第26話 身の毛もよだつ拷問に泣き叫ぶ事情・恐怖2

文字数 1,950文字

Siriすぼみのまま、固まった表情のねず市の前を、ねず華とねず坊が連れて行かれます。逆らうなんて出来ません。
囚われの身となった、キンクマたちのノミ心臓は、はち切れんばかりにどくどくとしておりました。
回し車を動かしたい。
気晴らしがしたい。
嫌なのは忘れたい。
無我夢CHUになりたい。
そんな思いで、ねず華とねず坊はそれぞれに与えられた回し車に飛び乗ると、両手足をせっせせっせと動かし始めました。
カラカラカラと、音を立てながら回転する滑車からは、ひまわりの種のいい匂いが漂ってきます。
鉄製の長車軸が、回転によって熱を帯びると、ひまわりの種の骨組みからは香ばしい匂いがして、鼠質の鼻腔を刺激します。
極度の緊張状態の中、彼らの本能を止める術などありません。
食欲と回転欲に支配される地獄の拷問に、耐えられる強者はおりませんでした。
それでも健気なねず華は。

「お兄ちゃん、あたしたちの事は構わないで。負けたらだめよ。こんな卑怯な連中に負けてはだめ。あたしね、ねこを羨ましいと思った時期もあるの。でも残念だわ。ねこの風上にも置けやしない・・・お兄ちゃん。あの世でもさ、ご飯をみんなでべもしゃいべもしゃい食べたいね・・・」

と、言いつつも、美味しそうな回し車をわっせわっせと動かしております。

「お兄さん、助けてください。この回し車、とてつもなく旨そうな・・・遠赤外線でじっくりと焼き上げたベーコン・・・華やかで気品にあふれ、それでいて嫌味もなく雑味もない。上品な香りがするのです。辛抱たまらないのです。頬袋に詰め込めるのなら、どれだけ仕合わせなのでしょうか・・・」

それならば、回し車を止めれば済む話ではなかろうか。
そうは問屋がおろしません。キンクマと言えども、ひとくくりには鼠族。
緊張状態が続く限りは、滑車を動かす宿命なのであります。

「おまえさん、いつからそんな、ひ弱な鼠になっちまったのさ」

「許してくれ華・・・覚えているかい、桜のチップで燻製にしたあの熟成肉・・・ほら、結婚記念の時にさ・・・冷蔵庫の隅にさ・・・」

「やめて、言わないで!」

「いや、言うよ、華と添い遂げられるって誓ったあの日から」

「やめて!本気じゃないなら!」

「やめない」

「やめて!」

夫婦喧嘩は犬も猫も喰えた代物ではありません。
しかも、ふたつの回し車が高速回転している倉庫の中では、今生の別れの場面も台無しで御座います。
あぶらたにの7つの子も、大口を開けたままの阿呆の調べ。
踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら回さにゃ損損。
そこで男一匹、綾乃姫実篤ねず市、ピシャアと前に出てからの仁王立ち。

「止めろ止めろぉ!わかんねえのか!止めろってんだ!聞いてやる!願いは聞いてやる!人間にしてやらあ!その代わり今すぐ回し車を止めやがれ!」

待ってましたとばかりに、あぶらたにの兄ちゃんは。

「こりゃどうもどうも、ありがとうございます」

と、言いながら、壁の脇の停止ボタンをポチっと押しました。
急停止した回し車から、ねず華とねず坊のちいさな身体は、運と都合良く開いていた小窓から外へ、弾丸の様にピシャアーと飛んで行ってしまいました。



土管公園で、ちょっとだけ淋しい気分になったみたらしは、ぽかぽかの日向を選びながら、鼻歌交じりに散歩を続けておりました。
偉そうなみつばちと、わがままなミンミン蝉が追いかけっこをしながら、みたらしの鼻先をかすめました。
その時です。
前方の古びた倉庫の小窓から何かが飛んできました。
もふもふのふわふわなそれは、みたらしの胸元で弾んで、そのまんますっぽりと上着のポケットに収まってしまいました。

「なんだなんだ!?」

驚いたみたらしは、恐る恐る中を覗き込みました。
ポケットの中で、仲睦まじく目を回しているねず華とねず坊。
両手ですくい上げると、2匹は正気を取り戻して、みたらしの顔を確認するや否や、ぴょんぴょん飛び跳ねてやいのやいのと叫びます。
やれ、テンシキの終末だ。
やれ、この世の終わりだ。
腹が減った。桜のチップだ。燻製だ、ベーコンだ、ソーセージとひまわりの種だ!もう訳が分かりません。

「ちょっと待ってよ、いきなりいろんなこと言われたって、さっぱり理解できないじゃないか。ちゃんとお話は聞いてあげるからさ、何があったのか、一度深呼吸して教えておくれ」

「お兄ちゃんが、あぶらたにの7つの悪魔に捕らわれたままなの、あたしたちを守るために・・・お兄ちゃん・・・どうしたら良いのかしら・・・あいつらにべもしゃいべもしゃい食べられちまったら・・・あたし・・・」

「華、お兄さんならきっと大丈夫だよ、今までもこれからも、ずっとずっと見守っていてくれるはず・・・」

これまでのやり取りで、不可解な現象に気が付いたひとりプラス2匹は、顔を見合わせて言いました。

「言葉が通じてる~!?」





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