第13話 冬の出張

文字数 987文字

 打ち合わせが長引き、効太郎(こうたろう)は焦っていた。間もなく二十一時になる。慌ててホテル近くのコンビニエンスストアに駆け込んだ。

 店内は落ち着いた雰囲気で、客入りもまずまず。のんびりと夜食を買うサラリーマンや、立ち読みを続ける高校生がいる。とても閉店間際とは思えない。そうか、今日は出張に来ているのだから、コンビニエンスストアは二十四時間フルサービスなのだった、と思い直した。そして店内のしっかりと効いた暖房を意識した。

 となればむしろ、普段牟田無(むだなし)では出来ないことをやろうと思った。彼の住む牟田無はエコロジーを追求すべく厳しい規制を敷いた特別行政区なのである。まずコートを脱ぎ、店内の暖かさを満喫した。夜更かしに備え、雑誌を買おう。今日は恋人である絵禰子(えねこ)の視線もないので、袋とじの雑誌が買える。それを気軽にホテルのゴミ箱に捨てることができるのも、牟田無とは大違いだ。

 続いては酒とツマミである。これは牟田無でも当然買えるのだが、それぞれ種類が豊富である。ホテルの部屋には冷蔵庫があるだろうから、缶ビールは三本買っても大丈夫だ。ツマミはナッツ系が好みだが、冷蔵コーナーに並ぶチーズとキムチにしよう。更に酒の後はスイーツだ。酒の後と言えばカップラーメンも捨てがたいが、これは牟田無でも買えるので今夜は止めておく。そのスイーツは、ガチガチに凍ったカップ入りのバニラアイスに限る。三本空け終わる頃には食べごろになっているはずだ。これこそは牟田無市民が冬の夜に味わうことができない楽しみだ。いや、そういえば食べようとも思わないのだった。なぜなら部屋が暑くないのだから。

 そしてレジに並ぶと、醤油とみりんの混ざった芳香が漂う。おでんだ。冬のツマミとして最適である。もちろんこれなら牟田無でも手に入るが、牛筋とこんにゃく、大根は買っておこう。レジ袋三円なんてケチっている状況ではない。柚子胡椒をつけ、右手に持つ。ガチガチのアイスクリームとビールは左手に持っているので、安心である。

 興奮して部屋に入る。全館一斉暖房がかかっており、暖かい。この部屋で冷えたビールをあおりながらおでんを食べる。袋とじを指で開けたところ、おでんの汁がグラビアアイドルの胸に落ちてしまった。そしてふと、我に返った。

 ああ、確かにな。知ってしまったものは手放したくない。でも、牟田無市の厳格さが現代人には必要なのかもな……。
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登場人物紹介

ヒカリ 双子の中学生。兄にあたる。江古田研究所所長である江古田博士の子。

ミドリ 双子の中学生 妹にあたる。江古田研究所所長である江古田博士の子。

絵禰子(えねこ) 研究員

倹一(けんいち) 澄和銀行勤務

結三郎(ゆいさぶろう) 研究員

晶子(あきこ) 二つの顔を持つ女  澄和銀行勤務

効太郎 絵禰子の恋人

保(たもつ) 中学二年生

薫(かおる) 小学五年生女子

慶子(けいこ) 江古田研究所経理担当 独身

須藤禎子(Teiko Suto) 外国帰りの凄腕研究員。動物・生物が専門。

許紅丹(きょ くたん/シュイー ホンダン) 外国から牟田無に移住してきた環境活動家。

毛利(もうり)有資(ありすけ) 中学二年生男子 保の同級生

節子 ミドリの同級生

環希 ミドリの同級生

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