第49話 仁義なき戦い・人間に代わりましての代理戦争!

文字数 1,855文字

江國直樹は、秘密結社・人口増加問題と擬人に関わる研究所の組合員の前で、拳を振りかざしながら怒り任せに叫んでいました。
というのも激愛する愛娘、佑月が世にも恐ろしい姿 ー 恥辱にまみれた格好で、丁重に自宅に送り届けられたからです。
すっぽんぽんの身体に、ぐるぐるに巻かれたピンクの養生テープを剥がす作業は、直樹にとって筆舌に尽くしがたい苦悩の時間となったのでした。
うら若き乙女の柔肌に、赤ヘビの如く纏わりついたベトベトギトギトの安価なテープは、ビリビリとめくる度に佑月の口からギャアギャアという吐息にも似た悲鳴を響かせ、うっとりと恍惚の表情を浮かべる娘に。

「しっかりしろ! 生きるのだ!」

と励ます直樹は、遂には復讐心に火がついて、バンバンとスタンピングをしていたのでした。
兎にも角にも此処に、ネコジンとウサギビトによる仁義なき戦い・代理戦争!柳ねこ町狂想曲が宣言されたのでありました。

「諸君! 闘いの火蓋は切って落とされた。ネコジン共は世にも卑劣で悍ましい手段で我が愛娘を辱め、侮辱し、愚弄し、はちゃめちゃなすっぽんぽんなテープぐるぐる巻きのイヤラシイ格好にして、そして超豪華な白いリンカーンで、リンカーンだぞ諸君! リンカーンだ! この成金野郎どもめが調子に乗りおって! ええと、それでだ、そうリンカーンで丁重に我が家へ送り届けて来たのだ! これが何を意味するのか!? わかるか諸君! わかるか諸君!!」

会場に集まった聴衆の殆どはうさぎびとでした。
直樹が拳を振りかざすとスタンピング。
絶叫の度にスタンピング。
右も左も老若男女も、一糸乱れぬ足踏みにウィーウィルロックユー状態であります。

「言わせてもらおう。それは即ち成金根性の何者でもないのである! 我が娘、勇敢なる佑月は穴があったら入りたいと悲しんでいる! 穴うさぎが・・・と、奴らもきっと笑っているのだろう! そうはいかんぞ! やらせはせぬ! やらせはせぬぞ! ネコジン連邦は、虎視眈々と世界制覇を目論み、その柔らかい脊椎や自在に移動できる内臓で何処でも忍び込み、愛くるしい猫撫で声で権力者にすり寄ってきた! その結果がこれである! 連邦は肥大化した。金融、マスコミ、鉄鉱、造船、そしてITまでも連邦の触手は伸びている。闘うのだ諸君! 闘わずして世界の平和はあり得ない! 犠牲も覚悟の上で、奴らをギタギタのぐちゃぐちゃの、ボロボロのヘナヘナにしてくれるわ! その先には必ずや明るい未来が見えよう。光は見えている。奴らには闇が! そう、漆黒の闇しか残されてはいない! 敢えて言おう! カスであると!」

そう言い放った直樹の顔は、満更でもなさそうにして緩みっぱなしでありました。スタンピングと拍手喝采の響きの中で、たっぷりと酔いしれる穴うさぎのボス直樹は、最終兵器佑月を壇上にあげると、何度も練習を重ねた小芝居に打って出たのです。
佑月の身体には再び、ピンクの養生テープがいやらしく巻き付けられていて、それを見た男達は歓声をあげ、女達は悲鳴にも似た短い声をあげました。

「おとうさま、こんな娘を不憫に思わないでくださいまし、よよよ、役目を果たせずに、おめおめと帰ってきた愚かな女で御座います。穴うさぎらしく、煙で追い立てられるならどれ程に心が救われましょう、しかし、それも叶いませぬ。おとうさま、よよよ、いっそひと思いに、私の心の臓を、この刃で貫いてはくれませぬか」

胸に挟んだおもちゃの短刀(先端がひょこひょこと出たり入ったりするやつ)を、佑月が天に掲げると、スポットライトは遠く離れた下手の角のスタッフに当たりました。
人材不足で急遽採用された若手照明マンが、張り切りすぎて操作を間違えたのです。これには直樹は激怒して。

「グォらあああああああ! しっかり仕事せんかい!」

と戒めて、小芝居を仕切り直しました。
ショーマストゴーオンの精神であります。

「ああ、愛する娘よ! 父がそんなこと出来ようか! 許すぞ、お前の失敗は私の恥辱。さあ、涙をお拭き」

「嗚呼、おとうさま、おとうさま、よよよ」

「愛する娘の涙の数を! 悲しみの数を数えよう! そして憎きネコジン共に鉄槌を下すのだ! 柳ねこ町3丁目を、叩き潰してやるのだ!」

「おとうさま、イカしてる」

「嗚呼、娘よ、涙を数えようではないか、ひいふうみいよお、いつむうななや、娘よ、今なんどきだい?」

「嗚呼おとうさま、確か九つ時分ではないかと、よよよ」

「九つかい、とお、じゅういちじゅううにい・・・」

「嗚呼、あゝおとうさま、おとうさまあ!」



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