第7話 あぶらたにの7つの子

文字数 1,952文字

猫目川沿いの土管公園は、やんやキャッキャの大宴会。
それには理由がありまして。
毎度のことではありますが「鮮魚あぶらたに」なる老舗の魚屋に居候する7つ子マンチカン。
彼らが現れる集会は、踊れや歌えの大賑わいとなるのです。
どれだけ騒いでも、誰一人として文句を言わないんですから、やはり3丁目の人間達は思慮深い。
愛称はあぶらたにの7つの子でありますが、皆様の推測通り、兄ちゃんだけがすらりと背が高く名前はのっぽ。
残りは皆、ちびすけの女の子で御座いまして、上から順にダイアナ、フローレンス、ベティ、ラン、スー、ミキといった具合。
シュープリームスとキャンディーズごちゃ混ぜの、ついでに言うと、のっぽさんまで取り入れた名付け親は、紛れもなく、安保闘争と学生運動よりちょい後の、バブル景気より少し前・・・まあ、どうだって良いのですが、そんな時代に生きた人間様なのは間違いないので御座いましょう。
輪になって踊る野良たちの中心には、マグロの中落ち、ほたての貝柱、削り立てのかつ節なんかが披露されております。
実はこれ、7つの子がかっぱらって来た店の売り物で御座います。
店の主人はたいそうな猫可愛がり。
結局は見て見ぬ振りなんですが、夜な夜なこっそり拝借してるんですから泥棒猫には違いない。
スリルがたまらないからやめられない。
何処にでも転がっているようなお話・・・。
集会の名を借りた大宴会は、月一で開催される盗品見本市と化すのです。
木登りしたまんま降りれなくなったライアも、枝に座って尻尾でもって音頭をとっております。
眠り姫のあんこは熟睡。
びびりのよもぎは、土管の中から顔を出して手拍子。
神ねこ主様は、大量のよだれをぶらぶらさせながら足踏みをしております。

「♪あぶらたに家は、7つの子♪ 兄ちゃんのっぽで後はちび(姫)♪みんな仲良く暮らしてる♪さあ、踊りましょ、右手(右手)」

この歌は、猫の世界では超ヒットソングであります。
タイトルは猫の盆回し。

「♪あぶらたに家は、7つの子♪ 兄ちゃんのっぽで後はちび(姫)♪みんな仲良く暮らしてる♪さあ、踊りましょ、右手(右手)左手(左手)」

お月様があきれる時刻まで続く猫の盆回し。
またたびはなくても、月夜に酔い痴れる術を、産まれながらに受け継いだ猫の性分は、我々人間からすると羨ましくもあり、健気にも見えるのでした。
みたらしと雪之丞が踊りの輪に加わると、唄のリズムは壊れたメリーゴーランドの様に激しさを増し、右足左足、頭とお尻と尻尾と大回転で御座います。
みんなでひっくり返って、にんまり笑って見上げた空の色。
黒紅色の先に、深紫の帯が広がって、そこから地平線に向かって瑠璃色の筋がサアーっと露草色の光に向かって伸びています。お天道様は、今か今かと待ちぼうけ。
そらしめた!
真っ先に、かつ節に飛びついたのは、ツンデレミィと、のーてんきぶちで御座いまして、追っかける具合にお喋り鈴吉が続きます。

「オレはなあ、はなっからのかつ節喰いさ。匂いを嗅ぐだけで産地が判るんだ。う~ん、いい香りだ。ご馳になるぜ。お、枕崎産だねえ。実にまろやかで甘みもある」

KATUBUSI BUTTERFLY 。
かっこつけのあずきは、ハラリと宙に舞うかつ節を見ながら絶頂の面持ち。猫界きってのナルシスト。
マグロの中落ちをべもしゃい頬張る、みたらしと雪之丞は、喧嘩も忘れてご満悦。
想い想いにふける夜長の終わり、原付カブのエンジン音が、猫たちの耳にもはっきりと聞こえて参ります。
ところが皆、警戒心を置き去りにご馳走に無我夢中。
世知辛いこのご時世、悪戯好きな人間も多いというのに、なんと無防備な柳ねこ町3丁目の猫たちでしょう。
ここでも吹き荒れているのでしょうか、自己責任論とやらは。
人間の足音が。

ヒタリ。

そしてまた。

ヒタリ。

と、迫っています。
あろうことに、神ねこ主様もホタテの貝柱をぺろぺろと舐めまわす体たらくぶり。
ビビりのよもぎだけは、サッと土管の中に隠れてしまいました。
一部始終を木の上から眺めていたライアが叫びます。

「早く来て、もうお願い、早く来て!」

仲間に逃げろと訴えかけているのでしょうか。
人間の魔の手から救える命もあるはずだ。
そんな思いなのでしょうか・・・。
足音がピタッと止まります。
皮肉なもので、そこは大木の根元。
お転婆ライアを見上げる、褐色の新聞配達の青年は、ニヤリと笑って言いました。

「今、楽にしてあげるからね」

美しきライア。
褐色の肌の青年が、その魅惑の瞳に迫る。
柳ねこ町3丁目より、愛を込めた1輪のかつ節。
丑の刻の密会と、未必の故意と密接な恋。
カミングスーンで御座います。
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