数字と会話する(5/24)

文字数 689文字

数字ばかり眺めて楽しいですか?
経理部に異動した日
新しい上司に尋ねた
別に希望した訳ではなかったので
思ったままを口にしたのだが
今考えるとけっこう挑発的だ
ちょっとこちらに座ってごらんなさい
彼は立ち上がり
部長の椅子を僕にすすめた
机の上には細かい数字が並んだ資料が置いてある
一分間眺めて下さい
まだパソコンもない時代で手書きの数字だ
どうでしたか?
えっ?
数字が話し掛けてきませんでしたか?
いやぁ、別に何も
私には話し掛けてきます
そして、会話します
会話しながら数字の裏側も読むのです
ただ、数字を眺めている訳ではないのです
はぁ、なるほど
少し頭がおかしいのではないか、と構えた
腰掛のつもりで
合わなければ転職も考えていた
おかしな上司はとにかく数字を一日中眺めている
僕は直ぐ近くで仕事をしているのに
ほとんど見向きもされない
人間には興味がない人だった

おかしな上司は定年退職し
気づけば
僕がおかしな上司になった
好きでもなく嫌いでもなく仕事を続けていたら
ある日、数字が話し掛けてきた
どうやら僕も頭がどうかしたらしい
やがて、数字の裏側を読み取ることができるようになった
それは、ある日突然にやってくる
そんな訳で
部長の椅子に僕は座っている

ところが最近
数字が話し掛けてこない
声が聞こえなくなった
そして、裏側を読むこともできなくなった
こちらも
ある日突然訪れたので
心の準備ができていない

定年退職した上司は何も言わなかったが
最後まで数字の声を聞いていたのだろうか?
いや、実のところ
定年間近は聞こえていなかった
そんな答えをもらえれば安心なのだが
連絡先も知らない

数字と会話できなくなったら終わりだと思う
そろそろ潮時なのかもしれない
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