第12話

文字数 5,754文字

「え?・・・誰?」老人の隣に立っていたヨウコは、突然現れた人物に気がついて思わずそう声を上げた。


「おい!キー坊!!この前と違う女の子がいるぞ!?」ヨウコの姿を見ながらウッシーが反射的に大きな声を出した。

「あれ?怪異シーカー!?」ヨウコは二人がさっき見たYouTube動画の人物だと気づいた。




「なぜだ!扉は閉じていたはず!!なのになぜ?いったいどうやって入って来たのだ・・・?」老人は自分の想定外のことが起きてしまった現実を受けられないといった様子だった。深いシワの間に刻まれた間に潜む細かった目はいまや大きく見開かれ、その驚きを表明していた。そして老人はもう一度キー&ウッシーに向かって問いかけた。

「どうやって入ったんだい?」


「どうやってって何も・・・。あの廃墟ビルディングの五階の端の方の壁に入り口があったはずだと思って、その壁を押していたらフワッと緩まって、堅いはずの壁をすり抜けて気づいたらこっちにってて感じだよ」ウッシーが答えた。


「一体どういうことだなんだ?・・・もしや量子的重ねあわせ現象が起きたっと言うことか!?そうか!!君たちは何もないはずの壁に、ここにつながる為のワームホールのような時空に開いた穴の存在を知っていた。しかも二人ともだ・・・」老人は唸るような口調でひとりそれを口走っていた。


「僕らは二人一緒に壁を押したんです。そしたら一瞬意識が飛んでしまって、気づいたらここに・・・」キーが後に総説明した。

「そういうことか・・・。君たちは一度ここに来て、異なる世界が存在するという多世界解釈の概念を知ってしまった。そしてあのビルの五階の壁に対する現象に対する観測者として、君ら二人の意識が重ね合わされた状態で量子的重ねあわせが発露された。そして閉ざされた隔壁が無効化されてしまったのかもしれない。私としたことがなんと愚かな・・・」



「繰り返し勝手に入って来たみたいな感じですみません。オーナーさんに聞きたいことがありまして」キーは丁寧な口調で尋ねた。


「何だ?」


「この前ここへ来た時、横たわっていた少女がいましたよね?あの時あなたはそれを自分の娘だと言った。そして今ここにはその時とは別の少女がいる。そのコもあなたの娘なのですか?」


「い、いや違う!私は娘じゃないしここにさっききたばっかりだって。この人は女の子を次々誘いこんではこの世界に閉じ込めて洗脳しているんだよ!」 ヨウコは訴えるようにキーに答えた。


「なんだって!?やっぱりキーの言うとおりだったのか・・・?」ウッシーも驚きを隠せない様子だ。


「むむ・・・」老人が低い唸り声を上げた。


「村山台駅近くのこの廃墟ビル周辺では、若い女の子が何人も失踪している。今どき居場所をなくした家出少女なんか珍しくないし、トー横にでも行ったのだろうというとネットでは囁かれたりもしていた。でもそれにしても、この村山台に限定した失踪者は他に比べてその数が異常だった。それはつまりこういう訳だ。この廃墟ビルディングと、オーナーであるあなたという存在が関係していたというわけですね?」


「失踪とはなんと馬鹿なことを・・・フハハハハッ」


「あなたはかつてあのビルのオーナーだった。しかしいつからは知りませんが、不思議な力を手に入れたあなたは自分の個人的な欲望を満たす場所を作ろうと目論んだ・・・」


「君がなにを思うも自由だ。しかし私は冷たい社会で凍える彼女らを救いたい一心の善意の人間だよ。あの世界こそが煉獄もしくは地獄を呼ぶべき世界でないのかな?子供を作りたくないと思えるほどの地獄は無いと思わなかいね?そんな世界に生まれた子どもたちも親の愛と将来への望みを失い、さっき君が指摘したようなトー横という似非避難所に逃げ込んでいるのではないかね。話によると、そこにいる悪い大人の甘言にそそのかされて、市販薬や処方薬を過剰摂取しては死ぬに死にきれんままその痛みに酔いしれていると聞いている」 老人はこの世の辛苦を嘆くように虚空を見つめながら長セリフを吐き終わる。

「確かにあんたの言うとおり、トー横はそういう場所なのかも知れない。でも良い大人もたくさんいますよ。彼女たちをそういう悲劇から助けようとする善意の団体も活動しているはずだ」ウッシーが老人に問いた出すように言う。


「それは本当に善意なのかい?迷える子どもたちを哀れに思いつつも自分が善性であろうとする大人たちは、世界が地獄ではなく楽園だと子どもたちに思わせることに必死なだけじゃないのかねぇ?そして一方若きものたちの対極としての老人らは、もはや尊敬の対象ではなく汚物を垂れ流すだけのお荷物あつかいではないか。老人ホームと行っても結局現代の姥捨山ではないか?綺麗な戯言で飾りつけているだけで、二十一世の日本の社会の中に、本物の良心を見出すことはもはや出来ない業ではないかい?ちょうど地方はシャッター街と空き家だらけなのに、東京周辺にはきらびやかな高層ビルが建築ラッシュで乱立しているように」老人はそういうとウッシーを見てニヤリとしたその眼光を向けた。

