第1話 東京下町・柳ねこ町3丁目

文字数 1,222文字

秘密の話をいたしましょう。
東京下町のはずれのはずれに、柳ねこ町3丁目は御座います。
そこは時代に取り残された町。
シャレた言い方も御座います。
平成ノスタルジアに浸れる場所。
なんちゃらの夕日なる物語もありますが、あちらは昭和でこちらは平成。
そんな話はどうでも良しとして、この町を流れる猫目川は、コイやどじょうやザリガニなんてのも泳いでおります。
それを目当てに、町の方々から野良猫たちが集まって来たのは、今では遠く昔の話。
かもちゃんずなる川の番人が現れてからというもの、3丁目の野良たちは、野生の本能を忘れたのでありました。

「鴨ネギにして食っちまおうか」

若野良たちの威勢のよい声は、鋭利な爪と肉球によって封印されてしまいました。
そんなある日、闘いを好まぬ野良たちに、そっと手を差し伸べてくれたのはなんと人間様で御座いまして、3丁目の人間様はみな、特段猫には寛容でありました。
それに気をよくした一部の野良は町を棄て、キャットサクセスストーリーを夢見て新宿や池袋云々。
分を弁えぬ野良は、あろうことか銀座や恵比寿なんぞを生活拠点に、やさしい人間様の慈悲にありつこうと媚び諂い、猫なで声を大いに発揮致しましたが、その燦燦たる結果や否や・・・。
語るのもおぞましく、目を覆いたくなる惨状に、柳ねこ町3丁目の生き字引こと、神ねこ主様は3日3晩の断食を余儀なくされ、一番弟子の、びびりのよもぎの差し入れで何とか一命を取り留めたのであります。

そう。
猫に寛容な人間は3丁目にしかいないのです。
まさにこの町はキャットパラダイス。
東京下町ウエストサイドキャットストーリーこそ、現代のシャングリラ、どこかにあるユートピアでありました。
いやはや、最前より柳ねこ町の秘密ばかり申せども、ご存知のない方には正真の胡椒の丸呑み、白河夜船。
なんて口上を芸にする、フーテンの野良さんの姿もどこか懐かしく、今日も神ねこ主様をはじめとする3丁目の野良たちは、丑三つ時の集会を開いていたのであります。
ぼんやりお月様が、そんな光景を眺めて笑っています。
猫目川沿いの小さな土管公園は、今夜もわちゃわちゃと活気に満ちてはおりますが、さて、お立ち会い!

「金色の黄泉の国より舞い降りて、ひたすらに、ただひたすらに忠誠を尽くし、我等猫たる使命を片時も忘るるべからず。呼吸と共に尻尾を振るが良い。良いか、忘れるな。我等猫の尻尾は、心の臓の動きと共にあるのだぞ。良いか、忘れては・・・」

神ねこ主様の創生者たる所以は、雄弁を振るうが余りに眠りこけ、ついでに言うと、全てを綺麗さっぱりと忘れてしまう懐の深さにありまして。
同じく、忘れっぽい猫たちは、みてくれと雰囲気で神に主を加えるという暴挙に出たのでありました。
柳ねこ町3丁目のコンクラベ。
ハイカラな蔵の、低過ぎる煙突から朦々と立ち昇る煙を眺めたあの日、神ねこ主様は正真正銘の創生者となったのです。

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