第2話

文字数 5,933文字

ヨウコとレイカは廃墟ビルディングの前に立っていた。駅のホームから遠くにしか見ていなかったその姿をいま間近で見上げることが出来た。

それは細長い建物で、例えるなら縦置きのテトリス棒のように、両側にある新しい現代的なビルの狭間にすっぽりはまったように立っていた。生気をなくした老人のような廃墟ビルディングは、そこだけ時代に取り残されただけようにも見えた。

その廃墟ビルは、以前は各階にテナントが一つずつ入っていた雑居ビルだった。

かつてはすべてのフロアに店子が入っていて、このビルには絶え間なく様々な目的の人々が出入りしていた。30年ほど前にオーナーが失踪して以来、まもなくして管理が滞り始めて、その後刷新された耐震基準の新法をクリアできなくなり、入居者がしだいに減り始め、十年以上前に誰もいなくなり廃墟になった後も、オーナーは音信不通のまま、放置されっぱなしである。


壁には落書きや長年の風雨そのままに汚れが目立ち、コンクリートは定年劣化による傷みにコンクリートの表面があちこち剥がれており、ざっと二三階をみあげると割られたガラス窓が目立っていてそこから闇が覗いてくる。

一階入口付近を取り囲むようにステンレス製の網の目のフェンスが並んでいて、一階入り口の玄関には背の高い数枚のベニヤ板で覆われていた。

フェンスに「立入禁止」という赤い文字が書かれた看板が付けられているが、片方の結いていたワイヤーが破損していて斜めになっていた。そのフェンスの右側の一部が破れていて、身をねじれば人ひとり入れるほどの大きさで開いており、実は玄関を覆っているベニヤ板も一部剥がれていた。

「想像以上にもボロいね」

「うんまあ有名になっちゃったから、もういろんな人が入ってかなり荒らされているのかもね」

「でここからみんな入ってるのかな?」ヨウコはそう言いながらフェンスの穴に近づいてチェックした。

「ちょっともっかい動画見てみる」レイカはスマホをとりだしてもう一度YouTubeで動画をチェックした。

怪異SEEKER-Keye(キー)&UCCy(ウッシー)の動画をもう一度見ようとすると、レコメンドの中に
『【閲覧注意】少女の霊の声が聞こえる廃墟リベンジ探索で遂に映ってしまった驚愕の恐怖映像!!』
という長い釣りタイトルの動画がトップに表示されていた。これもか怪異シーカーが村山台のこの廃墟ビルで撮影した動画らしい。レイカはこれをタップした。

「どうも!!キーです!」

「おは今晩ちわ!!ウッシーでーーーーーす!!!!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!またここに来ちゃったぜ!」

「うわああああ!でたぁああ!ここがあの噂の村山台の廃ビルかよ!!」

「ウッシー初見のふりはいいから!みんなはもうわかってると思うけど、こないだはさぁあの声で僕たちひよってしまって途中で帰っちゃったんだよねぇ。今回はさ、リベンジ凸と言うことでここの最上階を目指すぜぇ!!!」


「前の動画でマジもんのマジあな、誰かの泣いているような変な声が動画にも入ってたからね!あっと、言っておくけど本当にあの音声ガチのガチのガチでいじってりしてないからね!みんな!!」

「そうそう!風の音とかノイズじゃなくてちゃんと女の声に聞こえただろ!なんかこのビルってさ、昔はちゃんと繁盛してたテナントビルだったらしいけど、オーナーが失踪してからいろいろあってこの十年くらいずっと放置されてるって話なんだよね」

「うんうん!でもそれだけじゃないんだ。この前の動画を見てくれた視聴者から、このビル周辺で少女が失踪事件がこの十年で何件も実際に起こってて、全部未解だっていう投稿が合ったんだ!このビルで聞こえる声はその少女たちたちがすすり泣く声だという話もあるんだ」

「おっとキー坊!その話おれ初耳だぜ!言っておいてくれよ!」

「あれ言ってなかった?まあでもそういういわく付きの話が数多くあるみたいだ。このビルに少女の声が俺たちにも聞こえたし、ってことはマジでこのビルには何か重大な秘密があるんじゃないかと僕は思ってる!」

