第19話 スリーパー
文字数 3,075文字
カールはラミア症候群の成り立ちについて話し終えた。
「その後は大災害がありまして、何があってラミアの国ができたかは、調査中です」
ホリーが残って話を聞く中、バートたちは用意された部屋に向かった。バートとロブの疲れはまだ取れていない。
ロブがオドオドとバートに話しかけた。
「本当に外つ国に行くの?」
「ああ。確かめに行く」
「みんなでカウクリッツを作り直せばいいんじゃない?」
「そうするにしても、まずははっきりさせる」
「何を?」
「間違っていたかどうかを」
ロブは黙った。バートもそれ以上何も言わなかった。
すぐに旅立ちの日はやって来た。
ヘリのたてる音は恐ろしく、墜落しても生き残る自信のあるホリーだけが泰然としていた。
ヘリの次は船だった。初めて見る夜の海は真っ暗で、バートは不気味に思った。バートたちが船酔いに悩まされる中、エルベルだけが楽しそうに夜の月を眺めている。
船はアメリカ大陸に着岸し、一行はボストンに降り立った。信じられないほど高いビルの数々に、バートたちは度肝を抜かれた。周囲に林立する木立も高く、バートたちは教えられるまでは植物だとわからなかった。
病院に併設された難民用住居へと案内された。銀は一切使われていない。一人一部屋ずつ用意されている。船の中で習得したシャワーを浴びて、用意された服に着替えたバートは、横になろうとしてやめた。すぐにでも休みたいが、念のためエルベルの様子を見に行く。案の定、ボタンを止められずにメソメソしていた。すべてを使用人に世話してもらっていたエルベルは恐ろしく不器用だった。その上、ボタンのないトレーナーやジッパータイプのものは着たがらない。着替えを手伝って、バートはじゃあなと部屋を出た。入れ替わりにロブがエルベルの部屋のドアをノックする。心細くて、眠らないエルベルを頼るのだろう。
翌日、高度な器具による検査を受けた。検査後は自由時間だ。みんな地図を広げて、説明を受ける。
ホリーはバートを引きずって図書館へと向かった。
「俺は副隊長と牧場へ行くんだ!」
とバートは抵抗するが、ホリーは聞く耳を持たない。
「私は文字が読めない。手伝ってくれ」
「ロブはどうした? その辺にいる人でもいいだろ!」
「お前に頼んでいるんだ」
「断ってんだろ!」
数分後、諦めのついたバートは不機嫌に言った。
「で? 何を調べるんだ?」
「ラミア症だ」
「医者から散々聞いただろ」
そこへ白衣の男が通りかかった。
「うん? 呼んだ?」
誰かと思ったらバルカンだった。新しいスリムなメガネをかけ、滑らかに歩いている。
バートは逃げる用意をした。
「違う。呼んでない」そして気づいた。「そうだ! バルカンに読んでもらえ。こいつは医者だし、ちょうどいい」
バルカンはいっひっひと笑った。
「それがさ、医者じゃないんだ。免許がないと駄目なんだって。だからお勉強中」
「聞きたいことがある」
ホリーの興味がバルカンに移ったので、バートはそっと退散した。
エルベルやリザは聞き取り調査に協力中だ。
部屋に戻り、ロブの部屋をのぞいたが、出掛けている。
時間を潰していると、昼食のために戻ってきたロブからは土の匂いがした。
食事を終えると、グレコはあまり周りと関わろうとしないリザを気遣って、二人で出掛けてしまった。
人のいいエルベルは記者のインタビュー予約が詰まっている。
あまりに綺麗な環境に疲れ始めていたバートは、ロブに誘われて、植物園を訪れた。ホリーもついてきた。
中には様々な樹木が生い茂り、彩りの花々が競うように咲き誇っている。
見知らぬ植物を、バートは少し気味悪く思った。カウクリッツでは実をつけることが大事だったので、花を愛でるという感覚がなかった。
