冷たい(5/14)

文字数 555文字

あっ
思わず手を引っ込める
氷水のようだ
君はすっかりと忘れていたので
余計に冷たく感じる
それでも小便の後だから我慢して洗う
指先や手の甲が真っ赤に変わる
ハンカチで水滴を拭く
冷たい手なのね
そう言って優しく手をつないでくれたのは誰だったか
母親だったような
いつかの恋人だったような
忘れてしまった
手が冷たい
眼が冷たい
存在が冷たい
そう言って去って行ったのは誰だったか
母親だったような
いつかの恋人だったような
忘れてしまった
忘れるはずはないのだが
忘れてしまったことにしよう
そう思えば思うほど記憶が鮮明になる
そう言って去ったのは
別れた妻だ
手が冷たい人は心が温かい
冷たい眼に見つめられると優しい気持ちになる
冷たくされると追いかけたくなる
そう言ったのも別れた妻だが
知らぬ間に表と裏が入れ替わり
去って行った
君は何一つ変わっていない
冷たいままだ
そんな君が冷たいと思うのだから
役所の便所の水は余程冷たいのだろう
その昔、二人で婚姻届を出し
一昨年、一人で離婚届を出し
先ほど、二人で婚姻届を出した
君は忘れているが
その昔も
一昨年も
出したら便所で小便をした
微笑む新しい妻に近寄り
手をつなぐ
彼女は手袋をしているので気づかない
いつか存在が冷たいと言われる日が再びくるのだろうか?
そんなことを心配しながら歩き始める
別れた妻のことを思い出していることを詫びながら
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