第8話
文字数 4,246文字
「まぁ確かに、幸せと感じることはそれぞれの人の内面の自由だ。幸せだと思えば幸せなのさ。だがしかし、それを何者かの思惑によってそう思わせられたとしたら、それは偽物の幸せだ。だとしたならば、それは不幸ではないかな?レイカくん。私の言っている意味が分かるかい?」
「よくわかりません」
「いやまさかそんなつもりはないよ。誤解を与えたのならば私としても遺憾だ。気を悪くしてくれるな。だが一方ヨウコくん、君は敏い子だ。ここが普通の場所でないともう確信しているようだ」老人は顎鬚を撫でながら余裕の微笑を浮かべ視線をヨウコの方へ向けた。
「なんかズバリ当てられてる気もするけど・・・もしかしてわたしのこと凄い馬鹿にしてます?」 レイカが少しむっとしてそういった。
「いやそんなつもりはないが、誤解を与えたのなら私としても遺憾だ。気を悪くしてくれるな。だが一方ヨウコくん、君は敏い子だ。ここが普通の場所でないともう確信しているようだね」と老人は子供を諭すような口調で言った。
「それを説明してくれるっていうわけ?」ヨウコが静かに尋ねた。
「まぁそうだね。だが話すよりも見たほうが早いだろう。ほら後ろを見てみなさい」
ビルのオーナーを名乗る老人の言葉に促されるれ、ヨウコとレイカは振り返って自分たちがこの部屋に入ってきた方を見た。だがそこにこには合ったはずのアーチ型の入り口はなく、一面がすべて白一色のただの壁だった。
「はっ!?」レイカが思わず声を上げる。
「あなたがやったの?」ヨウコは冷静に尋ねた。意識的に感情を抑えて居るように。
「ああそのとおり・・・私には特別な力がある。それは本のページを一気に多数ペラペラとめくるように、幾重のも時空を軽々と超えることを可能にする偉大な力さフフフ」と言って老人はほくそ笑んだ。
「あの子たちを操るのもその力のおかげってことなのね?」
「あの子たちとは、私の娘たちのことかな?君は本当に賢い子だ。察しが良すぎると短命に終わるとも言うが、私は君の事が気に入ったよ。私が言う前に説明してくるようだ。それではヨウコくん、私の力の正体は何だと思うかな?」
「悪魔と取引をした、とか?」
「悪魔ときたかいフフフ・・・若かりし頃にゲーテのファーストを読んから興味はあったが、残念ながら私もメフィストフェレスに会う方法は知らないね。にしても君は想像力も豊かなようだね。他にもなにか思いつくかな?」
「その手に持っている杖が魔導師の杖・・・とか?」
「ほう・・・これが魔導師の杖に見えるかい?それじゃ自分の手に持って近くでよく見たまえ」と言いながら老人は腰を起こすと、自分の持っていた杖をヨウコの目の前に差し出した。
ヨウコは老人の意外な反応に少しぎょっとした様子だったが、気を立て直し杖を受け取ると、それをぐるぐる回しながらじっくりと調べはじめた。
ぱっと見た感じ自然の造形をしておらず、木製ではないようだ。それは人工的で美しい直線的な長い円柱の杖で、取っ手部分は持ち手に合わせて膨らんでいて、角度を変えながらの複数の多角形の面で構成された幾何学的な形状をしていた。手に持った感じ重すぎるわけでもなく、手によく馴染む感じのごく普通の杖と言った感じだ。材質はわからないが全体的に象牙のような乳白色をしていた。
「特注して作った高級ぽい杖だけど、特別変なところはないかなぁ・・・」
「ああそのとおり。見た目は普通の杖だ。でもねぇ・・・それは地球に残された唯一無二の存在、知れば誰もが驚天動地、紛れもない魔法の杖なのだよ」
「え?」
「ハハハ・・・まぁそう言われて信じられないよね?当然だ。それじゃ杖は返してくれたまえ」と言って老人は手を伸ばした。
「そう言われたら簡単には返せないんですけど」ヨウコは相変わらず感情を抑えた声でそう答えた。
「ようだよ!返しちゃダメだってヨウコ!!」レイカがそう強く訴えた。
「フフフフ・・・君たちがこの杖を持っていても意味がないのだよ。閉じた扉は開かいないし無論帰ることもかなわない」
