怠惰な刑事の企み

文字数 1,305文字

 じっと榊を凝視する黒羽は、宮間に確認を取る。

「どうしますか。ここで逮捕しますか」

「証拠でもあれば逮捕したいんだけどね。それができないから困ってるのさ」

「ならどうするのですか」

「いい考えがあるんだ」

 宮間はそう言うと、七篠から買い物カートを借りる。
 そして、一人で榊のもとへ向かってしまった。

 黒羽は思わず後を追おうとするも、振り返った宮間の顔を見て止まる。
 その目は「待っていてほしい」と語っていた。
 黒羽が小さく頷くと、宮間は二コリと笑ってウインクをする。

 七篠は商品棚のお菓子を吟味しながらつぶやいた。

「刑事サン、大丈夫ですかね。ちょっと不安です」

 普段の宮間の言動を考えたが故の発言だろう。
 確かに彼を信じるのは勇気の要る行為に違いない。

 黒羽は宮間の背中を見守りながら言葉を返す。

「私も同意見ですね。本当に任せていいのか、非常に怪しいところです」

 二人から絶大な不信感を得ながらも、宮間はあっさりと榊に接触した。

 黒羽と七篠は陰からじっと観察する。
 宮間は買い物カートを指差しながら榊と何かを話していた。
 距離がある上に周囲の音に掻き消されて会話内容は聞こえないが、少なくとも剣呑な雰囲気はない。
 どちらかというと世間話といった感じに近い。

「試食のウインナーを受け取りましたね。刑事サン、楽しそうに喋ってます」

 黒羽は眉間を押さえる。
 頭痛に耐えているかのように見えた。

「……おそらく、自然な会話からさりげなく情報を抜き取っているのでしょう」

「本当にそうなのですか? 全然そんな風に見えないですよ?」

「きっとそうです。そういうことにしておきましょう」

 黒羽、呻くように答える。
 それは半ば自分に言い聞かせているかのような口調だった。

 やがて宮間が榊に礼をして戻ってきた。
 買い物カゴには数パックのウインナーが追加されている。
 試食で提供されたものだ。

 黒羽は詰め寄るようにして尋ねる。

「何か収穫はありましたか」

 宮間は晴れやかな表情で頷いた。

「いやぁ、大収穫だったよ。とにかくこのウインナーが絶品でね。オススメの食べ方を教えてもらってさ。これに合うお酒の情報もゲットできたよ」

「…………」

 ある意味では想定内の答えに、黒羽は暫し絶句する。
 言いたいことが多すぎて、脳の処理が追いついていなかった。

 その間に七篠はキラキラとした目で試食コーナーへ行こうとする。

 しかし、黒羽が電光石火の早業で七篠の襟を掴んで引き止めた。
 彼女は絶対零度の視線を以て宮間を睨む。

「宮間さん……」

「待って待って。冗談だってば。ちゃんと作戦の目途が立ったから怒らないでよ」

 黒羽を落ち着かせながら、宮間はスマートフォンを取り出す。
 ふざけた態度は鳴りを潜め、珍しく捜査員としての顔が覗きつつあった。

 それに気付いた黒羽は、諸々の感情を四散させる。

「作戦、ですか?」

「うん。これで榊さんを逮捕できそうだよ」

 宮間は不敵な笑みを浮かべ、どこかに連絡をし始めた。
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