追い詰める刑事達

文字数 1,256文字

 榊は絶叫しながらカッターナイフを振り下ろした。

 宮間は上体を反らして躱し、榊を押し飛ばす。
 存外に素早い反応だった。
 普段はのんびりしていても、いざという時は動けるらしい。

 榊はよろめき地面に倒れるものの、ゆっくりと立ち上がった。
 殺気は微塵も衰えていない。

 宮間は呆れたように息を吐く。

「暴力では何も解決できませんよ。いや、本当に」

「うるさいッ! あんたが私を怒らせたのよ……!」

 榊は突進と同時にカッターナイフを突き出した。
 ちょうど腹部を狙った位置だ。

 宮間はカッターナイフを持つ榊の手を掴み、刃が刺さる前に捻り上げた。

 榊は痛みに顔を歪めてカッターナイフを手放す。
 振りほどこうとしても叶わない。

 その隙に宮間はカッターナイフを蹴飛ばして隅に追いやった。
 榊を拘束したまま、彼は静かに告げる。

「まあまあ、落ち着いてくださいよ。このことは黙っててあげますから、無益なことは――おっと」

 説得の最中、榊が蹴ろうとしてきたので、宮間は寸前で手を離して飛び退く。

 解放された榊は近くにあった拳大の石を拾った。
 今度はそれで殴りかかるつもりらしい。

 宮間は特に驚いた様子もなくシャツの袖をまくる。

「いやぁ、こちとらアラサーなんですから、激しい運動は控えたいんですがね……」

「運動不足になったら困るでしょう? いい機会だと思わない?」

 榊は引き攣った笑みを浮かべて軽口を叩く。
 諸々の感情がない交ぜになって昂りすぎた結果、一周回って開き直れたようだ。

 先ほどより余裕を持って宮間を殺そうとしている。
 その精神性こそ、まさに狂気と呼ぶに相応しいだろう。

 露骨に面倒そうな表情をする宮間だったが、ふと何かを発見して気持ちを一転させる。
 彼の視線は、榊の背後へと向いていた。

 宮間は手を振りながら言う。

「遅いよー。俺が刺されちゃったらどうするつもりだったのさ」

「…………っ!?」

 榊は慌てて振り返る。

 そこに立っていたのは、私服姿の黒羽と七篠であった。
 先ほどから密かに潜伏して、榊が暴れた場合は捕縛する役目を負っていたのだ。

 黒羽はスタンガンを片手に言う。

「宮間さんならきっと刺されないと信じていました」

 七篠は手錠を弄びながら笑う。

「黒羽サンってばこんなこと言ってますけど、実はずっとハラハラドキドキしてましたよー。お二人が話し始めた段階から、心配しすぎて挙動不審でしたもんねェ。他にも――」

「それ以上の無駄口は公務執行妨害で逮捕します」

 黒羽は底冷えするような恐ろしい気配を纏い、榊に歩み寄る。
 暗闇でもはっきりと分かる紫色の瞳が、鮮やかな美しさを見せていた。

「ぐっ……」

 榊はたじろぐ。
 三人に挟み撃ちされた形だ。
 直線の路地に逃げ場はなかった。

 宮間は手を打って榊に宣告する。

「さて。これで詰みってやつですかね。観念してお縄についてもらいましょうか」
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