初対面ではない二人

文字数 2,156文字

 百五十二人を殺したシリアルキラーがいる。
 死神刑事の報告を聞いた宮間は、やや怪訝そうに歩道橋に注目した。

 件の殺人鬼は、先ほどまでと変わらず行き交う車を眺めている。
 傍目には危険人物には見えない。

 そもそも現代日本において、個人が百五十を超える人間を殺害することが可能なのか。
 ジョークにしては面白味がない上に現実味が薄い。
 これが黒羽の言葉でなければ一笑に付しているところだろう。

 没収したスタンガンと金槌を弄びつつ、宮間はため息を吐いた。

「……殺害人数に誤りはないかな? 遠いから見間違えたとか」

 黒羽は特殊警棒を握り直して即答する。

「間違いありません。どうしますか、あの人物を野放しにするのは危険かと思われますが」

「そうさなぁ。そんなにヤバい奴なら何かしらの対処はすべきなんだろうけども……」

 宮間は尻ポケットに手を伸ばすも、電子タバコがないことに気付く。
 自宅に置き忘れたらしい。

 肩をすくめた宮間は、眠たそうな目を黒羽に向ける。

「とりあえず職質しに行こうか。さすがに先制攻撃はできないけれど、少しでも怪しい挙動を取ったら好きにやっちゃっていいよ。何も問題が起きなかったら、花木さんに相談して監視しよう」

「了解です。ありがとうございます」

「面倒だけど仕事だからねぇ。こういう時に頑張らなきゃ税金泥棒になっちゃうよ」

 宮間は大儀そうに伸びをする。

 如何なる事情があっても、やはり証拠もなく捕縛はできない。
 相手の動きに合わせて対処するのが、現状における最善の策だろう。

 それに、殺人鬼とてこのような通りで凶行に及ぶとは考えにくい。
 本当に百五十二人を殺してきたのなら、相当な計画的犯罪である可能性が高い。
 このような目撃者の多発する場所で突発的な殺人を行うのは避けたいはずだ。
 過度に刺激しない限り、いきなり襲いかかってくるようなことはなかろう。

 方針を決めた宮間と黒羽は、殺人鬼に接触するために歩道橋へ向かう。
 不審がられないためにも急いだりはしない。

 宮間は平常通りの気の抜けた顔である。
 これから殺人鬼と相対するというのに緊張の欠片も見られない。
 どのような場面でも自然体でいられるのは、ある種の才能に近いだろう。
 ただし、ポケットに忍ばせたスタンガンと金槌はいつでも抜き出せるようにしてあるので、彼なりに警戒はしているようだ。

 隣を歩く黒羽は、極寒の冷気のような気配を漂わせている。
 鋭い眼光は殺人鬼を射抜かんばかりの力強さだ。
 五感は極限まで研ぎ澄まされ、いつ如何なるタイミングでの行動も可能とする。
 ジャケットの袖に隠した特殊警棒は、いざという時はコンマ数秒の早業で相手を打ち倒すことも容易いだろう。

 そんな相棒の姿をチラ見した宮間は苦笑する。

「黒羽ちゃん、ちょっと気負いすぎじゃない? 完全に殺す気満々みたいになってるよ」

「私は宮間さんがリラックスできる方が不思議です」

「別にリラックスはしてないよ。むしろ憂鬱だね。あー、仕事面倒臭いなぁ、早く帰りたいなぁって」

「……いつもの心境じゃないですか」

 会話をしているうちに、二人は歩道橋の上に到着した。
 殺人鬼の他に通行人はいない。
 接触するなら今がチャンスだろう。

 宮間は世間話でもするような調子で声をかける。

「どうも、こんにちはー。何をされているんですか?」

「…………」

 二人に気付いた殺人鬼は顔を上げる。

 年齢は二十代前半くらいだろうか。
 中性的かつ端正な顔立ちをしている。
 頭髪はクセのある金色のミディアムヘアーで、前髪をヘアピンで留めていた。

 恰好は白シャツにカーディガン、下はサルエルパンツにスニーカーという組み合わせだ。
 小柄で細身な体躯をしており、やはり性別がはっきりとしない。
 全体的にどちらとも言えそうな容姿をしている。

 殺人鬼は大きな目で宮間を見ると、嬉しそうに手を打った。

「おお! 刑事サンじゃないですかー。お久しぶりですー」

「え? 久し、ぶり……?」

 予想外の反応に、さすがの宮間も首を傾げる。
 返す言葉も疑問形だ。

 黒羽は懐疑的な目を宮間に向ける。

「宮間さん、これはどういうことですか」

「いや、ちょっと待って。今思い出そうとしてるから」

 宮間は自身の記憶を漁るも、該当する人物は出てこない。

 何事もすぐに忘れる悪癖がここに来て仇となった。
 この男は、基本的に他者の顔を覚えていないのである。
 署内の同僚でも怪しいレベルだった。

 相手は宮間が刑事であることを知っている。
 つまり、人違いということはまずありえない。
 宮間が一方的に記憶していないのだ。

 唸りながら十秒ほど粘る宮間だったが、結局答えは出てこなかった。
 彼は困ったように頭を掻きながら尋ねる。

「あの、すみませんがどちら様でしたっけ。我ながらちょいと忘れっぽいもんで」

 殺人鬼は、若干呆れた様子で口に手を当てる。

「僕ですよー。覚えてないですか? 七篠(ななしの)まことです」

 朗らかな笑顔の殺人鬼は、ぺこりと頭を下げた。
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