「老人に関してはよくわかりませんが・・・・」ウッシーは少し狼狽したように口ごもった。


「そのような諸問題を本来すべからく処方すべきはずの政治は、膿を出せず自らの毒によって緩やかに腐敗しているではないか。世襲政治家どもが与する与党は欺瞞を纏いながら、人々の辛苦に耳を傾けるふりをするだけで、もっぱら自分たちの権力と資産を増やすことにいそしんでいる。そんな世の中に本当の受容や愛が育まれるわけもなく、少子化が進行する悪循環に陥るのも無理がないというものだ。そんな地獄の如き現世に生きる人々は、まるで麻薬のように異世界物語のアニメを消費し没入しては、醜悪な現実を忘れたいのも無理からぬことだ。しかしそれはあまりに惨めで可愛そうではないか?私はそんな絶望する異世界中毒者があるれる日本に心を痛めている善意の人間なのだよ。言うなればそれは、地獄であることを拒絶する地獄。ある意味どんなホラー映画で描かれる地獄よりも恐ろしい場所ではなかろうか。そんな最悪の地獄から迷える少女たちをまずは優先的に救わねば!っという使命に従い、私はこの場所に楽園を想像したのだ。この新世界にパーフェクトに安全安心天国のようなシェルターをねぇ・・・フフフッ」





「何いってんの!?少女たちを救う!?あんたレイカをあんな酷い世界に追いやったくせに!!」レイカは怒りに肩を震わせながら異を唱えた。


「レイカだって?それって他にも女の子がいるってことか?」ウッシーがヨウコに尋ねた。

「私の友達も一緒にここに来てしまったんだけどそのレイカは・・・こいつによってこことまた別の核戦争の起きた世界に突き落とされてしまったの!」ヨウコはわかってももらおうと全身で訴えた。

「レイカくんは・・・残念だったがこの世界に混乱を生み出しかねない問題児だと私は判断したのだ。確かに彼女には酷ことをしたかもしれないが、それもすべてこの世界をサステナブルな場所にするための処置なのだ。先見の明を持つ人間が厳しいその責を引受けるしかあるまい。時に心を鬼にすることも先導者に必須の心得というものだからだ」老人はそれが本当に自分の本心からの言葉であるような態度で語った。


「な、なにを言ってるの・・・?」ヨウコは愕然としながらすこし青ざめた顔で老人を見ている。

「ヨウコ君。君はまだわかっていない。子供だから無理もないか。しかしこの世界が真に楽園となった時には君もわかってくれるだろうて。なにせ君は賢い子だからね。フフフフッ」


「キー坊・・・・こいつは厄介だな。この後のプランはなにかあるのか?」ウッシーがキー坊に小声で囁いた。


「まだ奴の手の内がわかってない。もう少し情報を引き出したい」


「もし強行突破するなら俺が仕掛ける。相手は老人だ。不意をつけば力で押さえつけることも簡単そうだぞ」


「ああだがまだ待ってくれ。もう少し話を伸ばしたい・・・」



「君たち何をヒソヒソ話しているんだ?詰まらぬことは考えないほうが身のためだよフフフッ」老人は杖を床に軽く打ちつけながら言った。



「ああ、わかってますよ。あなたがこの世界に理想郷を作ろうとしているということはわかりました。ならば、そのために必要なことがあれば僕たちも力を貸しますよ」


「その必要はない。全てはこの杖一本のみで事足りているのだよ」


「杖?・・・その杖に何か力が?」


「そのとおり。この杖と私の精神がすべてを構成し理想を成し遂げるための源泉なのだよ。つまり君たちに何も期待していないし、やってもらうこともない。本来ここに居てもらう必要性もないということだ」


「なるほど。では帰ったほうが良さそうですね。だがそのまえに、僕たちは個人YouTuberなんですが、実は超常現象について研究しているんです。なのでその杖の力というものに興味深々なんですが・・・そんなものをいったいどこで手に入れたんですか?」


「それを君たちにそれを話したところで意味をなさんだろうし、余計なことをされても困る。そもそもここにすべての人間を入れるつもりは無いのだよ」


「僕たちははやり招かざる客ということですか?」


「そうだ。しかしこのまま帰ってもらっては結局また君たちは懲りずに三度でもやって来そうだねぇ。また突然好き勝手に来られては困る」


 その時ウッシーが何やら、キーに向かって目で合図してつぶやいた。キーは一瞬そっちに目をやり頷いたように見えた。


「わかりました。もうこの場所に来ませんし忘れるようにします。しかし最後に隣の少女に最後に確認させてください」


「これ以上話したとて無駄だろうと私は思うが・・・」


「その制服ってたしか雛城高校だよね。君の名前は?」


「ヨウコ」


「君はこの場所にいたいのか?」


「私・・・・居たくなんかないよ。けどここに居ると約束しちゃったし、それよりなにより友達のレイカを残してひとりだけ帰れないよ」


「レイカというのは君の友達だよね。さっきその子が地獄に落とされたと言ったが彼女のところに助けに行くことは?」

「それは・・・・」ヨウコは口ごもった。


「そのへんでもう終わりにしよう。これ以上会話をしても時間の無駄だろう。君たちはもう帰りなさい」


その時不意にキーがウッシーを見て合図した。
それを機に待ってましたとばかりにウッシーが猛ダッシュした。 

 彼らのいた壁際から老人までの距離は7、8メートル。その距離を詰めるために、アスリート体型のウッシーには二秒あれば事足りそうだった。ウッシーに少し遅れるかたちでキーも加勢しようと後を追った。