ロブはいきいきと手入れを手伝っている。
「大災害でね、野生の植物はもちろん、こういう植物園も壊滅したんだって。でもね、保存していた種子が生きていたんだ。千年位前の種子が発芽することもあるらしいよ」
バートはそばにある大輪の花のにおいに顔をしかめた。
「気持ち悪いなこれ。どんな実がなるんだ?」
「食べられないよ。ここには毒のあるものもある。食用に薬用、観賞用の花もある」
「観賞用?」
「古くは贈り物にしたんだって。歴史ある行為だよ。……いつかカウクリッツにも植えたいね。どんな花がいいかな」
ホリーはバートの肩をつかんだ。
「バート、お前には知らなくちゃならないことがある」
「なんだよ」
バートは手をどかそうとするが、ホリーはしっかりつかんでいる。
「ヘンダウ家の人間はもう、お前しかいない」
なんとなくわかっていたことだった。バートは顔を逸らした。耐えようとするが、涙が溢れてくる。バートは必死に頬を拭った。
「くそっ。もう少しだったんだ……。あと少し早く、救助隊が来てくれていたら、みんな死ななくてもよかったんだ。みんな……。あいつの友達だって、殺さなくてすんだ。わかるわけないだろう……。どうすればよかってって言うんだ」
ホリーは言った。
「悪い。お前のいとこ、ニックは生きていた」
「間違えてんじゃねえよ……」
「バート。後に続く人間が迷わないように、お前が語り継ぐんだ。ヘンダウ家の人間が、どんなに誇り高く街を守ってきたか。結果からはわからない本当の姿を残すんだ」
ボストンへ来て二週間が経った頃、エルベルに異変があった。具合が悪いというのとは違う。バートは心配になった。
「どうしたんだ? 普通の血の方がいいんじゃないか?」
「うーん……」
エルベルの瞼が重い。急いで医者及び、見てもらったが、原因がわからない。処理されている血液ではなく、生のままの血液を飲ませるが、変化はない。
ホリーは気がついた。
「ひょっとして眠いんじゃないのか?」
バートは聞いた。
「今まで眠ったことはあるか?」
「うん? ……僕たちは、眠ら、ないよ」
「他の奴らが眠っているのを見聞きしたことはないか?」
そこへバルカンが駆け込んできた。
「おお! 初めて見た!」
「お前も知らないのか」バートは落胆した。「眠らせても大丈夫なのか?」
「たぶん?」
エルベルはとろんとした目で一日過ごすと、身体を起こしていられなくなった。
連絡を受けたギョームからは心配ないのではなかと返事が来た。
二日後、呼吸が浅くなり、脈も弱くなっていく。エルベルに薬は作用しない。呼吸器で肺に酸素を送り込んでいるうちに、心臓が止まった。電気ショックにも反応しない。
呆然と立ち尽くすバート。
誰も何が起こっているのかわからなかった。
みんなが黙り込む中で、バルカンはエルベルの身体を調べ始めた。止めに入る医師に、バルカンは説明した。
「過去の研究でね、ベネディクタルを大量に投与したマウスが心停止後、一ヶ月後に蘇生されたって報告があるんだ。さらには死亡後も身体が腐らないってのもあったんだ。生きているとは言えないけど、まだ死んでもないないかも。ギョームくんの話だとさ、長いこと姿を見ない吸血鬼が、ある日現れるんでしょ? そのうち復活するかも」
さすがのホリーも懐疑的だった。
「そうした事例があるとしても、完璧な吸血鬼の場合ではないか?」
「そうかもね。でも、きちんと保存すればチャンスがあるかも。たいして技術のなさそうなあの国でも目を覚ますくらいなんだしさ」
掠れた声で、バートは聞いた。
「助かるのか?」
「十分、可能性があると僕は思うね」
バートは目眩を感じた。うまく息ができない。手が震える。
「頼む、誰でもいい。エルベルを助けてくれ」
