第15話

文字数 5,857文字

ヨウコと白髭の老人は、奥へ続く回廊へ進んでいき部屋は無人のはずだった。


しかし部屋のどこかで空気を振動される何かがあった。

黒猫はそれを察知してか身を屈めて警戒している様子だ。

すると白い天井の一部から大きな黒い雫が一滴ゆっくりと滲み出てきた。そして振動ははっきりした振動音にかわり、その物体が震源のようだ。



「Booooom....Booooom.... Booooom....」



低周波振動はバイブレーションとして異様な音を発しているが機械音というより有機体、もっといえば昆虫や節足動物が跳ねや体をこすり合わせた時の摩擦音に近いようだ。壁をすり抜けてきたそいつは、天井から落下して床で跳ねるかと思いきや、白い部屋の中心に浮いていた。それは黒い雫ではなく人間の技術の粋を集めたオーパーツのように歪みのない完璧なRを描くみごとな球体だった。自分が生きているか何かのエネルギー体の証であるのか奇妙な振動音を鳴らしたまま黒光りしたそれは空に浮いたまま静止画のように微動だにしなかった。


「ᚡᚢᚣᚤᚥᚦᚧᚨᚩᚠᚡᚢᚥᚦᚥᚦᚧᚨᚩᚣᚤ・・・・」


突然聞こえる名状しがたい音の羅列だった。その意味不明な言葉もしくは呪文は空間に消えていった。


すると今度は奥の回廊からから大きな人間の悲鳴が反響しながら聞こえてくる。


「ぎゃあぁぁっ!!」



その悲鳴は近づいてきて、最後に大きく高い声が白い部屋にこだましたかと思うと、それは凄い勢いで回廊を駆け抜けて来たヨウコだった。間もなくその後を追ってきた謎の人影が現れた。


その謎の怪人は、暗い色をした外套を着ていて、フードから覗く顔の部分には、仮面のようなもしくは皮膚がただれてしまったものなのか、正常な人間のそれではない、形容しがたい異様な容貌をしていて、ヨウコが怖気て大きな悲鳴を挙げるのも無理はなかった。その謎のの怪人はヨウコに謎の言語で語りかけた。

「你明白我的意思吗?」

「なに?なんなの!?」

ヨウコは部屋の隅近くに身を縮めながらも、怒気が込められた言葉を返したが、謎の怪人は特に威嚇したり怯んだ様子もなく悠然と立っていた。そして怪人は立て続けに幾つか違う国の言語でヨウコに語り始めた

「Bạn có thể hiểu được những lời này?」

「한국어를 이해하십니까?」


「韓国語は何かわかったけど、日本語しか話せないよ」




「これならわかりますか?」


突然聞き慣れた日本語の言葉が来て、ヨウコは拍子抜けしたようで、帰す言葉が出ない様子だ。


「わかる・・・でも!あの老人をどうやったの!?元廃墟のオーナーとか言うあいつは消えちゃったの?あんたは仲間ってこと?」



「まぁ仲間と言われればそうですねぇ。しかしそれももうかなり前のことの話ですが・・・」


「いやいやいやもう勘弁してよ!わたしに何のようがあるの?」


「いやいやー謝るのはこちらの方です。あなた方には随分とご迷惑とご心配をお掛けしたようです。帰りたいならば希望通りお帰ししますのでどうか心配しないでください。それにしても日本語は、文法が難解だし語尾の変化がいと多き言語ですねぇ。まぁでももう少し落ち着いてください。ヨウコさん私ともう少し会話が出来ますか?」


「終われば・・・ほんとうに帰してくれるの?」


「ええ、あなたが元いた世界に帰って頂いてけっこうです」


「てかあなたは誰?」


「私は観察者です。世界をひたすら愚直に見つめる者です」


「ん?・・・観察者?見つめる者ってどういう意味ですか?人間ではない・・・ってこと?」


「人間と言えばわたしも人間です。しかし詳しいお話をすることはなかなかどうしてあなた方の時代似あわせた表現で言えば、クリアランスが高く付くというかセンスティブな内容と言いますか・・・」


「いやあなたがいま会話しようって言ったんでしょ。国の政府の人みたいにでいろいろと秘密だらけってこと??」


「確かに言いましたね。では仕方ない、率直にお話しましょう。あなたが元の世界に帰って仮に誰かにここでの話をしたとしても、誰も信じないでしょうし」


「そうだ!それよりも、私の友達のレイカに、あと他に二人のYouTuberって言ってわかります?追放されたりネズミにされたりみんなめちゃくちゃな目に遭わされてんですけど、そっちはどうなったの?」


「はい。もちろん把握してます。ネズミにされた男二人はあれの中に保護してるから大丈夫ですよ」


そう言って謎の怪人は、宙に浮いている黒い球を指した。その指をよく見てみるとそれはどう見ても人間のものじゃなかった。指の長さと本数が違う。パット見て鳥か爬虫類の手のようにも見えたが、どちらかというと魚の細かい鱗のようなものに覆われているようだ。