「うおおお!それは興味深いな!!今日それを突きとめてやるぜ!!!」

「だろう?だから今日はこのビルを徹底的に調査するぞ!」

「おおキー坊!怪異シーカーの本領発揮だ!!やってやるぜぇ!!!」

「よし!この破れたフェンスを捻じれば入れるぞ!!持ち上げてるからウッシー入ってくれ」

「サンキュウ!キー坊!!」

二人は意気揚々と興奮しながらビルの玄関から中へ入っていった。

しかし、想像通りビルの中は荒れ果てており、壁や天井には穴が開いていた。一階フロアは侵入者が持ち込んだゴミや瓦礫が散らばっていた。奥の方の部屋には古い家具や機器が残されていたが、それも朽ち果てて過ぎた年月を物語っていた。

「うわー、二回目だけどやっぱここめっちゃヤバいな」

「本当だな。有名になって荒らさすぎだな!誰かが持ち込んだゴミや瓦礫なんかも捨ててるみたいだしちょっと臭いな‥‥。みんなはこんなところに入ったら危ないからやめとけよ!!」

「まぁ僕たちにとってはそれが醍醐味だろ?」

「ハハハハハ!そう!その危険と隣り合わせのスリルがおれはたまらないのさ!!」


「それぞ凸ツノを持つ男と呼ばれるウッシーだ」


「ワイルドだろぉう!」


「古いのギャグはやめて…視聴者減るから」


「あっすまん‥‥さて!!それじゃ上に向かうぜえぇえ!!!」

二人は上へ続く階段を進んでいった。彼らは各階を調べてみたが、特に変わったものは見つからなかった。ただ、時々奇妙な音や気配を感じることがあった。

「ん?何か聞こえなかったか?」

「どうした??」

「いや、ちょっと二階のフロアの奥から音がしたような気がしたんだけど」

「音?どんな音?」

「わからない。カサカサって感じかな」

「カサカサ?それってネズミとかじゃないのか?」

「そうかもしれないな。まあ、気にすることはないか」

「‥‥ん?ちょっと待って‥‥」

「どうした?」

「やっぱなんかきこえるな・・・」

「おまえにも聞こえた?」

「うん、なんかカシャンみたいな音が・・・」

「あっあれ見ろ!!」

「うわ!なんだ!?」

二人が見る先にふたつの光る目があった。

それは近づく間もなく素早く動いてまたガシャ、ゴンと何かを蹴飛ばしてながら窓の外へ飛び出して隣のビルとの狭間にある塀の上に立って二人カメラの方を向き直る。

「何だよぉお!野良猫かよ」

「脅かさないでくれよ!って皆さん、二階に猫さんが住んでました」

「まだこっち見てる」

「お邪魔します!猫ちゃんこっちこそ驚かしてごめんね」

「それじゃ気を取り直して次行いくかぁ!!」



「キャーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

突然、上層の階から女の子の悲鳴が聞こえてきた。その声は作りものではなく本物の恐怖と緊張感で満ちていて、キーとウッシッシーの背筋を凍らせるには十分だった。

「‥‥‥‥」


「‥‥‥‥」


「ちょっな、な、なんだ今の!?」

「‥‥ああハッキリ聞こえたよ。女の子の悲鳴だと思う。幽霊とかの声じゃないな‥‥」

「悲鳴ってより絶叫だったな」

「これって事件が起きた時の悲鳴じゃないか?」

「っちょシャレになんないって」

二人は驚きと恐怖にまみれながらそう言ってお互いの顔を見合わせた。

そしてゴクリと唾を飲み込んで油断なく階段を上がっていった。

三階へ、次に四階へ、そして五階へ上がると、フロアの奥から廃墟には不釣り合いな電灯が灯り漏れていた。

二人は息を殺しながらフロアの奥へとすり足ですすんでいった。明かりが漏れてくる部屋の前まで来て二人は呼吸を整えながら目合図した。そして奥を覗いてみるとそこには衝撃的な光景が広がっていた。



