第6話 0.25

文字数 2,739文字

 ホリーはようやくバルカンの取り調べにこぎつけた。
 真顔ながら、やる気に満ちたホリーと、乗り気でないロブは取調室でバルカンを待った。
 監視役に連れられて、カンカンと音を立てながら、バルカンが向かってくる。ロブはバルカンの風体に怖けづいた。バルカンの肌はところどころ青っぽい灰色をしていたのだ。らんらんと輝く目は恐ろしく、さらには不気味な笑みを浮かべていた。バルカンは大きな声を上げた。
「あれっ! 若いね!」
 外で待っていますと、監視役は出て行く。
 ニヤニヤと笑いながら、バルカンは名乗った。
「僕はバルカン」
「私はホリー。こちらはロブ。私たーー」
「ねえ、どうしてこの村の人たちは僕のことを知っていたのかな? 吸血鬼に切り捨てられのかと思ったけど、どうも違うんだよね。知ってるよね?」
「知りません」
 平然と嘘をつくホリー。バルカンの視線がロブに向けられる。オドオドするロブを観察してから、バルカンはホリーに向き直った。
「それにしても驚いたね。嫌がらせかと思ったんだよ。ご飯。あれが普通なんだね。だから教えてあげたんだよ。ここの貧しさじゃ吸血鬼には勝てないよって」
「第六捜査隊の隊員が大怪我をして帰ってきました。何があったのですか?」
「聞いてないんだ。まあ、そうだよね。僕はね、あそこで吸血鬼と人間とを親にもつ子どもを保護してたんだけどさ、その子がおたくらの隊長の足を食べちゃってね」
 ロブの顔から血の気が引いた。気分が悪くなってくる。
 ホリーが聞き返した。
「食べる?」
「肉ならなんでも。ここへ連れてきても無駄だったね。馬の餌しかないんだもん」
「吸血鬼との子どもがいるということは、人間と吸血鬼は対立していないということですか?」
「もともと対立してないよ。支配と被支配の関係だし。美人で若い娘は吸血鬼に似てるからかな。それにさ、吸血鬼の女が足りないんだと思う。僕は見たことがない。人間の前には出てこないんだ。偉い奴が独占しているのかもしれないけど、僕はそうじゃないと思ってる。なんでだと思う?」
「わからない。なぜだ?」
「仮説だけどね。吸血鬼と人間の子ども、僕は鬼子と呼んでいるんだけどさ、すごく発育が早いんだ。お腹にいるうちに歯も生えているし、目も見えてる。ーーねえ? 馬って知ってる? 馬の赤子は生まれてすぐに立ち上がる。でも人間の赤ちゃんは一人じゃ何にもできない。腹の外で成長する余地が大きいんだ。だからね、お腹の中で成長しすぎると、困ったことになる」
「産めなくなる?」
「そう。鬼子はみんな逆子のまんまどんどん成長する。そして、放っておくと腹を食い破って出てくる。でもこれじゃあ、一人産むごとに女が死んで、人口を維持できない。吸血鬼が人間を蔑むのもさ、それが原因かも。しかも鬼子は五歳になる前にみんな死んでしまう。大人になれたとしても生殖能力はないんじゃないかな? 分科して結構経っているのかも」
「ブンカ?」
「うん。吸血鬼は人間の亜種だと思う」
「元は人間なのか?」
「元はっていうか、先祖はってこと。鬼子の場合は帝王切開(カイザー)で取り出す。堕胎も試みたけど、生命力が母体よりも強いから、難しい。で、思ったわけ。これが吸血鬼の特徴を受け継いだ結果かもしれないなってね」
「吸血鬼も……」
 ロブは無意識につぶやいていた。
「吸血鬼の場合は高い再生力があるし、カイザーは難しい。子どもが食い破って出てくることができるかも怪しい」
 ロブは不安に耐えきれずにちらりとホリーの顔を盗み見る。
 わずかだが硬い表情をしていた。初めて見る表情だった。平常心と、興味を抱いた時に見せるささやかな興奮。ロブが知っているのはこの二つだけだ。ホリーが怯えるわけがない。この感情はいったいなんだろうと、ロブは不思議に思った。
 その間にも、バルカンは喋り続けていた。
