第5話 テーマパーク(その1)

文字数 1,108文字

「皆様、ご覧ください。かつて日本、いや世界中を走り回った蒸気機関車です。石炭で動きます。石炭というのは、植物の化石です。数千万年、あるいは数億年かけて地熱や圧力で変成したものです。古代ギリシア時代から燃料として使用していたようです。が、やはり十八世紀にイギリスで蒸気機関が実用化されたことで、大量に使用されることになりました。世界中で掘り出されますが、日本では二十世紀の対米戦争時、年間六千万トンが産出されています。価格競争や採掘の危険性、そして石油への置き換えなどもあり、戦後のある時期から国内の産出量は落ちまして、二十一世紀前半は約九十万トン。しかしその頃も、海外からの輸入量は年間一億トンを超えていました。
 あ、ものすごい音を出して近づいてきますね。そしてこの黒い煙。皆さん、顔面のシールドは大丈夫ですか? 喘息の方は特に気を付けてください。後でウエットティッシュをお配りいたしますので、汚れ、ああ、煤と言いますが、煤を拭きとってください。
 機関車の中では、石炭を(かま)にくべる人、投炭手(とうたんしゅ)が休みなく働きます。当然揺れますし、暑いです。このような重労働の割に賃金は安かったのです。蒸気機関車が運ぶのは、客車であり、貨車です。貨物列車でも運んでいるのは石炭や石灰石といった原材料、木材、野菜や鮮魚といった食料、家畜、さらに工業製品などいろいろでした。そして忘れてはならないのは、兵隊や武器の輸送です。
 ここでは無駄を減らすため、空の車両を牽引しています。石炭の質にもよりますが、この機関車一両に石炭十トン、水二十二トンを積みます。それで頑張って百キロメートルほど走れます。なので、ここにある小さなタワー、こういう給水のためのタンクを駅に備え付けておく必要がありました。労力の割に、出力は小さいのです」


「どうしてこんな野蛮な乗り物を今でも走らせておくのですか?」
 効太郎がガイドのお姉さんに質問した。年は二十代後半というところか。意外にかわいく見えるが、マスクとフェイスシールドをしているお陰だろう、と絵禰子(えねこ)は思う。
「やはり過去の遺産を保存しておく必要はあるのです。万一、今のシステムが自然災害や何らかの攻撃で破綻してしまう場合に備える意味もあります。化石燃料はまだまだ埋まっていますし」
 効太郎はちゃんと聞いているのだろうか。なんだかデレデレしている。絵禰子はその横で、答えを反芻(はんすう)した。いくら自分たちの研究が進み、実用化できたとしてもそれだけに依存するのは危ない。このテーマパークの意味はそこにあるのだ。
 将来ともに生活できるかを試す意味で効太郎を誘ったが、この態度では考え直した方が良いかもしれない。絵禰子は思った。
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登場人物紹介

ヒカリ 双子の中学生。兄にあたる。江古田研究所所長である江古田博士の子。

ミドリ 双子の中学生 妹にあたる。江古田研究所所長である江古田博士の子。

絵禰子(えねこ) 研究員

倹一(けんいち) 澄和銀行勤務

結三郎(ゆいさぶろう) 研究員

晶子(あきこ) 二つの顔を持つ女  澄和銀行勤務

効太郎 絵禰子の恋人

保(たもつ) 中学二年生

薫(かおる) 小学五年生女子

慶子(けいこ) 江古田研究所経理担当 独身

須藤禎子(Teiko Suto) 外国帰りの凄腕研究員。動物・生物が専門。

許紅丹(きょ くたん/シュイー ホンダン) 外国から牟田無に移住してきた環境活動家。

毛利(もうり)有資(ありすけ) 中学二年生男子 保の同級生

節子 ミドリの同級生

環希 ミドリの同級生

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