老人はそう言って伸ばした腕の先の手のひらを二三度手招するような動きをした。
「確かにそうかも」と言ってヨウコはあっさりと老人に杖を返した。
「なんで返すの?返しちゃダメだって!」レイカが言ったがもう遅い。
「ありがとう。この杖は以前から随分古い時代のものだとはわかっていたが、普段使いでちょうど良いと思って長いあいだ普通に使っていたのだよ。しかしそんな中で私が偶然この杖の真の力に気づいたのは、まったく私の気まぐれ偶然の成り行きだったのだ。まさかそんなやり方で神話の時代のとてつもない偉大な存在が施した封印が解けるなどとは誰も思わないのだから」
「なにそれ?鍵って」レイカが問いかけた。
「それは簡単には教えられないよ。もし君が私の家族になり、いずれこの力の後継者になる、というならやぶさかではないがね」
「後継者なんて絶対無理だし・・・」レイカがあからさまに嫌な顔をして答えた。
「で、その力でここにあなたがこの城を作ったわけなの?」
「城ではなくビルディングだがね。私はここでもビルのオーナーなのだよ。このビルは大小169室あり、地下3階地上10階で構成されている。設計図は自分の頭の中ので構成した意思とこの杖を作った偉大な文明の叡智が螺旋を描くように自動創世されるのだ。全く信じられない脅威の力だ。この空間自体我々が元いた地球、つまり東京とは違う違うとある別の概念世界だ」
「なんか狂気の沙汰にしか聞こえないんだけど、たしかにそうとしか思えない。あなたのいう別の世界っていう意味はつまり異次元てこと?」とヨウコはさらに老人に問いかけた。
「ああ異次元という言葉で片付けるならそのとおりだ。しかし異次元の概念をそもそも君は理解しているのかな?」
「数学的になら縦横奥行きで三次元、時間で四次元、そして異空間を表す五次元。ならわかるけど、概念はわからない」
「素晴らしい!君は何か特別な教育を受けているのかい?」
「いやちょっと前に興味あって、科学系YouTuberの動画見ただけだけど」
「確かに数学的には君の言うとおりだ。しかし科学の世界で異次元と呼ぶものは想像のモデルに過ぎない。この世界は私が理解していた物理学の法則や地球上の現代文明の常識をはるかに超えている。この杖に宿る魔術的な力は真に神秘の力なのだよ。この杖の封印をたまたま私が解いてしまった時に、強烈なショックと共に情報の津波が私を襲ってきたのだ。この杖に内在していた無機質的な遺伝子のようなきめ細やかな煌めく螺旋状の波が止めどなく私の魂に入ってきたのだ。それが何なのかをいちいち今とうとうと君たちに説明するのは無粋だし無理な話だ。ただ君のような理知的な女性に言えるのは、この杖を創った者達の文明は今ある人間の始祖に当たる生命だと言うことだ。彼らは人間ではない。それだけは言える」
「なんかめちゃくちゃ長いし、よくわけわかんないけど、それってよく月刊誌ムー的な地球外生命体とかそういうこと?」さすがにヨウコもまゆをひそめて少々疑わしそうにも尋ねた。
「地球外生命体か・・・たしかにそうなのかもしれないね。しかし残念ながら始祖の起源までは記録されていなかった。それは私に情報クリアランスが足りないかそもそも私たち人間にはあずかり知れないことなのだろう。ところで君はヒトゲノム、つまり人間の保有する遺伝子解析は終わったとかいう話もあるが、それでもまだ不明または誤解されたまま放置された遺伝子があることを知っているかな?」
「いや知らない」ヨウコはあっさり答えた。
レイカは二人の会話にきょとんとするばかりだ。
「人類が猿から進化したというのは、猿と符合する遺伝子を持っているからだ。しかし猿から人間なるには大きなる飛躍があるとは思わないか?」
「・・・確かにそうかも」
「そうさ。猿に人間性を植えつけた存在が居るのだよ。そして実はその存在は人類が誕生した紀元前100万年前後まではこの地球に存在していたのだ。しかしながらアダムイヴが生まれた後、しばらくして彼らは一人残らずこの地球上から消えてしまった。だから考古学でどれだけ地面をほっても彼らの残骸は出てこないし、不明の遺伝子は永久に未解明のままだろう」
