怠惰な刑事の黙認

文字数 1,565文字

 澄み切った晴天のある日、宮間はホームセンターを訪れた。
 紛失したプラスドライバーを購入するためである。
 自宅の本棚のネジが少し緩んでいたのだ。

 ちなみに現在は捜査中のはずだが、それを指摘する者はいない。
 堂々とサボる宮間は、眠たそうに店内を歩く。

「いやぁ、仕方ないなぁ。だって本棚が崩れたら危ないし。本当は仕事に集中したいんだけどなぁ」

 わざとらしく言い訳を垂らしながら、宮間はふらふらと品物を物色する。
 広い店内は閑散としており、他の客はほとんど見かけない。
 ちょうど昼時と重なっているためだろう。

「へぇ、圧力鍋ってこんなに安いのか。買っちゃおうかなぁ」

 いつしか宮間は、プラスドライバーとは無関係なコーナーを彷徨い始めた。
 目に付いた商品を手に取っては感心している。
 利用する機会の少ないホームセンターのラインナップを楽しんでいるようだ。
 職務の最中とは思えない満喫具合である。

 そうして悠々と時間を潰し、ついには小腹が空きだした頃、宮間はようやく工具コーナーに向かった。
 やはりホームセンターというだけあって、なかなかの品揃えだ。
 一つの種類の工具を取っても、細かな用途に合わせて幅広いサイズや値段帯のものを置いてある。

「そんなに使わないから一番安いのでいいか。どうせまたすぐに無くしそうだし」

 寝癖の付いた髪を掻きつつ、宮間は気だるげにぼやく。

 彼の脳裏には、散らかり放題の自室の光景が浮かんでいた。
 整理整頓の概念が放棄されたそこは、樹海のように物を呑み込んでは隠してしまう。
 重要な捜査資料を無くしたのも一度や二度ではない。

 結局、標準的なサイズで最も安いプラスドライバーを選び取った。
 もし紛失してもそこまで惜しくない価格である。
 これでネジの緩みも直せるだろう。

「捜査に戻るのも面倒だし、昼飯が済んだら夕方まで喫茶店辺りで粘って……ん?」

 レジに向かう途中、宮間は見覚えのある後ろ姿を目撃する。

 ぴっしりと着こなしたパンツスーツに、肩まで伸ばした綺麗な黒髪。
 作り物めいた美貌は、不自然なまでに表情に乏しい。
 冷めた瞳は、陰りのある紫色の光を帯びていた。

 宮間のコンビである死神刑事――黒羽だ。
 何の偶然か、彼女もホームセンターに買い物へ来ていたらしい。
 ただし宮間と違ってサボりではなく、きちんと非番の日ということで訪れている。

 買い物カートを押す黒羽は、背後の宮間に気付いていないようだ。
 随分と真剣に品物を吟味している。
 それだけ大事なものを買いに来ているのか。

 宮間は黒羽に声をかけようとするも、寸前で止まる。
 彼女の満載になった買い物カートの中身を見てしまったためだ。

 そこには、物々しい道具が詰め込まれていた。

 金槌やペンチから始まり、長柄の草刈鎌や釘打ち機まである。
 端から落ちそうになっているのは電動の丸鋸だろうか。
 目を凝らせば、ポータブルタイプのはんだごても潜んでいる。
 他にも大量の品物がカートに入っていた。

 一見すると、ただの買い物である。
 しかし、黒羽の捜査方法を知る人間からすれば、あれらは彼女にとって立派な仕事道具なのだ。
 いつ容疑者に振るわれるか分かったものではない。

 彼女のコンビならば、ここでさりげなく探りを入れて、警告するのが務めだろう。
 万が一、後になって問題が起きれば取り返しがつからないのだから。

 そこまで思考を巡らせた宮間はため息を吐くと――さっさと踵を返してその場を立ち去る。

「触らぬ神に何とやら、ってね。非番の子を捕まえて説教するのも面倒だし。さて、大好きな仕事に戻りましょうかー」

 宮間は何も見なかったことにした。
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