第7話 ランチタイム

文字数 1,109文字

 外回りの仕事は自分の天職だ、と倹一は思っている。お客様のニーズを探り出し、自社がお手伝いできることを提案する。これだけでも充分にやり甲斐を感じているが、決して広くはないオフィスに閉じこもり、お局様や禿上司におべんちゃらを使ってやり過ごすのはどうも性に合わない。同期の何人かはその方が好きらしいし、確かにあいつらの方が出世は早い。家族のことを考えると、そういう人生も仕方がないかと思うが、これを曲げてしまっては元も子もない。
 倹一が営業の現場から離れたくないもう一つの理由は、食べ歩きである。顧客訪問の合間に摂ることになるのだから外食が増えて当然だが、社食より断然楽しい。グルメサイトに投稿していたこともあるが、利害関係者となることもあるので、今は控えている。仮名を使ってもバレてしまえば責任を問われてしまうかもしれない。営業は攻めも必要だが、身持ちは堅くあるべし。地方銀行の支店融資担当として、これほどの資質はあるまい、と自負している。
 そんなグルメな倹一だが、ファストフードチェーン店も利用する。そういったチェーン店も料理のみならず、店内レイアウト、従業員の構成や動線など、チェックすべき項目は多い。ビジネスのヒントはどこにでもあるのだ。

 よく使う店の一つが「ムッシュ・ドーナツ」。フランス語と英語とを混ぜた不思議な店名であるが、「ムシュド」という略称が微笑ましい。しかも何故か中華的メニューの汁かけそばがある。これが好きだ。ついスープを飲み干してしまうが、いわゆる有名ラーメン店と違い塩分脂肪が控えめなので問題ない。そしてエコを自認する倹一が「ムシュド」を称賛する点は、店内飲食では使い捨ての容器をほぼ使用しない徹底した態度であった。学生時代からその姿勢に共感し、働きさんと呼ばれるアルバイトをした。正社員に誘われたこともあったが、もっと広く企業を知りたいと銀行に就職することにしたのだった。
 使用する容器として対極にあるのが、ハンバーガーの「マグポネルト」だ。むしろ徹底して店内飲食でも紙・プラスチック容器を使用する。食べている途中で店外に出る客もいるだろう。またこうした在庫や備品を抱え過ぎないという点で効率的だ。しかし同店の驚嘆すべき点は、普段ごみの分別など考えたこともないであろうヤンキー客にですら、ダストボックス前で容器を分解させ、分別して捨てさせていることだ。顧客までもマニュアル対応にしっかり乗せてしまうそのシステムには感心している。
 昼休みすら仕事に関連することで頭がいっぱいになる。さあ、午後は江古田研究所の追加融資案件だ。経理の慶子さんが気になっていることは、支店の連中にも妻にも内緒である。
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登場人物紹介

ヒカリ 双子の中学生。兄にあたる。江古田研究所所長である江古田博士の子。

ミドリ 双子の中学生 妹にあたる。江古田研究所所長である江古田博士の子。

絵禰子(えねこ) 研究員

倹一(けんいち) 澄和銀行勤務

結三郎(ゆいさぶろう) 研究員

晶子(あきこ) 二つの顔を持つ女  澄和銀行勤務

効太郎 絵禰子の恋人

保(たもつ) 中学二年生

薫(かおる) 小学五年生女子

慶子(けいこ) 江古田研究所経理担当 独身

須藤禎子(Teiko Suto) 外国帰りの凄腕研究員。動物・生物が専門。

許紅丹(きょ くたん/シュイー ホンダン) 外国から牟田無に移住してきた環境活動家。

毛利(もうり)有資(ありすけ) 中学二年生男子 保の同級生

節子 ミドリの同級生

環希 ミドリの同級生

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