「それでつまりあんたの杖は、その人間の始祖の存在が作ったもので100万年前に地球に忘れていった杖だってわけ?」
「君は本当に素晴らしい!ますます気に入ったよ。そのとおりだ。人類を産んだというか、猿に知性をもたらした彼らはその後、間もなく文明ごと地球から消えた。他の異空間へと幽霊のように消えてしまったのだ。理由は私もよくわからない。ただ彼らの残した杖がたまたま私の元にやって来て、蓋然性を秘めた偶然が重なって封印を解いてしまった私は、彼らの尋常ならざる時空をも操る力を得たのだ。」
「なるほどね。それで私たちを一体どうするつもりってわけ?」
「まぁここにいて、我々の家族になってもらいたい。私たちが元いた世界はもはや人が多すぎる。野心と欲望は右肩上がり、空気は汚れ、異常気象による熱波に各大陸には甚大な森林火災、世界規模の人の移動によって新型の疫病が生み出され流行し、複合的なフラストレーションによる紛争と戦争がこれからさらに増えるに決まっている。もしかすると始祖たちはあらかじめ、こうなる事態を予期して去っていったのかもしれない。しかしながらこの世界に居る限り、君たちには充足した生活を保証しよう。無限のパーソナルスペースと、地球にいた頃のような、いつも何かに追われるような生活をする必要はない。いずれ必ずここに来てよかったと思うようになるだろう」
「嫌だよ!私は絶対に帰りたいよ」しばらく黙っていレイカが怒気にも似たつよめの声で言った。
「最初は皆同じくそう言うんだ。しかしだんだんと気持ちが変わってくる。以前の世界で自分が感じていた常識や感情は押し付けられたものだったと気づくようになる」
「ヨウコこの人の話に乗っちゃダメだよ!絶対頭おかしいって!」レイカは興奮気味にまくしたてた。
ヨウコは返事をせず、黙ったまま何かを考えているようだ。
「どうやらレイカくんは不都合な真実をつきつけられて少しヒステリーを起こしたようだね。まぁ落ち着き給え。時間はたっぷりあるんだ。ゆっくりと考えればいい・・・フフフッ」老人は顎鬚をさすってニヤリと笑った。
しばらくそのまま沈黙の時間が流れるのだった。
つづく
「よくわかりません」
「いやまさかそんなつもりはないよ。誤解を与えたのならば私としても遺憾だ。気を悪くしてくれるな。だが一方ヨウコくん、君は敏い子だ。ここが普通の場所でないともう確信しているようだ」老人は顎鬚を撫でながら余裕の微笑を浮かべ視線をヨウコの方へ向けた。
「なんかズバリ当てられてる気もするけど・・・もしかしてわたしのこと凄い馬鹿にしてます?」 レイカが少しむっとしてそういった。
「いやそんなつもりはないが、誤解を与えたのなら私としても遺憾だ。気を悪くしてくれるな。だが一方ヨウコくん、君は敏い子だ。ここが普通の場所でないともう確信しているようだね」と老人は子供を諭すような口調で言った。
「それを説明してくれるっていうわけ?」ヨウコが静かに尋ねた。
「まぁそうだね。だが話すよりも見たほうが早いだろう。ほら後ろを見てみなさい」
ビルのオーナーを名乗る老人の言葉に促されるれ、ヨウコとレイカは振り返って自分たちがこの部屋に入ってきた方を見た。だがそこにこには合ったはずのアーチ型の入り口はなく、一面がすべて白一色のただの壁だった。
「はっ!?」レイカが思わず声を上げる。
「あなたがやったの?」ヨウコは冷静に尋ねた。意識的に感情を抑えて居るように。
「ああそのとおり・・・私には特別な力がある。それは本のページを一気に多数ペラペラとめくるように、幾重のも時空を軽々と超えることを可能にする偉大な力さフフフ」と言って老人はほくそ笑んだ。
「あの子たちを操るのもその力のおかげってことなのね?」
「あの子たちとは、私の娘たちのことかな?君は本当に賢い子だ。察しが良すぎると短命に終わるとも言うが、私は君の事が気に入ったよ。私が言う前に説明してくるようだ。それではヨウコくん、私の力の正体は何だと思うかな?」
「悪魔と取引をした、とか?」
