第4話 ドクター

文字数 6,006文字


 バートは与えられた任務に戸惑いを覚えた。
 人間の捕獲だって?
 作戦の指揮を執る隊長のルークが説明する。
「その男は吸血鬼について詳しい情報を持っている可能性が高い。吸血鬼の協力者として、ホートランドという街の跡地に研究所を構えて一人で活動している。五、六十代、男。戦闘力はないとの話だが、断定はできない。男の逃走はもちろん、自殺も頭に入れておくように」
 続く綿密な作戦内容を、隊員たちは流れるように確認していく。会議が終わりに近づいて、バートは慌てて手をあげた。
「あの」
「なんだ」
「協力者とのことですが、吸血鬼に無理やり研究させられているんですか? それとも吸血鬼のために自ら進んで研究をしているのですか?」
「詳細はわからない」
「どこからの情報ですか?」
「ガーデンだ」
「信頼できるのでしょうか?」
「ガーデンはこちらの情報を吸血鬼の国には報告していないと信じたとして、スパイがいないとも限らない。油断せずに臨もう」
 バートは不安だった。作戦会議が終わると、先輩隊員であり、訓練でも手合わせしたグレコが声をかけてきた。
「バート。わからないことがあったらなんでも質問しなさい。少しでも疑問に思ったら、私に聞くといい」
「すみません」
「謝るようなことは何もしてないだろう? 寡黙な隊長も、ああ見えて新入りを前に張り切っているんだ」
「そうなんですか?」
「サボテンに水をあげることくらい喜んでいるよ。隊長の生きがいなんだ」
「はあ」
「さあ、いくぞ。稽古をつけてやるよ」
 グレコはバートの背中を叩いた。

