第31話 大きなテーブルの上の、ちいさなテーブル

文字数 1,900文字

綾野姫実篤邸のリビングの明かりは、日付が変わっても消えることはありませんでした。
大テーブルの上に設けられたちいさなテーブルには、チーズやベーコンや、ひまわりの種や完熟マンゴー、昨夜の残り物のピザの切れ端が所狭しと並べられていて、ねず市、ねず華、ねず坊は、べもしゃいべもしゃいと、それらの御馳走を頬袋に詰め込んでおりました。
ねず華は、涙を流しながら言いました。

「有難いねえ・・・よく味わって食べなきゃね・・・こうしておまんまにありつけるなんてさ、拷問されている時なんて、夢にも思わなかったもんねえ」

「そうかい、オメエもまだまだだなあ。こちとら江戸っ子でい、どんな野郎が来たってふんじばって懲らしめてやらあな。おう、安心しな。これからはよ、オイラがちゃんと見守ってやっから」

威勢よく捲し立てるねず市を見ながら、みたらしはふふふと静かに笑いました。
何故なら、みたらしが倉庫に駆け付けた時、ねず市はおいおいと泣きじゃくっていたからです。

「飛んで行っちまった・・・みんな飛んで行っちまったんだよぉぉぉ!」

と、ひげをピクピク震わせながら。
ねず市は、みたらしを睨みつけながら言いました。

「おう、何がおかしいんだよ!」

「いえ、ねず市さんは素敵だなあって思うんです」

「よせやい。気持ち悪い」

「あはは」

大テーブルを囲んでいた面々は、ねず市と話が出来るみたらしを見て驚いておりました。
ヒトとして生きるネコジンは、異生物と会話は出来ません。
しかし例外もあって、4年に1度、この世界に現れる「選ばれしニセモノ」は全ての擬人と言葉が交わせます。
それがみたらしだったのです。
御前様の神ねこ主様は興奮して毛を逆立てて、隣のビビりのよもぎの尻尾はぶんぶんと空を切っています。
マルグリーデは紅茶を啜って微笑んで、翔也とりりは呆然自失で御座いました。
庄五郎は、御前様会議の進行表を読み上げながら、欠伸を堪えておりました。
誘拐事件を解決すべく、緊急招集された綾乃姫実篤一族と、テンシキの儀を司るキンクマ族。
庄五郎は、異種格闘技会議をうまくまとめる自信はなくて、本音を言えば、酔っ払って眠りに就いた雪之丞みたいに、早いところベットにダイブしたかったのです。

「それでは、次の議題に移りたいと思います。誘拐犯、あぶらたにの7つの子に対する処遇でありますが、御前様のご意見をはじめに伺っておきたく存じます。皆様、よろしいか?」

一同は、こくりと頷きました。
神ねこ主様はスックと背を伸ばして、両耳をぴんと立てて、ついでに尻尾も立てながら有難い言葉を発しました。

「にゃあああああああお!にゃにゃにゃあ~お、ににににゃごぉ~ん」

みたらしや、ねず市、ねず華、ねず坊以外の耳には、そう聞こえています。
りりは呆れた顔をしながら、おやすみと言って、その場を去って行きました。

「にゃにゃにゃ!」

神ねこ主様の御言葉は続いています。
みたらしは、通訳を買って出ました。

「えっと、決して許させる行為ではないと言っています・・・我々の築き上げた社会に、反旗を掲げた彼らは厳罰であって・・・追放であって・・・もう魚屋に戻すことは・・・いや・・・いや・・・待て待て・・・集会の楽しみがなくなる恐れが・・・いや、しかし・・・」

庄五郎は、通訳交じりの神ねこ主様の言葉を聞くよりも、ちいさなテーブル上の御馳走を平らげる、キンクマ族を見ている方が退屈しのぎになると感じていました。
過去に、幾度も逃亡を図ったネコジンはいます。
それでも皆、人間社会に絶望してすんなりと戻って来ました。
どうしてそんなに深刻ぶるのか、ねこ社会も人間みたいになってきたな。
そんな風に思える自分も、もしかしたらなれの果てに近付いていると思うと、恐ろしくて悲しくなりました。

「それでは、今後の状況次第という事でよろしいですな」

「良いでしょう・・・と、言ってます」

「では、これにて退散ではありますが、司祭一行の皆様はまだおくつろぎくださいませ。御前様もどうぞ、温かいねこ板を用意しておりますので」

マルグリーデが手を差し伸べると、神ねこ主様とビビりのよもぎは飛びついて、そのふくよかな胸の中でゴロゴロし始めました。
翔也は大きなあくびをしながら部屋に戻り、庄五郎もあとに続きました。
残されたみたらしは、お腹がパンパンに膨れ上がったねず市たちを見て笑いました。
ねず華とねず坊は、夫婦睦まじくコロンと転がりながら、お皿にぶつかったりグラスにぶつかったりを繰り返して遊んでいます。
ねず市は、ちいさなチェアーにふんぞり返ったまま、げっぷを繰り返していました。
そのお腹をツンツンしながら、みたらしは呟きました。

「ねずみさんも大変だね」
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