「吸血鬼はね、綺麗なものが好きなんだ。彼らは老いないし、病気にもならない。泣き喚かないし、怪我に呻いたり、発作に苦しんだりしない。そんな彼らが、胎内で終わらない戦いが起こっている妊婦をどうするか。彼らなりの優しさを発揮するとすれば、殺して楽にしてあげるんじゃないかな」
 ホリーはかすかに首を傾げた。
「それだと吸血鬼は滅んでしまう」
「うん。だから必ず多胎児って可能性もあるかも。苦しさ倍増だね。聞いて回ったけど、誰も教えてくれないっていうか、そもそも知らないっぽいんだよね」
 ホリーは別の質問した。
「どうして世界が荒廃したか知っているか?」
「知らないけど、複合的な天変地異じゃない?」
「吸血鬼のせいではない?」
「ありえないね。僕がどれだけ技術的な底上げをしたと思っているんだ。僕が人口を三倍にしたんだ。なのに、なんで感謝されないんだろう?」
「吸血鬼は日光を浴びたら死ぬのか?」
 バルカンは首を左右に振った。
「日光だけは彼らに老化を引き起こすんだ。ナイーブだもん。しわなんかできたら発狂しちゃうよ」
 美容のためだと知って、ロブはその感性を空恐ろしく感じた。
 バルカンは口を尖らせた。
「ねえ、研究所に帰りたいんだけど。ここじゃ研究できないし、国からの手厚い手当もないしね」
 ホリーは聞き返した。
「どうして鬼子を保護していた?」
「どうして?」バルカンは満面の笑みを浮かべた。「僕はね、生きたいんだ。生きて世界中の知識を手に入れたい。だからね、吸血鬼が羨ましい。僕は長生きがしたい。健康でいたいし、眠らずに済むなんて夢のようだ。吸血鬼のベースはどう見たって人間だ」
「吸血鬼は強い肉体を自然に獲得したと思うか?」
 いっひっひとバルカンは笑う。
「まさか。だから研究してる」
 ロブは思った。もしも吸血鬼を生み出した存在がいるとしたら、それはバルカンみたいな人間だろう。
 バルカンは身を乗り出した。
「僕は有用だよ。でもこのままじゃ飼い殺しだ。なんとかならない?」
「まずは信用を得なければならない。少なくとも、ここでは人口を三倍にすれば感謝される」
「頼むよ。みんな僕を恐れているんだ。君くらいだよ。僕を恐れないのは。金属あるかなぁ、動力欲しい。近くに川はあるよね?」
 バルカンとホリーが意気投合して、取り調べが終わり、バルカンは監視役に連れていたかれた。
 ロブはホリーの呼び止められた。
「どうして吸血鬼を恐れるんだ?」
「どうしてって、人間の血を吸うから」
「命をとるわけじゃない」
「血を吸われるのって、すごく怖いことだと思うけど……」
「赤子はーー」
「やめて」
 バルカンの話を思い出して、ロブは身を固くした。
「人間も胎内にあるうちは母親の血で養われる」
「そう考えると怖いよ」
 うっすらと、ホリーは笑みを浮かべた。
「私という存在は、母を殺したのかもしれない。私の祖母の一人は吸血鬼だ」
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登場人物紹介

バート(ハーバート・ヘンダウ)

吸血鬼を根絶やしにするべく気を吐く少年。

有力者一族の誇りを持っている。

ホリー

崩壊したコロニーからカウクリッツの村にやってきた少女。

疑問を見逃さない。吸血鬼胎児に懐疑的。

グレコ

カウクリッツの軍人。

面倒見がいい。

ロブ

ひ弱な青年。

事務の仕事をして過ごしたい。

エルベル

落ちこぼれのラミア(吸血鬼)。

感情豊かで優しい。

シモン

躍進目覚ましい次期領主。

使えるものはなんでも使う。

リシャール

生まれながらの支配者。

迷信に惑わされない合理的思考の持ち主。

ギョーム

愚か者として自由を手に入れた正直者。

バルカン

吸血鬼の国に所属する自称医者。

様々な研究している。

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