二人の刑事の邂逅

文字数 2,286文字

 夕塚警察署内のオフィス。
 宮間京一(みやま・きょういち)は、テレビニュースに耳を傾けつつコンビニ弁当を食べていた。

 ニュースキャスターが市内で起きた殺人事件について報道している。
 奇しくもそれは、宮間が捜査中の事件だった。
 今朝の捜査会議で聞いた内容の一部が流れている。

 唐揚げを咀嚼しつつ、宮間は苦笑した。

「相変わらず情報が早いことで。まったく、どこから仕入れたのやら」

 とは言え、そんなことは日常茶飯事である。
 別に気にするほどでもあるまい。

 それよりも今の宮間にとっては、目の前のコンビニ弁当の方がよほど大事だった。
 ニュースなど二の次――否、六の次くらいである。
 言ってしまえばどうでもいい。
 いちいち気にしていたら、せっかくの食事が不味くなってしまう。

「はぁ、玉子焼きとポテトサラダが美味い」

 室内を他の捜査官が駆け回る中、宮間はマイペースに箸を動かす。
 そうしてコンビニ弁当の残りが半分ほどになった頃、彼の視界に影が差した。
 宮間は箸を止めて顔を上げる。

「……えっと、何か用?」

 彼が胡乱な目を向ける先には、見覚えのない女が立っていた。
 スリムな灰色のパンツスーツ姿で、ブラウスの上にベストを着ている。

 年齢はおよそ二十代後半で、肌は陶器のように白く、肩で切り揃えた頭髪は艶やかで黒い。
 陰りのある顔立ちは整っているものの、全くと言っていいほどに無表情だった。
 微動だにしなければ人形かと見紛うほどである。

 そして特徴的なのはその瞳だ。
 一般的な黒や茶色ではなく、仄暗い紫色である。
 まるで月光に晒した宝石のようだ、と宮間は柄にもない感想を抱いた。

 女は淡々とした口調で答える。

「はい。本日から夕塚署に配属となりました黒羽(くろばね)です。階級は巡査です。先ほど、花木警部補より宮間巡査部長とコンビを組むよう指示を受けました」

「俺とコンビ? 花木さんの指示で?」

 そんな話は初耳だった。
 眉を顰めた宮間は、オフィスの奥にいる中年親父をじろりと睨む。

 こっそりと様子を窺っていた花木警部補は、イタズラが見つかった子供のような顔で頭を掻き、そそくさと部屋から去ってしまった。
 あの分だとおそらく夜まで戻ってこない。

 どうやら面倒事を押し付けられたらしい、と宮間は早くも理解する。
 花木の無茶ぶりは今に始まったことではなく、過去には何度も苦労させられていた。
 あの警部補はひょんな思い付きを即座に実行する性質なのだ。
 此度の采配もその一環に違いない。

 なんとも厄介な上司だが、あれでも叩き上げのベテラン刑事である。
 捜査官としての能力は非常に高く、署内での信頼も厚い。

 何より警察組織において階級の上下関係は絶対だ。
 宮間の階級は巡査部長。
 花木は一つ上の警部補にあたる。
 誠に不本意だが、ここは従わざるを得なかった。

 思考を切り替えた宮間は、コンビニ弁当を置いて立ち上がる。
 黒羽は女性にしてはやや背が高い。
 だいたい百七十センチくらいだろうか。
 並ぶと宮間から見下ろす形になるが、そこまで大きな差はない。

 宮間は寝癖の付いた黒髪をガシガシと掻く。

「……まあ、仕方ねぇわな。俺は夕塚署の宮間京一。よろしく」

「こちらこそよろしくお願いします」

 挨拶を済ませたところで、宮間は黒羽を近くの椅子に座らせた。
 彼は再びコンビニ弁当を手に取りながら質問をする。

「ところで、黒羽ちゃんはどういった経緯でこの署に来たのさ。見たところ新人といった感じでもないけれど」

「警視庁に勤務していましたが、難癖を付けられて異動となりました。私のことを嫌いな方が多かったみたいで」

「おっと、随分とハッキリ言うね」

「事実ですから。仕方ないです」

 黒羽は少しも表情を変えずに述べる。
 まるで他人事のような調子だ。
 否、彼女は本当に興味がないのだろう。

 機械的に受け答えする黒羽の姿に、宮間は苦笑いするしかなかった。

 それにしても本庁からの刑事とは。
 宮間は密かに思考を巡らせる。

 何の報せもなくいきなり異動など明らかに不自然だ。
 花木もやむを得ず宮間に任せたのだろう。
 難癖を付けられたとのことだが、黒羽は問題人物には見えない。
 一体、何が原因だったのか。

 宮間は色々と推測してみたものの、結局これといった答えは浮かばなかった。
 さすがに初対面で無遠慮に問い詰めるわけにもいかないので、いつかそれとなく尋ねるのが無難であろうか。

 そこで一旦思考に区切りを付け、宮間は近くの壁時計を指差した。

「昼食が終わったら担当事件の現場に行くから。十五分後に署の正門前に集合ってことで」

「分かりました。捜査の準備をしてきます」

 頷いた黒羽は踵を返して歩きだした。
 その拍子にジャケットが翻る。

 ――茶革のベルトには、なぜかナイフとスタンガンが挟み込まれていた。

 無論、どちらも警察が持ち歩くような代物ではない。
 携帯が発覚すれば、只事では済まないはずだ。

 しかし黒羽は、さりげなく裾を直すことで武器を隠し、当然のようにオフィスから去る。
 一瞬の出来事だったので、宮間以外に気付いた者はいなかっただろう。

 宮間は訝しげに目をこすった後、ため息混じりに首を傾げる。

「……うーん、ちょっと変人かな。生真面目っぽいけども」

 彼の独り言は、オフィスの雑音に紛れて消えた。
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