第17話 たね

文字数 1,108文字

 牟田無(むだなし)駅南口を出ると、まっすぐ伸びる道がある。牟田無市の代名詞である江古田(えこだ)研究所を通り、風光明媚な江古(えこ)の丘へと達する。毎年四月には通りの両側に並ぶ桜が咲き誇り、この並木を歩くために行楽客も訪れる。江古田博士の娘であるミドリも、毎年この季節を楽しみにしている一人だ。昼間は父の実証実験に付きあわされることの多いミドリだが、今日は久しぶりに友人たちとお出かけである。
「見事な白色ねえ。私、この白い桜が大好き」
 ミドリの弾んだ声を受けて、節子(せつこ)が答えた。
「ホントねえ。でもね、ミドリちゃん。桜って一般にはピンク色よね?」
 科学者と一緒に生活をしているミドリだが、世間一般の常識にはその分、乏しい。しかも物心ついた時にはこの牟田無に住んでいたのだから、彼女にとって桜といえばこの白い花だ。しかし節子は小学校の途中でこの街にやってきた。今ではすっかり親友だが、生粋の牟田無っ子が知らない世界を知っている。
「そうらしいね。でも私にはこの白よ。微妙なコントラストがまた綺麗だし」
 きっぱりとそう告げて、ミドリは視線を江古の丘に向けた。
「節子、環希(たまき)。江古の丘まで競争しよう!」
 もう一人の友人、環希と三人で五分も走った。光合成細胞を背中に持ち、エネルギーを作りながら生きているミドリは、少し手加減して走る。でも一番はやはりミドリだ。
「もう、ミドリは速いねえ」「私、息が切れるぅ」
 二人は口々に言いながらも、江古の丘にある清水で喉を潤す。ミドリも当然疲れは感じているから、この不純物がほとんどない水が一層美味しい。

「あっ、ここ!」節子が指をさした先には、プランターが並んでいる。その中には小さな芽を出しているものもある。「かわいいー」と口々に言いながら、三人はそれを見て回った。
「うちのやつ、これだっ」と環希が大きな声をだした。そこには環希の姓を書いたプレートがあり、割れた豆のような芽が土から顔を出していた。
「環希の家で食べたサクランボね」ミドリが言うと
「うちで出した柿の種は、丘の斜面にこの前植え替えられたわ」と節子。
 その柿の木を鑑賞し、お弁当を食べた。江古の丘には、プラスチックで包装された既製品は持ち込めない。もちろん可燃物も持ち帰りが絶対である。三人は手際よく片付け、そして帰路についた。

 帰りも白い花を見ながら、三人の少女が会話を続ける。
「七月が楽しみだなあ。この桜からサクランボ採るのよねえ」
「あんまり甘くないけど、ね」
「でも、こうやってちょっとずつ違う実桜を並べるから甘いのもできるんでしょ?」
「質が一定じゃないから、産業としては儲からないみたいだけどね」
「で、食べたサクランボの種は、またあの丘の施設で育てて……」
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登場人物紹介

ヒカリ 双子の中学生。兄にあたる。江古田研究所所長である江古田博士の子。

ミドリ 双子の中学生 妹にあたる。江古田研究所所長である江古田博士の子。

絵禰子(えねこ) 研究員

倹一(けんいち) 澄和銀行勤務

結三郎(ゆいさぶろう) 研究員

晶子(あきこ) 二つの顔を持つ女  澄和銀行勤務

効太郎 絵禰子の恋人

保(たもつ) 中学二年生

薫(かおる) 小学五年生女子

慶子(けいこ) 江古田研究所経理担当 独身

須藤禎子(Teiko Suto) 外国帰りの凄腕研究員。動物・生物が専門。

許紅丹(きょ くたん/シュイー ホンダン) 外国から牟田無に移住してきた環境活動家。

毛利(もうり)有資(ありすけ) 中学二年生男子 保の同級生

節子 ミドリの同級生

環希 ミドリの同級生

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