「レイカは?」


「彼女の方も保護しています。もうすぐここへやって来るでしょう」


怪人がそう言うと、今度は白い床の下から黒い物体が泡ぶくのようにむくむくと湧き上がって来たかと思うと、それは宙に浮いて、先に天井から出てきた球と共に対になった。


「この球体の中にいるってこと!?それも魔法の力?」


「そういうことです」


「杖がなくてもできるの?」


「杖ですか?まぁ別に持っていなくても構いませんが・・・まぁ杖ならここにありますよ」



と言って怪人はローブの中から手慣れたマジックでもするかのように、素早い手さばきで引っ張しのか気づいた時にはその左手に黒い杖が収まっていた。


「それってつまりあなたもやっぱりあの老人のお仲間ってことでしょ!?」



「いやまぁそうなんですがその点はご心配なく。彼と私は違います。あなたにかなり酷い思いをさせたようですが、彼はもとは素晴らしい感性を備えたよっぽど私よりも優秀な人間でした。しかしどうやら地球の毒気にやられてしまったようですね。しかし彼があのような変貌を遂げていることを気づかずにこの廻間に隠匿していたことを見逃していたことは、私の落ち度でした」


「な、何言ってるか変わらないけけどさ・・・とにかくあいつを捕まえてどっかに隔離したって感じな話?」



「その通りです。彼は私のほうで保護しました。なのでもう大丈夫です」

「なるほどって言いたいけど、こっちに来てからずっと意味不明なこと連発で、悪夢見させられてる感じなんですけど、これってそもそも現実?自信なくなってきた・・・」


「現実ですよ。しかしながら私にとっても地球に生存する生身の人間に会うなど、あなたと同様に夢みたいな感覚です。この邂逅がどれほど振りなのかもはや正確に思い出せませんが、かれこれもう数十万年は経ってしまっていると思います」


「数十万年!?」


「はいそうです。私とあなた方人間の時間感覚は違いますが、地球時間で言えばそのくらいになりますねぇ。私の感覚的に言ってもかなり前のことではありますが」


「もしかしてあなたがその・・・老人なんて言ってたんだっけ?・・・・そうだ! もしかしてあなたがその、人間の始祖とかいう?」


「その呼び方めちゃくちゃ恥ずかしいですねぇ。彼がいってたんですか?始祖と呼べるかどうかはわかりませんが、確かに私たちがあなた方地球における人間の始まりに関与していますけど」


「つまり人間を作ったっていうことは・・・神様ってこと?」


「神様ですか?うーん・・・たしかに私たちはいつくかの宗教や伝承による神話のモチーフにされているようです。プロビデンスの目のシンボルや、万物を見通す目とか言われる存在ははつまり、たしかに私たちのことを暗示しているのでしょう。しかし私は神ではありません。私たちはあくまで観測者です。世界をつぶさに見届けるために存在しています。流浪する万物の移ろいを俯瞰することに至上の喜びとしている者と説明出来るでしょう」



「それってどういう意味?」


「あなた方にも同じ人間性が備わっているからわかるでしょう?例えば動物園というものがあります。あなた方はそこに自分以外の様々な種族の動物を集めますよね?そしてその生態を観察して興味深いと面白がったりしてませんか?」


「た、たしかに・・・」


「それと同じです。それがまさしく人間性ですから。そんなことをする種族は人間以外いがい居ないでしょう。つまり私たちの特徴を継承しているわけです」


「てことはやっぱりあなたは神みたいな存在ってこと?・・・それじゃあの老人が言ってたとおり、猿に人間性を植えつけたっていうのは本当の話だってこと!?」


「猿人という言い方はあなた方にとって侮蔑的な言い方かもしれませんが、端的に言えばつまりそう言うことです。地球と呼ばれる惑星の他にもにも、ネズミ人間やトカゲ人間にあとアリ人間という種も存在します。しかしそれらの種族は長く繁栄することは出来ず終焉を迎えましたがねぇ」


「アリ人間・・・?」


「そうです。信じられなくて当然でしょう。戯言や与太話だと思って結構です」


「いやそこまで言うつもりないですけど、人間を観察するためにあなたは存在しているの?」


「これまでさまざまな種に対して我々の人間性を試しました。良好な経過を観ることもあるば、ただただ幻滅に帰するような結果に終わることもありました」


「見るのが仕事なの?」


「仕事というのも人間ならではの表現ですね。しかしこの場合仕事というよりは目的または本分と言ったところでしょうか」

「つまり私たちは観察される実験モルモットと同じってこと?」

「そうですね、謂わば途方もなく大規模で制限のない動物園の主役と言ったら分かりやすいでしょうか」


「観察することが楽しいわけ?」


「では聞きますが、あなたは何の為に生きて生きているのですか?」


いや・・・そう言われれば難しいけど、勉強したり、楽しみを見つけて


「私も同じです。それが人間性ですから。子孫を残すのは他の動物と同じです。人間といってもそれぞれ個性がありますが、一日中蟻の巣を観察したり、外国の素晴らしい景観を見るためにいかなる労力を惜しまなかったり、創作物語に意味を求めたり、物語の結末に感傷的になったりまたは逆に苛立ったり。何故かそこに生きる意味を感じるでしょう?それ以上のことはありませんし人間とはそういう不思議な生命ですから」