部屋の中央の床にひとりの少女が横たわっていた。

彼女は何処かの高校の制服を着ており、綺麗な茶髪ののロングヘアーが乱れていた。彼女は美しい整った顔立ちの持ち主だったが、その表情は終わりなき苦しみと恐怖に歪んでいた。特別拘束されているわけではないのに、しびれているのか、彼女はビクビクと断続的に全身を小刻みに動かしながら、その口からは絶え間なく小さな悲鳴を漏らしていた。
(実際にはこの少女の状況は動画にモザイクがかかってきて視聴者には見えない)


二人は目の前の光景に呆然とした。二人の目に横たわる少女は幽霊のはずがなく、生きているようにしか見えなかった。

「な、なんだこれ・・・?」

「なんで女の子が・・・?」

二人は言葉を失った。しかし、そのとき、部屋の隅の暗がりから老人の声が聞こえてきた。

「おやおやこまったね。侵入者か?もしくは私のビルに用かな?」

二人は驚いて老人の方を見た。

暗がりから姿を表したのは、白髪と白ひげを生やしデコが禿げ上がった老人だった。老人はスーツを着ており、右手に杖を持っていた。老人の顔は一見朗らかで優しげだったが、眉間の皺は三本深々を溝を刻んでいて、それを挟む両目は怪しい光を放ちどことなく狂気じみていた。
(動画では老人にモザイクがかかってきて動画視聴者には詳細がわからない。声はピッチシフターで変調されている)

「あなた方は誰だね?」

「お、おれたちは・・・うーんと・・・」

「僕たちは個人でやってる動画配信者です。勝手に入ってすみません!!廃墟探訪企画で撮影をしていたんです」

まごつくウッシーだったが、キー坊は正直に老紳士にそう言って謝った。

「YouTuberかい?それは面白いな。VTuberとかLiverとかいわれるアイドルが流行っているらしいねぇ」


キー&ウッシッシーは老人から現代的なネット言語が出て来て驚いた。

「Vtuberとかご存じなんですか?」


「ああ、娘が推しのだれだれがいいとか、だれだれの声が素敵だとか、いろいろ私にも話をしてくれるものだからねぇ」

「それじゃYouTubeもご覧になっているんでか?」


「いや見はしないが、とにかく君たちのような若者が私のビルにカメラを持って入って来て勝手に詮索されるのはごめんこうむりたいねぇ。ときたま偶発的にゲートが開いた時に、こうしてここを見つけて君たちみたいな人間が入り込んでしまうこともあるしねぇ。このビルは‥‥私だけの秘密の楽園なのだから」

「楽園?」ウッシーが尋ねた。

「ああそうだ。天国と言い換えてもいいよ」

「あなたがこのビルのオーナーってことですか?」

「そうだよ。このビルは私のビルさ」

「え?・・・でもここのオーナーさんはかなり昔に行方不明になったという話で、現にいま廃墟になってますよね?」

「いや、見ての通りこうして私はここで幸せに暮らしているよ。廃墟でも私ひとりきりでもないさ。私は皆で一緒に思い出をたくさん作って、いまも楽しく生きていますよ」

「思い出・・・?もしかしてそれは平成?または昭和の時代の話ですか?」

「ああ、確かに平成や昭和の終わりの頃も、このビルにたくさんの人々が出入りしていたねぇ。バブルのころは華やかだったねぇ。私の家族や友人や仕事仲間もたくさん来てくれてねぇ。たしかにその時代もみんな幸せだったよ」

「でも、今は誰もいませんよ・・・」ウッシーが不安げにそう呟いた。

「そうだね。みんな死んじゃったんだよ。事故や病気や自殺でね。悲しい出来事もたくさんあったねぇ。でもね、私だけが思い出と共に生き残っちゃったんだよねぇ。ここでこうしてね今も。でも床で寝そべる娘みたいに皆が居てくれるから私は十分に幸せなんだよ」と言いながら老人は杖で横になっている少女を指した。

