第5話 シェイムレス
文字数 1,166文字
新領主に就任したシモンが最初に着手したのは、前領主の遺品を滞りなく処分することだった。こればかりは人間の手に委ねるわけにはいかない。
この日、エルベル部屋を訪れたシモンに、エルベルは言った。
「呼んでくれたなら、僕の方から出向くのに」
「今回ばかりはそういうわけにもいかないのだよ」
シモンは鞄から一冊の本を取り出した。豪奢な表紙で、くらいが高いもののために作られたことは一目瞭然だ。
「これは?」
「イノサン侯爵の遺品だ」
さらりと言ってのけるシモンにエルベルは仰天した。
「よくないよ、シモン。大問題だ」
「形見分けだと思ってくれないか。これはイノサン侯爵の日記だ」
エルベルは息を呑んだ。
「なんてことを……。もしかして、読んではいないだろうね?」
「読んだよ。そして、君も読んだ方が良いと思ったのだ」
狼狽するエルベル。賢いシモンに、自分の方から道を説く日が来るとは思いもしなかった。
「すぐに処分するのだ。シモン。これがどういうことか、わからない君ではないだろう?」
「もちろんだよ。君を巻き込むつもりはなかったのだが、読んで気が変わった。これは君も読むべきだ」
「君がそんなにも恥知らずだったとは驚きだよ」必死に強い態度を作ったが、すぐに悲しみで表情が崩れた。「お願いだ。シモン。破棄してくれ。君はこんなことをしてはいけない」
エルベルの懇願にも、シモンは躊躇しなかった。
「君の使用人たちはとても忠実だ。買収されることもないだろう。僕は敵が多いからね。君の手にあると安心だ」
「君はもう、読んでしまったのだろう? すぐにでも処分するべきだ」
「君も読むべきだ。これはイノサン侯爵の魂だ。イノサン侯爵はラミアの宿業を一身に背負われていたのだ。僕にはやらねばならないことがある」
苦悩すエルベルの手を取って、シモンは日記を持たせようとする。振り払おうとするエルベルに、シモンは告げた。
「三日後に、大規模な遠征がある。リシャール侯爵の献策がようやく通ったのだ。僕も参加する。そして君のも参加して欲しいと思っている。リシャール侯爵は速やかに人間の戦いを終わらせてくださるだろう。僕は君のも外の世界を見て欲しいと思っている」
「僕は君の命令を拒める立場にはないし、君のことを疑えない。僕は一度だって君のこと……」
言葉を詰まらせると、エルベルはシクシクと泣き始めた。他人の日記を読む。ラミア社会では取り返しのつかない罪だ。このことが公になれば、処刑は免れない。シモンはどうして、身を危うくしてまで日記を読んだのか。エルベルにはわからなかった。それでも、エルベルは腹を決めた。
「シモン。きっとこれからも、僕は君の考えに追いつけないだろう。でも、君が間違えたことなんて一度もなかった。もし、君が道を間違えたのだとしても、僕は見届ける。どうか命を大切にしてくれ」