死神刑事と殺人鬼

文字数 1,233文字

 宮間と黒羽は、行き交う自動車を横目にアスファルトの道を歩く。

 彼らの後ろには七篠がいた。
 軽やかな足取りで二人に付いてくる。
 何が楽しいのか、鼻歌まで歌っていた。

 一方、黒羽は眉間に皺を寄せる。
 彼女が懸念するのは、もちろん七篠のことだ。

 想定よりも平和的な邂逅を果たした三人であったが、問題はその先で起きた。
 宮間たちがこれから殺人事件の現場に向かうことを知ると、七篠は自分も同行したいと言い出したのである。

 さすがに殺人鬼を事件現場に連れていくわけにはいかない。
 そう思った黒羽が断ろうとするも、七篠は頑なに付いていくと主張した。

 結局、仲裁に入った宮間の判断により、三人は共に移動を始めて現在に至る。

「どうするのですか。このままだと現場に到着しますが」

 小声で抗議する黒羽に対し、宮間は欠伸を噛み殺しながら答える。

「んー、別にいいんじゃない? 俺たち二人だけで監視するより安全そうだし」

「それはそうですが……」

「まこっちゃんも機嫌が良さそうだから、しばらくは大丈夫だと思うよ」

「機嫌の良し悪し関係なく殺人鬼は大丈夫ではないです」

 宮間と黒羽が囁き声で言い合っていると、七篠が不思議そうに首を傾げる。

「お二人で何を話しているのですか?」

「まこっちゃんとお昼ご飯でも食べたいなぁって話さ。よかったら一緒にどうだい」

「おおー! お昼ご飯いいですね! 食べたいですー」

 七篠は諸手を挙げてぴょんぴょんと無邪気に飛び跳ねる。
 嬉しさを全身で表現していた。
 まるで子供のような反応と仕草だが、七篠の容姿だと違和感もない。

 黒羽は頭を抱えそうになるのを耐える。
 七篠と会ってから気疲れがひどい。
 常に神経を尖らせているのが馬鹿らしくなってきた。

 とは言え、宮間のように無警戒な対応はできない。
 いつ殺人鬼が凶行に走るか分からないのだ。

 黒羽が改めて気を引き締めていると、七篠が彼女に顔を向けた。
 大きな二重の目が彼女を凝視している。
 七篠は頬に指を当てて問いかけた。

「そういえばお聞きするのを忘れていました。あなたのお名前は何ですか?」

 どうやら互いの自己紹介が済んでいないことを思い出したらしい。
 何か勘付かれたかと危惧した黒羽は、内心で胸を撫で下ろす。
 彼女は毅然とした態度で視線を返した。

「黒羽です」

「ほほー、黒羽サンと言うのですか。初めまして、よろしくです」

 そう言って手を差し出す七篠。
 悪意は何ら感じられない。
 むしろ仲良くなりたいという意志すら感じられる。
 黒羽に特殊な眼がなければ、ただの柔和で穏やかな人物に見えただろう。

 実際は七篠の本性を察知しているが、それを悟らせてはいけない。
 表面上は友好的に振る舞う必要がある。

「――こちらこそ、よろしくお願いします」

 私情を抑えた死神刑事は、殺人鬼と握手を交わした。
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