俺はまだ、あいつに謝れていない。
「その後は大災害がありまして、何があってラミアの国ができたかは、調査中です」
ホリーが残って話を聞く中、バートたちは用意された部屋に向かった。バートとロブの疲れはまだ取れていない。
ロブがオドオドとバートに話しかけた。
「本当に外つ国に行くの?」
「ああ。確かめに行く」
「みんなでカウクリッツを作り直せばいいんじゃない?」
「そうするにしても、まずははっきりさせる」
「何を?」
「間違っていたかどうかを」
ロブは黙った。バートもそれ以上何も言わなかった。
すぐに旅立ちの日はやって来た。
ヘリのたてる音は恐ろしく、墜落しても生き残る自信のあるホリーだけが泰然としていた。
ヘリの次は船だった。初めて見る夜の海は真っ暗で、バートは不気味に思った。バートたちが船酔いに悩まされる中、エルベルだけが楽しそうに夜の月を眺めている。
船はアメリカ大陸に着岸し、一行はボストンに降り立った。信じられないほど高いビルの数々に、バートたちは度肝を抜かれた。周囲に林立する木立も高く、バートたちは教えられるまでは植物だとわからなかった。
病院に併設された難民用住居へと案内された。銀は一切使われていない。一人一部屋ずつ用意されている。船の中で習得したシャワーを浴びて、用意された服に着替えたバートは、横になろうとしてやめた。すぐにでも休みたいが、念のためエルベルの様子を見に行く。案の定、ボタンを止められずにメソメソしていた。すべてを使用人に世話してもらっていたエルベルは恐ろしく不器用だった。その上、ボタンのないトレーナーやジッパータイプのものは着たがらない。着替えを手伝って、バートはじゃあなと部屋を出た。入れ替わりにロブがエルベルの部屋のドアをノックする。心細くて、眠らないエルベルを頼るのだろう。
翌日、高度な器具による検査を受けた。検査後は自由時間だ。みんな地図を広げて、説明を受ける。
ホリーはバートを引きずって図書館へと向かった。
「俺は副隊長と牧場へ行くんだ!」
とバートは抵抗するが、ホリーは聞く耳を持たない。
「私は文字が読めない。手伝ってくれ」
「ロブはどうした? その辺にいる人でもいいだろ!」
「お前に頼んでいるんだ」
「断ってんだろ!」
数分後、諦めのついたバートは不機嫌に言った。
「で? 何を調べるんだ?」
「ラミア症だ」
「医者から散々聞いただろ」
そこへ白衣の男が通りかかった。
「うん? 呼んだ?」
誰かと思ったらバルカンだった。新しいスリムなメガネをかけ、滑らかに歩いている。
バートは逃げる用意をした。
「違う。呼んでない」そして気づいた。「そうだ! バルカンに読んでもらえ。こいつは医者だし、ちょうどいい」
バルカンはいっひっひと笑った。
「それがさ、医者じゃないんだ。免許がないと駄目なんだって。だからお勉強中」
「聞きたいことがある」
ホリーの興味がバルカンに移ったので、バートはそっと退散した。
エルベルやリザは聞き取り調査に協力中だ。
部屋に戻り、ロブの部屋をのぞいたが、出掛けている。
時間を潰していると、昼食のために戻ってきたロブからは土の匂いがした。
食事を終えると、グレコはあまり周りと関わろうとしないリザを気遣って、二人で出掛けてしまった。
人のいいエルベルは記者のインタビュー予約が詰まっている。
あまりに綺麗な環境に疲れ始めていたバートは、ロブに誘われて、植物園を訪れた。ホリーもついてきた。
中には様々な樹木が生い茂り、彩りの花々が競うように咲き誇っている。
見知らぬ植物を、バートは少し気味悪く思った。カウクリッツでは実をつけることが大事だったので、花を愛でるという感覚がなかった。
ロブはいきいきと手入れを手伝っている。