「この子はいったい誰なんです?」ウッシーが更問いする。

「私の娘さ。娘は他にもたくさんいるんだがねぇ。特にこの娘は、私の言うことを聞かなくて困ってるんだよ」

キー&ウッシーは老人から返された言葉が信じられないという様子でで、言葉が出てこなかった。

老人は続けて朗らかに言った。
「信じられないか?それならこれを見てごらん」

老人は杖を振ってベッドの上の女の子を指差した。

「あの子は私の娘なんだよ。この娘はある日私のビルに遊びにやってきた。でもねぇ私がせかっく出迎えたのに彼女は私のビルを嫌ってか、交際している男と勝手に逃げようとしたんだよ」

「逃げようとした?」

「そのとおり。私はねぇ私をおいて逃げるなんざぁ、許せなかったんだよ。私は彼女を捕まえてここでつれてきて、彼女が落ち着くまで床で横になってもらっているんだ」

「捕まえた?」

「そうさ、家族だからねぇ。私は娘にお仕置きを与えて肉体と魂をこの場所に保管したんだ。かわりに彼女は永遠に若さを手に入れたのさ。永遠の17歳の乙女・・・・昔から女性たちが希求する願望だよ。それを叶えてあげたのさ」

老人は静かにそういった。

「で、でもあの‥‥」

恐怖で口ごもる二人に対して、老人はさらに言った。

「お前さんたちも私のビルに入った罪で、罰を受けなければならないな。わかっているよねぇ?」

「えっ!?ちょ、ちょっとやめてください!入ったことは謝ります!」

「お、おれも謝ります。許してください」


「フフフ・・・フハーハッハッハ!!冗談だよ。冗談に決まってるじゃないか!君たちは家族じゃないからねぇ。ただお引き取り願うだけだ。ただし、私やこの娘のプライバシーはちゃんと守ってくれるよね?モザイクをかけるなりしてくれないと困るよ。そうじゃなければあとでどんな罰を受けることになるかわかっているかね?」

老人はそう言って笑っていた。しかし目は笑ってはなくその目にキー&ウッシッシーは怯えていた。

「わ、わかりました。出ていきます」

「もう勝手に入らないんで、すみませんでした。動画もちゃんと処理しますんで」

「わかったらいいさ、もうこういう身勝手な行為はやめたほうがいいかもね。何か恐ろしいことに巻き込まれてしまうともかぎらないのだからねぇ?フフフフフ・・・・」

それで動画は切れて真っ黒になり、そこに編集された白いテロップ文字が映しだされた。

「このあと僕達は逃げる様にビルを出て、その後二度とそのビルへ行っていません。他の動画投稿者や情報提供者から話によると、その後はここへ探索に入った時に5階へ入ったときには、他のフロアと同様で荒れ果て誰も居なかったてそうです。しかしこのビルには謎のオーナーさんが、今もたまにいらっしゃるのかもしれません。それが本当なのか、信じるか信じないかはあなた方次第です!!」

「レイカ、ちょっと長いっての。いつまで見てんの?」

「うん‥‥ちょ、ちょっとね。見入っちゃった。なんかねここオーナーさんていまも本当にここの五階にいるかもしれない・・・・」

「え?何言ってんの?どう見ても誰も居ない廃墟じゃん」

「そ、そうなんだけどね」

つづく
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登場人物紹介

芹沢ヨウコ。都立雛城高校二年生。実質なにも活動していない茶道部所属。勉強は得意だが興味のある事しかやる気が起きないニッチな性格。根はやさしいがさばさばしているため性格がきついとクラスメートに思われがち。両親の影響のせいで懐疑派だがオカルトに詳しい。

水原レイカ。都立雛城高校二年生。芹沢ヨウコとは同級生で友人同士。弓道部所属して結構マジメにやっている。両親に大事そだてられていて正確は優しくおっとりしているが、素直すぎてなんでも信じてしまう。ホラーは好きでも実は苦手だけど痛い目にあっても大して気にしないし見た目より図太い。

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