第8話 夏の秘密

文字数 1,172文字

 学校の休み時間。それは退屈な授業の合間に存在する貴重な時間だ。頭を休めたり、友と語らったり、好きなあの子を眺めたり。あるいは宿題を追い込んだり、趣味の小説をこっそり書いたり。自由な時間なのである。
 そして休み時間にもう一つ、済ませておくべきことがある。そう、排泄である。

 中学校では、ツレションという行動が観察できる。ツレション。それは分かりやすく言うと、連れ小便。友人と連れだって小用を足しに行くという行動である。
 牟田無(むだなし)第二中学校二階東側の男子トイレには、小便器が四つ並んでいる。二時間目の後、二年一組の科学クラブに所属する四人の男子たちは、連れだってここに来る。それはほぼ習慣化していた。だから夏休みが明けた今日も、同じようにつるんでトイレに向かったのであった。

 この四人組には共通項がある。全員、家族の誰かが江古田研究所の職員なのである。そしてこの学校には、所長である江古田博士の子、ヒカリとミドリも一年生として所属しているのだが、五月以降姿を見せていない。もっとも二年生の彼らに、それは直接関係ない。

 個人差はあるが成人の一日の排尿回数は、概ね四から七回とされる。中学生男子だと回数は少な目になるかもしれないが、その分一回の量が増えるはずだ。その中で彼らは午前十一時頃に必ず排尿をするように習慣づけた。これが友情の証になっていた。なぜこの時間になったのか今では誰も覚えていないが、夏休みをはさんでもその儀式は続けられた。

 この日、時間になっても(たもつ)は尿意を感じていなかった。朝から嫌な予感があったので、コーヒーを二杯飲んできた。そして一時間目の終わりには給水機で水を飲んだ。なのに、ないのである。やっぱりそうなのか、と暗い気持ちで皆とトイレに向かう。悟られないように振舞うが、勘のいいあいつ等なら気付いてしまうかもしれない。心臓が高鳴る中、いつものように小便器に並んだ。定位置は右から二番目、左から三番目。中学生の尿勢は強く、尿線も太い。音だけでも分かる。保自身もチラリと隣を覗くことがあるので、覗かれても仕方がない。でも、今日は、今日からは……。

「おれ、ちょっと大してくる」
 大便器のある個室に駆け込み、中学生でよかったと思う保。小学生の頃ならこの瞬間に大騒ぎだったろう。しかし、明日からどうしよう?

 保はこの夏休み、ケニアにある江古田研究所の関連施設で特殊な手術を受けた。乾燥に強い動物、ガゼルの腎臓を始めとする排泄のための仕組みを、すっかり模した身体に改造されていたのだ。その尿は水分をほどんど含まない尿酸の塊であり、尿道は肛門の近くに開口する構造となった。男性生殖器は、生殖器としてのみ機能する。保の身体で、地球の砂漠化に人類が立ち向かうための革新的実験が行われているのだ。三人はもちろん、他の誰も知らない、夏の秘密であった。
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登場人物紹介

ヒカリ 双子の中学生。兄にあたる。江古田研究所所長である江古田博士の子。

ミドリ 双子の中学生 妹にあたる。江古田研究所所長である江古田博士の子。

絵禰子(えねこ) 研究員

倹一(けんいち) 澄和銀行勤務

結三郎(ゆいさぶろう) 研究員

晶子(あきこ) 二つの顔を持つ女  澄和銀行勤務

効太郎 絵禰子の恋人

保(たもつ) 中学二年生

薫(かおる) 小学五年生女子

慶子(けいこ) 江古田研究所経理担当 独身

須藤禎子(Teiko Suto) 外国帰りの凄腕研究員。動物・生物が専門。

許紅丹(きょ くたん/シュイー ホンダン) 外国から牟田無に移住してきた環境活動家。

毛利(もうり)有資(ありすけ) 中学二年生男子 保の同級生

節子 ミドリの同級生

環希 ミドリの同級生

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