怠惰な刑事の苦悩

文字数 1,354文字

 すきっとした寒さの残る朝。
 宮間と黒羽は、夕塚市内の通りを歩いていた。

 コンビを組んで早一カ月。
 互いの性格を理解したこともあり、二人の間で目立った衝突は起きていない。
 仕事に対する熱意の差で噛み合わない時はあるものの、どちらかが少し愚痴をこぼす程度で済んでいる。
 なんだかんだで仲は良い、と言えるのかもしれない。

 相変わらず死んだ目をした宮間は、ぼさぼさの髪を掻きながらぼやく。

「うぅ、眠い……こんな時間から仕事とか、軽く拷問だよね」

 宮間のスーツはいつもの数割増しで着崩されていた。
 ジャケットは襟が折れ曲がり、白シャツの裾はだらしなくはみ出ている。
 ネクタイは結ぶことを放棄されて胸ポケットに押し込まれていた。
 履物もゴム製の薄いスリッパである。

 もはや、どこから指摘すべきか迷う有様だった。
 早起きは宮間にかなりの負担を強いるものだったらしい。
 彼の服装がそれを如実に物語っている。

 対する黒羽はシックな色合いのパンツスーツを見事に着こなしていた。
 切り揃えた黒髪もよく手入れされている。
 どちらも凛とした黒羽の雰囲気にマッチしていた。
 歩く姿もなかなか様になっており、まさに非の打ちどころがない。

 彼女は冷淡とも取れる口調で宮間に言い放つ。

「これが通常の出勤時間です。それどころか宮間さんは十五分ほど遅刻していました」

「出勤時間とかクソ食らえだよ。おまけに朝っぱらから出動だし……」

 宮間は迷惑そうに車道を見やる。

 けたたましく鳴り響く無数のサイレン。
 二人のすぐ横を何台ものパトカーが追い越していく。

 先ほどからずっとこの調子だ。
 飲食店にて人が死んでいるとの通報があったのである。
 一足早く着いた警官によると他殺らしく、こうして現場に急行しているのだった。

「ところで宮間さん」

 黒羽が唐突に立ち止まり、宮間の方を向く。
 いつもの鉄仮面と紫色の瞳は、心なしか冷ややかな気配を宿していた。

 宮間は穏やかな調子で応対する。

「なんだい黒羽ちゃん。お腹でも空いた? よかったらモーニングでも食べに行く?」

「朝食は出勤前に済ませました。そんなことより、なぜ私たちは徒歩で移動しているのですか」

 黒羽の疑問を受けて、宮間は爽やかな笑みを浮かべた。

「なぜってそりゃ、俺が免停食らったのバレたからさ。罰として、他の人のパトカーに乗せてもらうのも禁止されたよ」

「……なるほど。では、どうして私までその罰に付き合わされているのですか」

「うーん。たぶん連帯責任でしょ。俺と黒羽ちゃんはコンビだし」

 開き直って肩をすくめる宮間。
 反省の意志は微塵も感じられない。
 彼の図太さは人並み以上だろう。

 黒羽は何か言いかけるも、首を振って中断した。
 文句を言ったところで無駄だと察したようである。
 この辺りの理解の早さも、一カ月間コンビを組んだ成果かもしれない。

 代わりに黒羽は、冷徹な眼差しを以て告げる。

「宮間さんは、怠惰という概念が服を着て歩いているようですね。とても真似できません」

「ん? それ褒めてる? ねぇ、褒めてるの?」

 二人の刑事は良くも悪くもマイペースであった。
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