 Vからはじまる名をもつというその男は、吸血鬼の国があると思われる方向からだいぶ離れた場所に研究所をかまえていた。吸血鬼と遭遇する可能性は低いと思われた。
 会議から三日後、第六捜索隊は万全の装備で村の入り口に集合した。
 第六捜索隊は全員戦闘員である。隊長のルーク。副隊長のグレコ。ダニー、タイソン、ジェイ。そしてバート。
 まだ視力が十分で、星読みに長けたジェイが目的地へ導いていく。のちにバートの仕事になる技術である。バートはグレコの解説を熱心に聞きながら、頭に叩き込んだ。
 一番近い基地から三日かかる場所に、ホートランドはあった。夜明けまで三時間、第六捜索隊は作戦を実行に移した。
 街に人影はなく、建物は軒並み倒壊している。街外れに半壊した石造の巨大な建物跡地があった。周囲には手入れされた形跡があり、タイヤ痕もある。カウクリッツにも車はあるが、燃料も含めて貴重なものだ。一方、吸血鬼たちはいくつもの車を所有していることがわかっている。遠巻きに見聞し、静かに接近していく。ガラスがなくなっている窓から中をうかがうと、地下へと続く階段に出入りの痕跡が見えた。ダニーを外に残し、五人は建物に足を踏み入れる。
 覆いで方向を絞ったランプで足元を照らしながら、階段へせまった。段差は土で埋められ、スロープ状になっている。そこには数人の足跡と、蹄らしき跡があった。タイソンとジェイは思わず顔を見合わせた。あの日から、野性の哺乳類はほとんど姿を消した。カウクリッツにはかろうじて鶏がいるが、牛や羊は、やむなく食料にしたために残っていなかった。
 心を躍らせたのも一瞬、すぐに緊張が高まった。わずかであるが、地下から音がしている。
 ルークの合図に従って、慎重に地下へと歩を進めていく。
 闇が深くなり、音が大きくなる。
 まさかと思ったが、そのまさかだ。いびきだ。かなりうるさいいびきだ。
 罠か⁉︎
 バートは疑心暗鬼にかられた。
 隊員たちは細心の注意を払って音のする部屋のドアに向かう。ドアは半開きで、グレコがのぞくとベットで誰かが寝ているのが見えた。
 そっとドアを開け、ルークの指示で突入した。
 一瞬にして布団を剥ぎ取ると、タイソンの掲げたランプに照らされる中、グレコが寝ている男をひっくり返した。目にも止まらぬ速さで男を縛り上げる。身体を探って危険物がないか確かめたグレコは、男に左足がないことに気がついた。
 すぐさまジェイが銀製のナイフを首筋にあてがい、吸血鬼でないことを示した。
 男はレンズのついたバンドを頭に巻いている。念の為ジェイが引っ張って、下に何か隠していないか調べた。
 ぐえっと呻いた男の口に、グレコは猿ぐつわを噛ませる。男は必死になって抵抗した。か細くピーピーと鼻が鳴る。異変を察知したグレコは猿ぐつわを緩めた。
「待って! 鼻呼吸できないんだ! 窒息しちゃうよ! 鼻の穴を見て! 事故で狭窄しているんだ!」
 後ろで銃を構えているルークが凄んだ。
「おとなしくしろ。抵抗しなければ手荒なことはしない。だが、少しでも怪しい動きをすれば容赦しない」
 男は首を目一杯巡らせると喚いた。
「誰⁉︎」男は隊員の装備に驚いた。「略奪じゃないね。あれ? もしかして僕、売られちゃったのかな」
 男はジェイとグレコによって抱えられ、速やかに撤退へと動き出す。男が叫んだ。
「待って! 義足も持っていってよ! 作るの大変だったんだから。あと眼鏡も頼むよ。研磨が大ーーかけたまんまだった。あと、そこのノートと、実験ーー」
 ルークは言った。
「義足を持っていってやれ。あとはかまうな」
 タイソンの動きに合わせて、明かりが揺れる。グレコとジェイは男の異様な肌に目を見張った。あざのようなものが全身に広がっている。視線に気がついて、男がニヤリと笑った。
「銀を摂取しすぎてね。吸血鬼に命を取られると思っていたから。でも吸血鬼は人間を殺さなかった。人間は人間を殺す。ねえ、殺す気じゃないよね?」
「安心しろ」グレコが答えた。「妙な真似をしなければ殺さない」
 タイソンが義足を発見して回収した。ルークの合図で部屋を出る。出口へ向かうと、再び男が叫んだ。
「待って! 調べてないの⁉︎ 子どもがいるんだ! 一緒に連れていってよ!」
「子どもだと?」ルークの顔が険しくなる。「嘘をつくな」
「嘘じゃない。あっち、二つ隣の部屋」
「お前の子か?」
「違う。でも、僕が面倒を見ているんだ」
 隊員たちの頭に恐ろしい考えがよぎった。
「何のためだ?」
「誰も世話をしようとしないからだよ! このままだと誰も助けない。仮に物資の補給係が来ても、絶対に見捨てられる」
「確認するぞ」
