第11話 イルミネーション
文字数 993文字
牟田無市は首都圏にありながら、星空が美しいことで注目を集めている。夜間の照明に関しての制限が厳しいのだ。ロマンチックな夜空を求めて、市内の公園にある、江古の丘と呼ばれる小高い丘にカップルたちが集う。しかし夜中は入園人数の制限があり、自家用車での乗り入れも禁じられている。彼らには事前申し込みを行い、電車で牟田無に入ることが求められている。駅の階段を登る時には、発電に協力することが必須である。これらの苦労をして初めて、美しい夜空を見ることができる訳だ。カップルは同じ目標に向かって努力をした直後なだけに、つり橋効果同様、より仲睦まじくなることができるらしい。プロポーズの舞台として、情報誌に取り上げられることもしばしばであった。
そんな牟田無にも十二月はやってくる。世間ではクリスマスを理由に、夜中の電力消費量を一気に増やす月である。もちろん牟田無市ではそのような特例を認めるつもりはなかった。電力というのは、使う分を生み出さなくてはならないし、作ったものは使わなければならない。無駄に光らせることを是とするだけの科学的理由もなく、江古田研究所も市の方針を支持していた。
しかし、十二月だけは、あるいは二十四日、二十五日の二日間だけは、電飾を許可してほしいという要望は根強かった。各家庭に許可するとおそらく歯止めがかからなくなるであろうと考えた市は、江古の丘の一角にイルミネーションのコーナーを設けることにした。もちろん星空の障害にならぬよう、木々による遮光をしっかり考えて配置されている。そして電飾コーナーの入り口にはチベット寺院のマニ車のような円筒と、スポーツクラブによくある自転車が置かれている。そう、イルミネーションを楽しみたければ、自分で発電せよ、という趣向である。
この期間、人数制限が若干緩和され、江古の丘には家族連れも訪れるようになった。遠方から澄和銀行牟田無支店に通う倹一は、高倍率の抽選を勝ち抜き、ここで自転車を漕いでいた。寒空の中、額に汗が滴る。そして素晴らしい電飾に目を輝かせる女性をみて、満足した。取引先である江古田研究所の経理担当、慶子とこの丘に来るという密かな夢が叶ったクリスマス。ここまでの努力も半端ないものであったから、喜びも大きい。この先の展開を妄想しつつ、緩みまくった頬を帰宅までに締め直すことは、果たして可能なのだろうか。倹一の挑戦は続く――。
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