第3話 中秋の名月と、みたらし&雪之丞

文字数 1,775文字

お月様ってのは皆に平等で御座いまして。
お医者様だろうが盗っ人だろうが、月明かりでもって道案内してくれるわけなんですが、気分屋でもあるんです。
頭のてっぺんにぬぼぉ~と見える日もあれば、品の良いよそ行き顔で、すかしている日もある。
夜毎見てくれなんぞを気にしているのか、楽しいもんで御座います。
中秋の名月なんてのは誰が決めたんでしょう。
今じゃあ中秋たって、うだるような、とろけるような、気が触れそうな暑さで御座いますから、風情もへったくれもありゃしません。
ところが、今年に限って言えば冷夏なる体の良い陽気。
土管公園の野良たちが、はしゃいでいられたのも納得がいくというもの。
しかも、よくよく見ると、お月様はまん丸なんかじゃありません。
ちょいと端っこが欠けております。
このご時世、月見なんぞを楽しむ生き物は猫か鴨か、はたまたねずみか、てな具合ですから、お堅い事は言いっこ無しでー。

猫目川から500メートルほど離れの、小高い丘の上に綾乃姫実篤邸という、たいそうご立派な豪邸が御座います。
性が綾乃姫、名は実篤と思いきやとんでもない、性が綾乃姫実篤なんですから、舌がこんがらがってしまいます。
柳ねこ町3丁目一帯の土地を全て買い上げ、手広く不動産業を営む実業家夫妻。
大地主綾乃姫実篤庄五郎、そして、美しき妻の綾野姫実篤マルグリーデ。
御曹司、綾乃姫実篤翔也は高校1年生の色男。
妹の綾乃姫実篤りりは、中学2年生で御座います。
誰しもがうらやむ華麗なる一族には、人以外にも大切な家族がおりました。
それが、綾乃姫実篤みたらし片耳千切れた雑種猫。青い首輪の鈴が鳴る。
綾乃姫実篤雪之丞、れっきとしたロシアンブルー。
桃色首輪の鈴が鳴る。
で、御座います。
2匹は恋人未満、友達以上の間柄。
近すぎず遠すぎず、絶妙な距離感で毛づくろいをしあう仲良しでありまして。たまの喧嘩も笑っておしまい。
それというのも雪之丞は、恋焦がれている相手がすぐそばにいるのであります。
上半身裸でスヤスヤ眠っている翔也の胸元。
呼吸の度に上下するシルバーの星型ペンダントを、肉球でカリカリしながらまどろむ時間は至福のひと時でありました。
笑わないでやって下さい。
風変わりな恋愛事情。
人に恋したロシアンブルー。
それでも雪之丞は、猫のまんまで充分でありました。
だって、こうして、愛する男の懐で眠れるんですから。
猫だけに・・・。

カリカリカリカリカリ。

2番目でもよろしくてよ。
束縛されたくはないの。
勝手気ままに遊ばせて頂戴。
だってそうでしょう。
生きている。そのことに意味なんてないわ。だから自由でいたいのよ。
猫だから・・・。

カリカリカリカリカリ。

温もりを感じながら、恍惚の笑みを浮かべて舌なめずりの雪之丞。
可愛いいお耳が、風車のようにぷるぷる動いておりまして。
ついでに言うと、おひげもピクピク、鼻もクンクン。
異変を察したのでしょうか、先程から聞こえる耳障りで不快な響き。

カリカリカリカリカリ。

猫は舌打ちなんぞ出来やしません。
仕方なしに音の方へ目を向けると、ぼんやりお月様に照らされて、これまたぼんやりと浮かぶ妖怪猫お化けカリカリ。
丑の刻の化け物に、雪之丞は咳ばらいで一蹴。
それでも続く不協和音。
雪之丞は辛抱たまらず、毛を逆立て、尻尾をタヌキにシャアアアァァァと威嚇。
これに驚いたみたらしは、大きな出窓を引っ掻くのをやめて、すました顔で毛づくろい。

「ちょっと何してんのさ、背伸びしながら窓なんか引っ掻き回して、カナブンの季節にはまだ早いわよ」

と、雪之丞。
みたらしはと申しますと、生まれながらに半分千切れた片耳や背中を、ざらざらのベロでもって丁寧にこしらえていきます。
猫のごまかしすっとぼけ。
向日葵色と、蒲公英色とが、うまい具合に交じり合った毛並みに艶が出てまいりました。

「ちょっと聞いてるの、事と次第によちゃあ、手伝ってあげるわよ毛繕い」

「いや、あのさ、大した理由はないんだけど」

「大した理由もないのに窓を引っ掻いてたってわけ?」

「理由はあるんだけど」

「もう、どっちなのさ!」

雪之丞は、長い尻尾を引かれる思いで、翔也の胸元からそろりと抜け出すと、たいそう豪勢なベットの角を傷つけないようにシターンとジャンプ。
紅みどり、紅掛花色、ロシア猫、トルコ絨毯忍び足。
大きな出窓の縁で、夜空を眺めるみたらしの隣へずずいと居座るのでありました。
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