「大災害でね、野生の植物はもちろん、こういう植物園も壊滅したんだって。でもね、保存していた種子が生きていたんだ。千年位前の種子が発芽することもあるらしいよ」
バートはそばにある大輪の花のにおいに顔をしかめた。
「気持ち悪いなこれ。どんな実がなるんだ?」
「食べられないよ。ここには毒のあるものもある。食用に薬用、観賞用の花もある」
「観賞用?」
「古くは贈り物にしたんだって。歴史ある行為だよ。……いつかカウクリッツにも植えたいね。どんな花がいいかな」
ホリーはバートの肩をつかんだ。
「バート、お前には知らなくちゃならないことがある」
「なんだよ」
バートは手をどかそうとするが、ホリーはしっかりつかんでいる。
「ヘンダウ家の人間はもう、お前しかいない」
なんとなくわかっていたことだった。バートは顔を逸らした。耐えようとするが、涙が溢れてくる。バートは必死に頬を拭った。
「くそっ。もう少しだったんだ……。あと少し早く、救助隊が来てくれていたら、みんな死ななくてもよかったんだ。みんな……。あいつの友達だって、殺さなくてすんだ。わかるわけないだろう……。どうすればよかってって言うんだ」
ホリーは言った。
「悪い。お前のいとこ、ニックは生きていた」
「間違えてんじゃねえよ……」
「バート。後に続く人間が迷わないように、お前が語り継ぐんだ。ヘンダウ家の人間が、どんなに誇り高く街を守ってきたか。結果からはわからない本当の姿を残すんだ」
ボストンへ来て二週間が経った頃、エルベルに異変があった。具合が悪いというのとは違う。バートは心配になった。
「どうしたんだ? 普通の血の方がいいんじゃないか?」
「うーん……」
エルベルの瞼が重い。急いで医者及び、見てもらったが、原因がわからない。処理されている血液ではなく、生のままの血液を飲ませるが、変化はない。
ホリーは気がついた。
「ひょっとして眠いんじゃないのか?」
バートは聞いた。
「今まで眠ったことはあるか?」
「うん? ……僕たちは、眠ら、ないよ」
「他の奴らが眠っているのを見聞きしたことはないか?」
そこへバルカンが駆け込んできた。
「おお! 初めて見た!」
「お前も知らないのか」バートは落胆した。「眠らせても大丈夫なのか?」
「たぶん?」
エルベルはとろんとした目で一日過ごすと、身体を起こしていられなくなった。
連絡を受けたギョームからは心配ないのではなかと返事が来た。
二日後、呼吸が浅くなり、脈も弱くなっていく。エルベルに薬は作用しない。呼吸器で肺に酸素を送り込んでいるうちに、心臓が止まった。電気ショックにも反応しない。
呆然と立ち尽くすバート。
誰も何が起こっているのかわからなかった。
みんなが黙り込む中で、バルカンはエルベルの身体を調べ始めた。止めに入る医師に、バルカンは説明した。
「過去の研究でね、ベネディクタルを大量に投与したマウスが心停止後、一ヶ月後に蘇生されたって報告があるんだ。さらには死亡後も身体が腐らないってのもあったんだ。生きているとは言えないけど、まだ死んでもないないかも。ギョームくんの話だとさ、長いこと姿を見ない吸血鬼が、ある日現れるんでしょ? そのうち復活するかも」
さすがのホリーも懐疑的だった。
「そうした事例があるとしても、完璧な吸血鬼の場合ではないか?」
「そうかもね。でも、きちんと保存すればチャンスがあるかも。たいして技術のなさそうなあの国でも目を覚ますくらいなんだしさ」
掠れた声で、バートは聞いた。
「助かるのか?」
「十分、可能性があると僕は思うね」
バートは目眩を感じた。うまく息ができない。手が震える。
「頼む、誰でもいい。エルベルを助けてくれ」
俺はまだ、あいつに謝れていない。