第3話 朝

文字数 1,090文字

 いつものように、倹一は目を覚ました。冬以外は目覚まし時計を使わなくても大丈夫だ。空が白み、鳥が鳴けば起きる時間である。そっと階段を下り、誰もいないダイニングに入る。電灯が点いたままだ。妻か息子だろう。はあ。ため息をついて一度明かりを落とす。やっぱり暗いかな、と思い直してスイッチを押す。もちろんリモコンではなく、壁まで数歩、歩く。
 保育園児の頃から、二児の父となった今まで、続けてきた習慣がある。朝の牛乳だ。正確には大学時代と独身寮時代の約十年間は欠かしていたのだが。同僚などは牛乳で腹を壊すようになったそうだが、倹一には無縁の症状である。白髪が増え、眼鏡も老眼タイプに替えざるを得なかったが、乳糖への耐性だけは保っている。その牛乳は今でも毎日の宅配を利用する。一人分飲み切りの量であることもそうだが、瓶詰でリサイクル可能であることが最大の理由である。ただ、宅配が瓶から紙パックになるという説が数年おきにささやかれる。そうなったら残念だが取引終了だ。牛乳屋のモウちゃんとは、親子二代の関係だが、仕方がない。
 子どもたちや妻が起きるよりも出勤時間が早いので、前日の夕食で残ったものが倹一の朝食になる。夕食(=朝食)を用意してくれている妻には感謝している。が、プラスチックトレーに入ったままの惣菜を食卓に一人並べるのはちょっと寂しい。このトレーは一回使っただけで棄てるんだな。それがリサイクルに回るとしても、なんだかもったいない。できれば子どもの頃のように、家から皿を持ちこみ、惣菜をそれに載っけて購入するスタイルがいい。衛生面や安全面から、きっと難しいのだろう。でもプラスチックトレーに分包して蓋を被せ、バーコードのシールを貼る作業の方が余程手間なのではないかとも思う。自動車で出かける二十四時間営業の大型スーパーでは仕方がないのかもしれない。八百屋さん、魚屋さん、肉屋さんなどが懐かしい。そういえば、子どもの「生活科」の教科書にもスーパーが載っていたな。もう戻れないのだろう。
 気が付けば六時を回っている。職場は都心に一度出て、更に西へ向かった街にある。都心を迂回するように車で通勤することもできるが、やはり公共交通機関を使う。電車が動いているのに、別のエネルギーを使う必要はないのだ。そういえば、自家用車は高価だったがハイブリッドにした。EVがエコだというが、総合的にみて本当にエコなのかはちょっと疑問なので、まだ買い換えるつもりはない。都心のターミナル駅で乗り換え、数駅。毎朝のことだが、この階段を登る自分が発電に関わっていると思うとゾクゾクする。さあ、今日もエコでいこう。
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登場人物紹介

ヒカリ 双子の中学生。兄にあたる。江古田研究所所長である江古田博士の子。

ミドリ 双子の中学生 妹にあたる。江古田研究所所長である江古田博士の子。

絵禰子(えねこ) 研究員

倹一(けんいち) 澄和銀行勤務

結三郎(ゆいさぶろう) 研究員

晶子(あきこ) 二つの顔を持つ女  澄和銀行勤務

効太郎 絵禰子の恋人

保(たもつ) 中学二年生

薫(かおる) 小学五年生女子

慶子(けいこ) 江古田研究所経理担当 独身

須藤禎子(Teiko Suto) 外国帰りの凄腕研究員。動物・生物が専門。

許紅丹(きょ くたん/シュイー ホンダン) 外国から牟田無に移住してきた環境活動家。

毛利(もうり)有資(ありすけ) 中学二年生男子 保の同級生

節子 ミドリの同級生

環希 ミドリの同級生

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