第15話 若き研究者の悩み
文字数 1,131文字
地球温暖化への対応は特に、この点が重要だろう。多くの人に受け入れられるには、簡単に、安く、大量に、そしてできれば結果がすぐに分かることが必要だ。研究所の先輩方や、世界中の協力機関でももちろんそう考えて日々の業務を行っているはずだ。
猛暑の中だが、換気のためにオフィスの窓を全開にした。もわっと湿った熱気が、あっという間に室内に流れ込む。研究所では感染制御・体調管理目的で定期的に体温が測られる。目の前のモニターには絵禰子の体温が表示されているのだが、低めの平熱である三十五点八という数字が、小刻みに上昇していく。熱は伝導するものだ。冷たいものと熱いものを並べておくと、やがて同じ温度に収斂する。そのとき、
人間の平熱を上げてしまえばいい! これは勿論、温暖化の解決に直接は繋がらない。が、人間が暑いと感じる温度を上げる、つまり体温を上げることで、冷房などに使うエネルギーを減らすことができるのではないか。
解熱剤の逆を攻めればよいので、仕組み自体は難しくないと思われた。ところが動物実験を行うと、一時的な高熱を呈するのみで、平熱を上げるという結果には至らなかった。毎日少量を使用する方法で解決できそうな気もするが、これだと手間がかかり普及は難しいだろう。食品に混ぜるかとも思ったが、であれば医食同源を謳う伝統医学の方法を踏襲することが理に適っているのではないかと思ってしまう。ワクチンも効果がありそうだが、牟田無ですら反対意見が渦巻くであろう。
そう言えば成人の平熱は三十六点五から八くらいだと学生時代に習った。子どもの頃の平熱は三十七度前半だったかもしれない。一体自分の体温はいつから三十五度台になってしまったのだろう。体内の細胞、組織の構造と活動性。食事や運動といった日常生活。あるいは制御し尽くされた室温などが、自分の平熱を作っているはずだ。今の自分は、三十六度後半で何となく体調がすぐれない。確かに、かつてウイルス感染症で経験した三十七点八度なんて、とても耐えられなかった。これは、由々しき事態かもしれない。
これは研究ネタとしてしっかり温めつつ、絵禰子はまず、自分の生活を変えていこうと決心した。