 隊長の視線を受けて、グレコは男の身柄をジェイに預けた。観音開きのドアは施錠されており、錠の隣に鍵がぶら下がっていた。開錠してドアを開けたグレコは言った。
「血のにおいがします」
 グレコを先頭に、部屋の中へと足を踏み入れる。壁際のショットガンが目に入り、ルークが警戒を呼びかけた。最後尾のバートは男の動きを注視した。
 男が言う。
「電気つけていいよ。わかる? 電気。スイッチはドアの左。肩の高さ。知ってる? 電気。つまみを上げるんだ」
 ガーデンで電気を見たことのあるタイソンがスイッチを入れた。
 明るさに驚くバート。
 広い部屋の中央に、小さな檻があった。檻の中には毛布と隙間からのぞく頭髪。足を伸ばせないほど狭い檻の中で、子どもがうずくまっている。
 ルークはより厳しい視線を男に向けた。
「この子は人間か?」
「違う」
 緊張が走った。
「吸血鬼か?」
「違う」
「どういうことだ」
 男はいっひっひと笑った。
「あるいはどちらもイエスだ。吸血鬼と人間の女の間にできた子どもだ。たまにあるんだ。処分に困って僕のところに連れてくる」
「お前はこの子をどうするつもりだったんだ」
「どうって。育てているでしょ」
 心外だなぁというように男は首をひねった。
 隊員たちはルークの顔をうかがっている。めずらしく逡巡するルークの姿があった。
 その時、光と声で目が覚めたのか、子どもが動き出した。毛布から呆けた顔をのぞかせた。金髪に白い肌。ほんのりと赤い頬に、クリクリとした黒い目。六歳くらいだろうか。
 グレコはしゃがみ込むと話しかけた。
「驚かせてしまったね。もう大丈夫だ」
 子供の目はグレコの顔をとらえたが、表情に変化はなかった。
「マーゴは喋れないよ」お前のせいだと男に視線が集まる。「嫌だなぁ、もう。彼らはみんな話せるようにはならなかった。発育が早くてね。こう見えて三歳にもならない。このペースで成長するなら、さぞかし素晴らしい知性を持つんだろうと期待したんだけど、身体は育っても、一歳くらいまでに精神は崩壊してる。人格が育つ前に異変があって、あっと言うまにこの状態。意識がないかもしれない。たぶん、神経が死ぬか、でたらめに成長してるかだね。強い再生力があるからすぐには破綻しないだけかなって思うけど」
 ルークが問いただした。
「この子は血を飲むのか」
「人間だって飲めるでしょ?」睨まれて嘆息する。「人間の血でしか養えな吸血鬼と違って、なんでも食べられるよ」
「なぜ檻に入れている? 危険があるのか? 逃がさないためか?」
「吸血鬼と人間のハーフだからね。力が強いんだ。マーゴに悪意なんてない。そもそも意思もないし。その意味で危険はないけど、脳に異変があるから、身体の制御に問題がある」
「どの程度の力だ」
「うーん。最大で人間の大人の二倍くらいかな。まあ、動きが鈍いからね。平衡感覚も悪いし、瞬発力はない。とりあえず檻ごと連れていってよ。それ、貴重な合金なんだよ」
 骨太なつくりの檻である。試しに押してみたグレコが報告する。
「隊長、このまま運搬するのは無理です」
 男は吸血鬼に手伝わせたのだと笑った。
 グレコは銀のナイフを取り出すと、檻に柄の部分差し入れてマーゴの手に触れさせた。やや赤くなったが、壊死は起きそうにない。
「銀に接しても問題ないよ。これが吸血鬼だったら、劇症反応が連載的崩壊をおーー」
 グレコは男を無視してルークの判断をあおいだ。
「どうしますか?」
「檻から出す。拘束して連れて行こう。私がやる」
「待って!」男が騒ぐ。「本当に貴重な檻なんだ! 半永久的に残るんだよ! マーゴを人間から守るのにも必要だよ!」
 銃をしまいながら、ルークがすごんだ。
「鍵はどこだ」
「そういえば、まだ名乗ってなかったね。僕はバルカンって言うんだ」
 ルークは語気を強めた。
「鍵を出せのないなら、この子はこのまま置いて行く」
 バルカンはひどく残念そうに口を尖らせた。
「あーあ。もー、分からず屋だな君は。そこの棚の中にあるよ。一番上のひきだし」
 タイソンが鍵を取り出してルークに渡した。
 ルークは鍵をあけ、専用の器具があるというバルカンの言葉を無視して、グレコと二人で檻の扉を開けた。
 マーゴはぼうっとしている。
「大丈夫か? マーゴ?」
 反応は芳しくない。ルークは慎重に手を伸ばすと、マーゴを引っ張り出した。
 地面に立たせると、右膝が抜けるようにしてよろめいた。ルークの右膝に頭から突っ込む。おぼつかない動きで膝の裏に手を回す。ルークがマーゴの脇を持って起こそうとしたその時、マーゴはルークの太ももに口をあてた。
 ルークはすぐには気づかなかった。自分が食べられようとしていることに。
 マーゴは緩慢な動作で大きく口を開けると、ルークの太ももを服ごと食い破り始めた。
