第12話 地獄の晩餐会

文字数 1,503文字

猫が居るのは屋根の上。鳥が居るのは木の上。
みたらしと雪之丞が居るのは、大豪邸のトルコ絨毯の敷かれたリビングテーブルの下であります。
上とか下とか、つまらない話ですが、下の方が見栄えがよろしいのは皮肉なもので御座います。
綾野姫実篤家は、先祖代々受け継がれている晩餐会を「浄化された福音」と称して、慎ましやかに執り行って参りましたが、今晩に限っては・・・。

「☆▲□〇♪!!!!ギャ!▽◎~!!!☆!!」

の、雪之丞の発作に似た鳴き声で、たいそうな賑わい。
不自然な7・3分けのこの家の主、綾野姫実篤庄五郎は、出来立てのハヤシライスを一さじ、すっとすくうと奥様が。

「あ」

と、幽かな叫び声をお挙げになりました。
妻である綾乃姫実篤マルグリーデは、いつでもすましておいでです。
そうして何事もなかったように、またひらりと一さじハヤシライスをお口に流し込むと。

「あ」

と、吐息をもらしてしまいました。
流石の庄五郎も。

「や、どうしたね?禁断の魅惑の果実に、女神も微笑むってやつかな?どれどれ」

今度は庄五郎が、ハヤシライスを一さじすくって。

「ぐぬぬ!」

と、固まったからさあ大変。
下で叫ぶロシアンブルー雪之丞と、何食わぬ顔で、大間のマグロ味のカリカリを貪る、片耳千切れた雑種猫みたらし。
艶めかしい桃色吐息のロシア人妻と、微動だにしないカツラの主。
くんずほぐれず、侃侃諤諤、地獄の晩餐会の始まりです。
そんな中、ハヤシライスには見向きもしないりりは、サラダをペロリと平らげて、部屋へと戻って行きました。
今にも泣きだしそうな潤んだ瞳。そしてアヒル口でもって、隣の翔也をつんつんするのは、恋人の江国佑月。
お湯の水女子大に通う大学生で、童顔な顔つきのわりにスタイル抜群とあって、モデルもやっている肉食。いや、才色兼備で御座います。

「どうしよう翔くん。私・・・私・・・」

涙がぽろぽろ頬を伝う。
女の涙に弱いのは、男の性なのでしょうか。
翔也は、ハヤシライスをかき込みながら。

「大した問題じゃないよ。美味しいから、誰が何と言おうと美味しいから。最強だから。嘘偽りなく、神に誓って美味しいから!」

と、悶絶。
それを聞かされた雪之丞は、一心不乱に叫びます。

「惑わされちゃダメ!わからないの?そのアヒル口は偽りよ。その女はきっと、オレンジジュースに刺さったストローに、自分から寄っていくわ。そうやって、何食わぬ顔で、胸元をみせているのよ!わからないの!目を覚まして!戻って来て!お願いだから、こっちの世界に戻って来て!!」

しかし全く通じない。

「オ、オレ、こんなに美味しいハヤシライス食べたの生まれて初めてだから・・・心配しないで・・・安心して・・・佑月さんの料理は世界一だよ・・・」

翔也は涙目になりながら、大量の水で口の中のハヤシライスを流し込む。
庄五郎とマルグリーデのスプーンは、見事なまでに完全停止であります。
雪之丞は、シャア―だのミャアアアアアだのと毛を逆立て、尻尾をぶんぶん振り回す。
横にいるみたらしにとっては迷惑千万な話でして。
鞭のようにしなる尻尾が、鼻先をかすめるのですから危ないったらありゃしない。
下の世界に興味のない佑月は、はにかみながら上目使いで翔也を見つめています。

「ありがと翔くん。やさしいんだね。大好きだよ」

テーブルの下でねっとりと絡まり合う、翔也と佑月の世間知らずで未熟な手。
その下では、雪之丞が発狂しながら尻尾をブンブン。
そのまた下で、身を屈めながらカリカリを頬張るみたらし。

「☆♪!!!ギャ!▽▲□♦(株)☆$#&&&%!!!!ピ!!」

とうとう我慢の限界に達した雪之丞は、スタタタタア~と走り出して、2階へ駆け上がってしまいました。
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