「なんか哲学の先生みたいな答え・・・」


「その感覚いいですね。いま私はあなたを自分の娘のように感じました。これこそ人間です。そしてこうしてあなたという本物の地球の人間に会えたのですから、いま私もかなり良い気分です」


「なんか調子崩れるなぁ。てかそう言えば!あの頭がぶっ壊れた老人ですけど、あいつが自分の娘って呼んでた少女たちはこの後どうなるんですか!?かなりの人数この奥のスペースにいるって聞いたんですけど、言ったら神隠しにされたみたいな子たちがいますよね?彼女たちは帰してくれるんですか?」


「それは難しい話です。残念ながら彼女たちの魂はここにありません。元は地球にいた人間ですが中身がすでに違うものに変わってしまっています。彼女たちは地球に戻ったとしても元の人げとして普通の生活をすることは難しいでしょう。再会したとて彼らを待っている人々にとってもそれは不幸なことになるでしょう。残念ですが」


「それは心を壊された?とか、そういう意味?」


「そうです。率直に言うと我々はそういうことが出来ます。念の為もう一度言いますが、あなた方にとって脅威的に思えた白髪の老人の男も、本人が望んでああなった訳でないのです。悪運が重なりああなってしまったようです。その結果本来起きるべくもないことが、閉口していたるべきこの場所に引き起きてしまったようです。しかしながら話せるのはここまでです。これ以上の詳細は残念ながら言えません。聞けばあなたも元の世界に戻れなくなりますので」


「聞かなくていいです!ちょっと気になっただけ」


「それでは彼女たちのことは保護してその後どうするかは、我々にまかせてください。あなたの方は元の世界に戻って普通の生活を送ることが出来るでしょう」


「でもキー&ウッシーとレイカはさっき言ったとおりちゃんと解放してくれるんですよね?」


「ええ。でも面倒な記憶は残らない方がいいので、彼らは元世界のビルの五階で解放しましょう。それ以外に何か話しておきたいことはありますか?」


「えーと・・・変な話かもしれないけど、幽霊って実際に存在するんですか?」


「それはつまりそれは超常現象や心霊現象と呼ぶ事象についての質問でしょうか?それについて残念ながら私も正しい答えを持っていません。しかし目に見える世界がすべてだと思ったら大間違いです。逆に目に見えない世界に無理やり目を向けろとも言えません。大切なのは内も外もしっかり観察することです。でもすで今あなたは本来見るべきでない埒外の世界を見てしまっているじゃありませんか?あなたがいるこの場所があなたの言う霊界なのかもしれませんよ」


「た、たしかにそっかぁ、変なこと聞いちゃったかも・・・すみません」


「あやまらなくてもいいです。さらに、もうひとつだけ言葉を付け加えますと、この世界に身を置いたあなたという存在が、元の世界に戻れば、それだけで何かしらの影響を世界に及ぼすことでしょう。それは良いことなのか悪いことか断言できませんが、それを楽しみなさい。そして人間らしく観察するのです」


「なんかエグいこと言われてる気がするけど・・・わかりました」


「私が伝えられるのはそれだけです。それでは黒い球二個をお供にして元の世界にお帰りなさい。元いた世界であなたのお友達三人は元の姿に戻り、球は消えているはずです」


「わ、わかりました。それじゃ・・・えっと・・・ありがとうございました」


ヨウコは恭しく丁寧に一礼した。


「あなたと会話が出来て良かったです。最後にこれは忠告ですが、帰ってからここでの話はしないほうがいいでしょう」



「わかりました・・・」


「それでは・・・」


最後にそういうと、怪人は踵を返して足音もさせず、部屋の奥の回廊へと姿を消した。


このされた黒い二つの球は呼吸をしているかのように規則しく振動しながら宙に浮いていた。しかし唐突に動き出したかと思うと、白い壁に突入していってそこに大きな円形の穴が開いた。その穴の向こうにあの廃墟ビルディングの寂れた暗い空間がぽっかりと広がっていた。そこからは陰気さと共にカビ臭さがわずかに漂って来てその匂いにヨウコは懐かしさを感じた。彼ら人間たちの本来生きるべき世界だ。


ヨウコは黒い球が開けた大穴から壁をまたぎ向こう側へ渡った。

To be continued.
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登場人物紹介

芹沢ヨウコ。都立雛城高校二年生。実質なにも活動していない茶道部所属。勉強は得意だが興味のある事しかやる気が起きないニッチな性格。根はやさしいがさばさばしているため性格がきついとクラスメートに思われがち。両親の影響のせいで懐疑派だがオカルトに詳しい。

水原レイカ。都立雛城高校二年生。芹沢ヨウコとは同級生で友人同士。弓道部所属して結構マジメにやっている。両親に大事そだてられていて正確は優しくおっとりしているが、素直すぎてなんでも信じてしまう。ホラーは好きでも実は苦手だけど痛い目にあっても大して気にしないし見た目より図太い。

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