「悪魔ときたかいフフフ・・・若かりし頃にゲーテのファーストを読んから興味はあったが、残念ながら私もメフィストフェレスに会う方法は知らないね。にしても君は想像力も豊かなようだね。他にもなにか思いつくかな?」
「その手に持っている杖が魔導師の杖・・・とか?」
「ほう・・・これが魔導師の杖に見えるかい?それじゃ自分の手に持って近くでよく見たまえ」と言いながら老人は腰を起こすと、自分の持っていた杖をヨウコの目の前に差し出した。
ヨウコは老人の意外な反応に少しぎょっとした様子だったが、気を立て直し杖を受け取ると、それをぐるぐる回しながらじっくりと調べはじめた。
ぱっと見た感じ自然の造形をしておらず、木製ではないようだ。それは人工的で美しい直線的な長い円柱の杖で、取っ手部分は持ち手に合わせて膨らんでいて、角度を変えながらの複数の多角形の面で構成された幾何学的な形状をしていた。手に持った感じ重すぎるわけでもなく、手によく馴染む感じのごく普通の杖と言った感じだ。材質はわからないが全体的に象牙のような乳白色をしていた。
「特注して作った高級ぽい杖だけど、特別変なところはないかなぁ・・・」
「ああそのとおり。見た目は普通の杖だ。でもねぇ・・・それは地球に残された唯一無二の存在、知れば誰もが驚天動地、紛れもない魔法の杖なのだよ」
「え?」
「ハハハ・・・まぁそう言われて信じられないよね?当然だ。それじゃ杖は返してくれたまえ」と言って老人は手を伸ばした。
「そう言われたら簡単には返せないんですけど」ヨウコは相変わらず感情を抑えた声でそう答えた。
「ようだよ!返しちゃダメだってヨウコ!!」レイカがそう強く訴えた。
「フフフフ・・・君たちがこの杖を持っていても意味がないのだよ。閉じた扉は開かいないし無論帰ることもかなわない」
老人はそう言って伸ばした腕の先の手のひらを二三度手招するような動きをした。
「確かにそうかも」と言ってヨウコはあっさりと老人に杖を返した。
「なんで返すの?返しちゃダメだって!」レイカが言ったがもう遅い。
「ありがとう。この杖は以前から随分古い時代のものだとはわかっていたが、普段使いでちょうど良いと思って長いあいだ普通に使っていたのだよ。しかしそんな中で私が偶然この杖の真の力に気づいたのは、まったく私の気まぐれ偶然の成り行きだったのだ。まさかそんなやり方で神話の時代のとてつもない偉大な存在が施した封印が解けるなどとは誰も思わないのだから」
「なにそれ?鍵って」レイカが問いかけた。
「それは簡単には教えられないよ。もし君が私の家族になり、いずれこの力の後継者になる、というならやぶさかではないがね」
「後継者なんて絶対無理だし・・・」レイカがあからさまに嫌な顔をして答えた。
「で、その力でここにあなたがこの城を作ったわけなの?」
「城ではなくビルディングだがね。私はここでもビルのオーナーなのだよ。このビルは大小169室あり、地下3階地上10階で構成されている。設計図は自分の頭の中ので構成した意思とこの杖を作った偉大な文明の叡智が螺旋を描くように自動創世されるのだ。全く信じられない脅威の力だ。この空間自体我々が元いた地球、つまり東京とは違う違うとある別の概念世界だ」
「なんか狂気の沙汰にしか聞こえないんだけど、たしかにそうとしか思えない。あなたのいう別の世界っていう意味はつまり異次元てこと?」とヨウコはさらに老人に問いかけた。
「ああ異次元という言葉で片付けるならそのとおりだ。しかし異次元の概念をそもそも君は理解しているのかな?」
「数学的になら縦横奥行きで三次元、時間で四次元、そして異空間を表す五次元。ならわかるけど、概念はわからない」
「素晴らしい!君は何か特別な教育を受けているのかい?」
「いやちょっと前に興味あって、科学系YouTuberの動画見ただけだけど」