 直ちにグレコが引き離しにかかるが、ルークの右足に全身でしがみついているマーゴは離れない。一緒に引っ張られるルークの身体を、タイソンが押さえに加わる。
 グレコはナイフを取り出すと、腕と迷ったのも一瞬、筋肉に食らいついてるマーゴの首に刃をかけて、思いきり引いた。肉を裂き、血が吹き出したが、骨にあたって止まった。硬い。刃が潰れるのがわかった。
 マーゴの傷口から肉が湧き出し、ナイフを巻き込んだまま、ブヨブヨと収縮する。
 まるで痛みを感じていない様子で、その間にもマーゴは食べ進む。大腿骨を噛み砕き始めていた。
 グレコは銃を構えた。横に回り込み、隊員たちにあたらない方向から弾丸を放った。
 同時にバルカンが叫ぶ。
「骨の強度は吸血鬼以上だ!」
 グレコが放った弾丸は頭蓋骨に弾かれて天井にめり込んだ。グレコは銃をホルスターに戻すと、口径の大きいルークの銃を手を伸ばした。
 バルカンが慌てた。
「目だ! 目を狙え! 眼底の骨が一番薄い! 脳を破壊するしか止める手立てはない! 再生するから徹底的にね!」
 グレコはマーゴの目に銃口を押し当てて引き金を引いた。血と、それに続いて再生した細胞が溢れ出す。構わず銃を押し込んで、発砲する。
 頭蓋骨の中で脳を潰しながら跳弾したのがわかった。三発目でマーゴの動きが止まる。
 グレコはマーゴの髪をつかんでルークから引き剥がした。腕が動き始めたので、さらに銃弾を打ち込んでいく。
 バルカンがショットガンを見やってジェイに言った。
「あれの弾丸には酸度の強い薬品が詰まっているんだ。口から打ち込めば中枢をやれる」
 ジェイは急いでショットガンを手にグレコに加勢する。支えを失ったバルカンを、バートが横からがっちりと確保する。
 その間にタイソンがルークの手当を開始していた。背負っていた救急セットを広げ、止血し、消毒するが、無惨に食い荒らされた傷口に困惑する。
 タイソンの手捌きを見ていたバルカンが口を出した。
「それじゃだめだ! 僕がやる!」
 バートは我慢の限界だった。
「てめえ! 嘘をついたな! 何が危険はないだ! 人を食うことを黙っていたな!」
「嘘なんかついてない。マーゴは肉を食べるんだ。それも大量に。人だから食べるんじゃない。満腹だと思ったんだけど、その感覚も無くしたのかも。しょうがーー」
 バートはバルカンを殴り倒した。
「ぐひゃっ!」
「この人でなし! こうなることがわかっていたくせに!」
 床に転がったバルカンは怒鳴り返した。
「僕はわかっていたさ! 僕だって左足を食べられたんだぞ! そのことを話せば、君たちは間違いなくマーゴを殺した! 見殺しだ! 僕は命を無駄にしたことなんかないぞ! 生かすためにマーゴたちを研究していたんだ!」
 バルカンはルークの様態が変わったことを敏感に感じ取った。タイソンに向かって大声を上げた。
「下手くそ! 僕は医者だ! 僕が代わる。このままじゃ死ぬね!」
 お前は信用できないと叫ぶバートに、タイソンが拘束を解けと命令した。バートは憤まんやるやる方ない様子で、嫌々バルカンを解放した。
 バルカンはバートに言いつける。
「そのバック持ってきて。そっちの君はそこの機械持ってきて」
 バルカンはルークの元まで這いずって進み、ぐちゃぐちゃになった傷口にテキパキと処置を施した。血管を鉗子で止め直し、急いで焼灼機の準備をする。砕かれた骨はそれでも長く、切断しなければならないとバルカンは思った。注射を打ちながらバートに輸血パックを取りにかせ、タイソンにルークを押さえつけるように指示を出した。
 肉が焼かれる匂いと、うめき声。
 奥では血まみれになったグレコがマーゴにそっと毛布を被せた。
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登場人物紹介

バート(ハーバート・ヘンダウ)

吸血鬼を根絶やしにするべく気を吐く少年。

有力者一族の誇りを持っている。

ホリー

崩壊したコロニーからカウクリッツの村にやってきた少女。

疑問を見逃さない。吸血鬼胎児に懐疑的。

グレコ

カウクリッツの軍人。

面倒見がいい。

ロブ

ひ弱な青年。

事務の仕事をして過ごしたい。

エルベル

落ちこぼれのラミア(吸血鬼)。

感情豊かで優しい。

シモン

躍進目覚ましい次期領主。

使えるものはなんでも使う。

リシャール

生まれながらの支配者。

迷信に惑わされない合理的思考の持ち主。

ギョーム

愚か者として自由を手に入れた正直者。

バルカン

吸血鬼の国に所属する自称医者。

様々な研究している。

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