第16話 救世主

文字数 1,034文字

 人間の血が濃くなることは稀だ。人間を別の生き物だと思っているラミア社会に、先祖返りという現象を知る者はいない。
 美しさは正しさの証だ。
 備えていて当たり前の美しだがないということは、正しさが損なわれているということである。
 ラミアたちは白く艶やかな髪に、陶器のような滑らかな肌と、ほんのりと青みを帯びた白い瞳を持っている。
 周囲の目には、リザの金髪はくすんで見えた。リザの肌はぼやけて見えた。リザの瞳は、濁って見えた。
 蝶よ花よと育てられた若い娘たちは笑って過ごす。
『一日の半分を目を瞑って過ごすんですって?』
 からかわれ以来、リザは寝不足になった。笑顔を作る余裕なんてなかった。
 私は醜い。けれど、教師として生きる道がある。
『聖母たちのお側に置くことはできませんわ。とてもあなたの心では耐えられることではありません』
 それでは養育者はどうか。
『残念だけど、あなたには人間らしさがあります。子どもたちが人間に親しみを覚えてしまっては困りますわ。あまり気になさらないでね。あなたには他にふさわしいお仕事があるはずよ』
 他にふさわしい仕事? そんなものがいったいどこにあるっていうの?
 誰にも必要とされず、無意な時間を過ごしていると、ある事件が起こった。
 罪人が処刑人を殺したのだ。
 処刑人を務めるのは、人間みたいなラミアである。つまり、銀が効かないということだ。それは利点ではなく、欠損だ。
 リザにはわかっていた。私には銀は効かない。
 処刑人のなり手を探している。
 リザには光明に思えた。女の処刑人など前代未聞だったが、ラミアの血が濃くなっている昨今、人間みたいなラミアは稀だった。基準を緩めれば、すでに爵位を受けている者にまで差し障りが出てしまう。
 幸か不幸か、許可が降りた。
 仕事を得たリザは、許された気がした。
 罪人相手に後ろめたさを感じることもないと仕事に臨んだリザは、感情を殺さなければならなかった。
 誰一人、その罪が見えてこないのだ。
 馬鹿だったんだ。私とおんなじに。
 リザは自分の仕事を理解した。
 どこにいても己の罪深さからは逃れることはできない。
 手を緩めることはできなかった。殺すこと以上に、無礼なことだ。
 粛々と、他人の命を絶っていく。
 死にたいのは自分の方なのに。じゃあ、どうして死にきれないんだろう。死にたいのは自分の方なのに。
『救世主にならないか』
 救われたいのは自分の方だ。でも、誰かの命を奪うよりもずっと、自分は救われるかもしれないーー。
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登場人物紹介

バート(ハーバート・ヘンダウ)

吸血鬼を根絶やしにするべく気を吐く少年。

有力者一族の誇りを持っている。

ホリー

崩壊したコロニーからカウクリッツの村にやってきた少女。

疑問を見逃さない。吸血鬼胎児に懐疑的。

グレコ

カウクリッツの軍人。

面倒見がいい。

ロブ

ひ弱な青年。

事務の仕事をして過ごしたい。

エルベル

落ちこぼれのラミア(吸血鬼)。

感情豊かで優しい。

シモン

躍進目覚ましい次期領主。

使えるものはなんでも使う。

リシャール

生まれながらの支配者。

迷信に惑わされない合理的思考の持ち主。

ギョーム

愚か者として自由を手に入れた正直者。

バルカン

吸血鬼の国に所属する自称医者。

様々な研究している。

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