「確かに数学的には君の言うとおりだ。しかし科学の世界で異次元と呼ぶものは想像のモデルに過ぎない。この世界は私が理解していた物理学の法則や地球上の現代文明の常識をはるかに超えている。この杖に宿る魔術的な力は真に神秘の力なのだよ。この杖の封印をたまたま私が解いてしまった時に、強烈なショックと共に情報の津波が私を襲ってきたのだ。この杖に内在していた無機質的な遺伝子のようなきめ細やかな煌めく螺旋状の波が止めどなく私の魂に入ってきたのだ。それが何なのかをいちいち今とうとうと君たちに説明するのは無粋だし無理な話だ。ただ君のような理知的な女性に言えるのは、この杖を創った者達の文明は今ある人間の始祖に当たる生命だと言うことだ。彼らは人間ではない。それだけは言える」
「なんかめちゃくちゃ長いし、よくわけわかんないけど、それってよく月刊誌ムー的な地球外生命体とかそういうこと?」さすがにヨウコもまゆをひそめて少々疑わしそうにも尋ねた。
「地球外生命体か・・・たしかにそうなのかもしれないね。しかし残念ながら始祖の起源までは記録されていなかった。それは私に情報クリアランスが足りないかそもそも私たち人間にはあずかり知れないことなのだろう。ところで君はヒトゲノム、つまり人間の保有する遺伝子解析は終わったとかいう話もあるが、それでもまだ不明または誤解されたまま放置された遺伝子があることを知っているかな?」
「いや知らない」ヨウコはあっさり答えた。
レイカは二人の会話にきょとんとするばかりだ。
「人類が猿から進化したというのは、猿と符合する遺伝子を持っているからだ。しかし猿から人間なるには大きなる飛躍があるとは思わないか?」
「・・・確かにそうかも」
「そうさ。猿に人間性を植えつけた存在が居るのだよ。そして実はその存在は人類が誕生した紀元前100万年前後まではこの地球に存在していたのだ。しかしながらアダムイヴが生まれた後、しばらくして彼らは一人残らずこの地球上から消えてしまった。だから考古学でどれだけ地面をほっても彼らの残骸は出てこないし、不明の遺伝子は永久に未解明のままだろう」
「それでつまりあんたの杖は、その人間の始祖の存在が作ったもので100万年前に地球に忘れていった杖だってわけ?」
「君は本当に素晴らしい!ますます気に入ったよ。そのとおりだ。人類を産んだというか、猿に知性をもたらした彼らはその後、間もなく文明ごと地球から消えた。他の異空間へと幽霊のように消えてしまったのだ。理由は私もよくわからない。ただ彼らの残した杖がたまたま私の元にやって来て、蓋然性を秘めた偶然が重なって封印を解いてしまった私は、彼らの尋常ならざる時空をも操る力を得たのだ。」
「なるほどね。それで私たちを一体どうするつもりってわけ?」
「まぁここにいて、我々の家族になってもらいたい。私たちが元いた世界はもはや人が多すぎる。野心と欲望は右肩上がり、空気は汚れ、異常気象による熱波に各大陸には甚大な森林火災、世界規模の人の移動によって新型の疫病が生み出され流行し、複合的なフラストレーションによる紛争と戦争がこれからさらに増えるに決まっている。もしかすると始祖たちはあらかじめ、こうなる事態を予期して去っていったのかもしれない。しかしながらこの世界に居る限り、君たちには充足した生活を保証しよう。無限のパーソナルスペースと、地球にいた頃のような、いつも何かに追われるような生活をする必要はない。いずれ必ずここに来てよかったと思うようになるだろう」
「嫌だよ!私は絶対に帰りたいよ」しばらく黙っていレイカが怒気にも似たつよめの声で言った。
「最初は皆同じくそう言うんだ。しかしだんだんと気持ちが変わってくる。以前の世界で自分が感じていた常識や感情は押し付けられたものだったと気づくようになる」
「ヨウコこの人の話に乗っちゃダメだよ!絶対頭おかしいって!」レイカは興奮気味にまくしたてた。
ヨウコは返事をせず、黙ったまま何かを考えているようだ。
「どうやらレイカくんは不都合な真実をつきつけられて少しヒステリーを起こしたようだね。まぁ落ち着き給え。時間はたっぷりあるんだ。ゆっくりと考えればいい・・・フフフッ」老人は顎鬚をさすってニヤリと笑った。
しばらくそのまま沈黙の時間が流れるのだった。
つづく