第12話 日没

文字数 1,014文字

 西日が差すオフィスは、慌ただしい空気に支配されていた。あと三十分で全ての仕事を引き継がなければならない。夜勤との交代は、完全なる時間厳守なのだ。しかも引き継ぎの際、お互いの顔を合わせることができないので、文書あるいはデータとしてしっかり記録を残さなくてはならない。問い合わせも出来ないのだから、この記録こそが命である。

 日勤の者たちは一斉にオフィスを出た。そして自分の部屋へと入って行く。職住近接なのですぐに自室へ帰ることができる。日勤者は食事や入浴など全ての私的な活動も終え、日没とともに就寝する。そして翌朝は日の出とともに覚醒する。
 夜勤の者たちはその逆で、日没とともに覚醒する。彼らが覚醒する時には、日勤の者は寝てしまうのだから、顔を合わせての引き継ぎの時間が一秒たりとも無いのは、当然なのだ。

 牟田無市にあるシャウブ株式会社の精密機械工場は、二十四時間のフル稼働を実現している。二交代制だが、彼らのシフトが入れ替わることはない。休日はもちろん十分に確保されている。実はこの工場の従業員は皆、時間遺伝子を操作されているのだ。すなわち、太陽と共に活動する日勤型と、太陽を避けて活動する夜勤型に二分されているのだった。夜勤も不規則な勤務ではないので、従業員の健康状態は遺伝子操作前と比べ格段に改善している。そのため福利厚生にかける費用も大幅に削減出来た。この仕掛けを作ったのはもちろん、江古田研究所である。実験動物にも詳しい外国帰りの須藤禎子(Teiko Suto)がリーダーである。

 人類が日中しか活動できなくなれば、エネルギー問題は一気に解決する。須藤たち江古田研究所とシャウブ株式会社の狙いは、そこにあった。この工場はそのための実験施設を兼ねていた。

 現状では、日勤型の従業員ですら、他の市民とは生活のリズムが一致しない。したがって希望者は少なく、実験の規模を拡大できていない。また、全世界で同時に導入できなければ、遺伝子操作を行った者、国は競争力が低下するので、必然的に敗者になってしまう。更には、緯度の違いや季節の違いが、世界の不公平感を助長する可能性がある。こうした問題、つまり実施に向けた方法を決められないために、シャウブ牟田無工場以外での導入も進まないのであった。

 世界中の人類を一度に変えてしまう方法。それは科学ではなく宗教かもしれない。自らは遺伝子操作を施していない禎子は、今日も眠れぬ夜を過ごしている。
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登場人物紹介

ヒカリ 双子の中学生。兄にあたる。江古田研究所所長である江古田博士の子。

ミドリ 双子の中学生 妹にあたる。江古田研究所所長である江古田博士の子。

絵禰子(えねこ) 研究員

倹一(けんいち) 澄和銀行勤務

結三郎(ゆいさぶろう) 研究員

晶子(あきこ) 二つの顔を持つ女  澄和銀行勤務

効太郎 絵禰子の恋人

保(たもつ) 中学二年生

薫(かおる) 小学五年生女子

慶子(けいこ) 江古田研究所経理担当 独身

須藤禎子(Teiko Suto) 外国帰りの凄腕研究員。動物・生物が専門。

許紅丹(きょ くたん/シュイー ホンダン) 外国から牟田無に移住してきた環境活動家。

毛利(もうり)有資(ありすけ) 中学二年生男子 保の同級生

節子 ミドリの同級生

環希 ミドリの同級生

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