 老人は口元に余裕の笑みを浮かべていた。彼らが動き出すことを待っていたかのように、右手に持つ杖を振り上げて、目の前に新たな空間を呼び寄せ、瞬時に見えない壁を作った。そこに完璧に透明なアクリル板のような厚い壁が立ちはだかっていた。ウッシーはそれに気がつくことが出来ずに、顔面から壁に激突すると、大きな衝撃音を鳴らしながら後方に大袈裟にひっくり返った。その後に続いていたキーは慌てて足を止めて、倒れたキーの背中を抱きかかえた。

「いってぇ・・・」鼻から血を吹き出しすウッシーはうめき声をもらした。眉間をきつく歪ませながら鼻から溢れ出る血を止めようと掌で押さえつけながら痛みに耐えていると言った感じだ。どう見てもしばらく立ち上がれそうになかった。


「大丈夫か!?」と尋ねながらキーはウッシーの止血をするために何かないかと手荷物を探した。


「つまらぬことは考えなるな、と先ほど言ったはずだよ。と言っても君たちはとにかく痛い思いをしなければわからないようだねぇ」



「ちくしょう!!」ウッシーは時間差で腫れ上がってきた左目を抑えながらその悔しさをにじませた。鼻血は盛大に流れ続けている。

「これを使ってくれ」キーはそう言ってハンカチを取り出すとウッシーの鼻を覆ってやった。



「どうしたらいいの・・・・」不安げにそうつぶやくヨウコは、老人に左手で掴まれていて何も出来ず立ちすくむしかなかった。


「オーナーさん・・・あなたは確かに本当に魔法のような力を持っているみたいだ。参りましたよ。おとなしく退散します」キーは気持ちが折れたのか素直に負け認めるように両手を上げた。


「素直であることは良い心がけだ。だがそうだなぁ。せっかく来たんだ、帰る前に君たちにはもう一階この杖の力を見せてやろう」と言って、何かをぶつぶつ念じながら虚空に複雑な軌道を描くように杖を振るった。


「あっ」


「うっ」

 ウッシーとキーはそれぞれ悲鳴に似た短い嗚咽を残して居なくなってしまった。消えたあとには、彼らが着ていた衣服と装備が、人の形を崩すように落下してその場の床の上に二つの歪な山を作った。


 ヨウコは消えてしまった二人の姿を求めるように部屋を見渡したが、どこにも彼らの姿は見当たらず、自分の目が信じられないと言った様子だった。



「君たちはこの姿で元いた生き地獄のごとき世界へと帰ってもらおう」老人が消えたはずの二人に向かって言う。


「何を言ってるの?」ヨウコは驚愕した様子で老人に尋ねる。


すると出来た二つの衣服の山がそれぞれモゾモゾと動き出し、服の間から何かが頭を出した。それはネズミだった!!



「ほら、早く帰らないと踏み潰してしますぞ!」老人が嬉々をして声を上げた。


「ほら壁に小さな穴があるぞ!頑張って逃げたまえ!!フハハハ〜!!」



 老人の心底面白そうに笑うが声が部屋に響いた。彼はゆっくりと二匹のネズミ追っていった。革靴の乾いた音から逃れるために猛ダッシュして、二匹のネズミはいちもくさんに駆けていって穴へ中へと飛び込んでいった。

老人は満足そうにそれを見届けていると、小さな穴はみるみる塞がっていって、気づくとただの白い壁に戻ってしまった。

「これで彼らもさすがにもう来れないだろう。そもそも前回やって来た時に、彼らをそのまま帰すべきではなかったのだな。失敗からまたひとつ学ぶことが出来たよ。学びの喜びというものは尊いものだとは思わないかね?ヨウコくんフフフッ」


「酷すぎる・・・・」ヨウコの目に涙があふれていた。


To be continued.










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登場人物紹介

芹沢ヨウコ。都立雛城高校二年生。実質なにも活動していない茶道部所属。勉強は得意だが興味のある事しかやる気が起きないニッチな性格。根はやさしいがさばさばしているため性格がきついとクラスメートに思われがち。両親の影響のせいで懐疑派だがオカルトに詳しい。

水原レイカ。都立雛城高校二年生。芹沢ヨウコとは同級生で友人同士。弓道部所属して結構マジメにやっている。両親に大事そだてられていて正確は優しくおっとりしているが、素直すぎてなんでも信じてしまう。ホラーは好きでも実は苦手だけど痛い目にあっても大して気にしないし見た目より図太い。

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