを浮かべたのを、バートは見逃さなかった。
ホリーは素早く腰のホルスターからナイフを抜いたが、次の瞬間には足を払われ、床に組み伏せられたいた。
バートは歯噛みした。
教官が総括する。
「実際に個人で吸血鬼と対峙することはない。常にチームで対処し、少しでも数的不利に陥ったら直ちに撤収する。奴らは肉体はもちろん、精神構造もまた、人間と異なる。大将と思しき吸血鬼が帯剣していることもあるが、その剣は同胞を殺すためのものである。奴らが人間に遅れをとった同胞を助けることはない。軽蔑の目を向けるだけで、憐憫の情をのぞかせることはない。そして奴らの不遜な態度は、真っ先に我々の精神に作用する。これまでの基礎訓練は攻めと自信を培うものであったが、これからは、逃亡と、不信のための訓練だ。心しておくように」
訓練を終えたバートはホリーを呼び止めた。
「おい、なんで本気で倒しに行かなかった?」
ホリーはじっとバートの目を見ながら答えた。
「本気だった」
「本気で捕まえに行こうとしただけだろう?」
「よくわかったな」
バートは苛立った。
「噂は本当だったんだな」
「ああ。私には吸血鬼を殺す意味がわからない」
こいつが嫌いだ。
バートは改めてそう思った。沸騰した怒りが、軽蔑に変わっていく。
「もっと賢い奴だと思ってたぜ。戦わなければ吸血鬼の餌にされるんだぞ?」
「バートは吸血鬼をなんだと思う?」
バートは憤然と答えた。
「化け物だ。人間に寄生して、生き血を啜る化け物だ」
「私が生まれた場所は大きな図書館の跡地だった。今では多くの技術が失われているが、昔は生命を操作できるほどの技術があったらしい」
「生命を操作だぁ?」
「彼らは不自然なんだ。生物として」
「奴等を生み出したのは人間だっていうのか」
「確証はないがおそらく」
こいつはどうして、こうも益体のないことばかり気にするんだ。
バートは腹が立って仕方なかった。
「もしもだ。そうだとするなら、尚更人間の手で始末をつけるべきだろ」
「理由があったはずなんだ」
「結果として化け物を生み出したんだ。失敗したんだろ」
「生命に失敗はないと、父は言っていた」
「はっ、だったら自らを奴隷にしてもらうために吸血鬼を作ったていうのか? 奴らが喜びそうなことを言うな」
少し考えて、ホリーは口を開いた。
「このままでは共倒れだ。血が濃くなりすぎて、何かの病気が流行れば絶滅しかねない。ヘンダウ家の人間が積極的に外の人ーー」
バートは怒鳴った。
「てめぇ、助けてもらっておいて侮辱するのか! 一族が健康のために独占してるって言いたいのか! 外から来てすんなり馴染めるほど簡単じゃねえんだよ。ヘンダウ家の人間としてどれだけ恩恵を受けてきたかわからねえのか?」
「感謝してる。文字の読めない私も教育してくれた。ーーガーデンのことは知っているな?」
「それがどうした」
捜索隊が発見した不思議な村、ガーデン。吸血鬼の国から独立した自治区だ。変わり者の吸血鬼一人を領主とし、彼を慕う人間たちで構成されている。血液生産村として本国と交易していた。彼らはカウクリッツに交易を持ち掛けてきたが、カウクリッツの首長は判断を保留している。
ガーデンの人々に危険はなさそうであったが、本国との繋がりを懸念しているのだ。ガーデンの人々の証言によると、吸血鬼たちは人間を家畜と捉えている。
「治安は悪くない。共存の道は十二分にある」
ガーデンの利点を述べ始めたホリーに、バートは吐き捨てた。
「てめえの勝手だけどな、士気を下げるようなことだけはするなよ!」
ホリーは終始同じ顔をしている。バートの目には非人間的で不気味に映った。二種類くらいしか表情がないんじゃないかと、バートは本気で思っている。
悪態をつきながら、バートはその場を後にした。
それからしばらくして、ホリーは訓練に参加しなくなった。新しく創設された部署に配属されたのだ。
顔を合わせることがなくなったというのに、バートはより一層、ホリーが目障りになった気がした。