第30話 北北東の島

文字数 1,443文字

柳ねこ町から遠く離れた北北東の島に、そのペットホテルはありました。
平屋の住宅を改装した施設は、動物たちを自由に遊ばせる広場はなくて、和室とリビングの壁を取り払っただけの空間には、大小様々なゲージが積み上げられていました。
ここで暮らす犬や猫、ウサギやフェレットたちは、悪臭が立ち込める中で食事をして眠り、ストレスで威嚇し合っては朝を迎えて泣き叫ぶ。
そんな毎日を送っていたのでした。
島の人間たちはこのホテルを、監獄と呼んでいました。
預けられた動物の大半は、島外から連れられて来ました。
あぶらたにの7つの子たちも、元々はこの場所で暮らしていたのです。
ご主人様の名前も顔も、大好きだった家の匂いも忘れられた頃に、東京の魚屋さん夫婦に見初められ、監獄からは脱出出来ました。
都合よく忘れる能力は、好奇心旺盛なマンチカンにはうってつけで、失敗や痛みや悲しみも、冒険心を妨げる材料にはなり得ませんでした。
仲間達のほとんどは、肉球に十字架のマークが付いていました。
敷材の無いゲージの中で、立ち上がったり丸まったりして出来た傷跡です。
あぶらたにの7つの子たちも、それは同じでした。
多くの仲間達は、監獄で死んでいきました。
火葬もされずに、発泡スチロールの小舟に乗せられて海へと流されたのです。
海水でくちゃくちゃになった毛を、ウミネコやカモメがついばんで、時間が経って沈んだ亡骸は、魚たちの食事になりました。
みんなは知っていました。
動物たちのいのちを、自然に戻したと言っているオーナーは、火葬代を渋っていただけだという事を。
自分たちが監獄にいる間は、たくさんのお金が入ってくるという仕組みも。
いのちを棄てる人間がいる。
そんな理由も。
ゲージから飛び立ちたくて、羽根をなくしたフクロウのシロ。
目が見えなくなった柴犬のさくら。
悪戯好きのフェレットのぷりん。
甘えん坊うさぎのさんぼ。
たくさんの出会いも別れも、きれいな海に・・・まるで、何もなかったように流されて行きました。
あぶらたにの7つの子たちには、そんな日々の記憶はもうありません。
ねず市を脅迫して、それぞれの冒険を始めたのですから。

土管公園に集まる野良猫たちもみんな、元々はこの島の出身です。
季節は違えど、殺風景なコンクリートの景色の中でご飯を食べて、眠るだけの生活には嫌気がさしていました。
柳ねこ町3丁目の噂は、渡り鳥が教えてくれました。
ちいさなちいさな小窓に、ピンと張られた鉄条網。
黄色いクチバシはいつも饒舌でした。

擬人のなれの果て。

人間が創り出す世界は、実は擬人が支配する社会でした。
超大国の大統領はもとはセイウチで、ひと昔前の、巨大な社会主義国の現大統領のもとはハゲタカです。
北欧の首長も、南米のカリスマも、アラビアの有名な諜報員だって、もとは兎だったり、鹿だったり、犬だったりします。
擬人の大半は人として終わり、子孫を残していのちを繋いでいくのです。
脱落者は世捨て人となって、原型に戻れないまま、人知れず姿を消していきます。
カラスやハトが、亡骸を見せないのと同じ原理です。
それが、なれの果ての擬人としての最期のプライド・・・。

政治家になった擬人も多くいます。
しかし、欲やお金の魔力に勝てないまま生涯を終えてしまいます。
擬人という存在を公表しようとした活動家も、理由をつけられて犯罪者に仕立て上げられました。
人間が創り上げた悪の世界は、いつの間にか擬人も手を貸していた世界だったのです。

北北東の島。
今日も小舟が浮かんでいます。
どんぶらこっこ。
どんぶらこ。


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