第9話

文字数 6,692文字

「やってることただの犯罪だって!奥に行った女の子たちも誘拐してきて監禁してんじゃないの?」


「おやおや犯罪者扱いとは心外だねぇ。そもそもここにやってきたの君たちの意思じゃないのかい?不法侵入した君たちを私は怒るどころか寛容に接しているつもりだがね」

「そ、それは勝手に入ったことは誤りますけど・・・」レイカのアガった剣幕がトーンダウンした。


「君たちを冷遇するどころか、元いた世界では得られなかったことも大抵ここで叶えることが出来る。私は君たちはを歓迎すると言っているんだ。もちろん他の娘たちも避難してきた君たちを喜んで受け入れるだろう」


「夢を叶えて欲しいなんて言ってないです。ただ帰りたいだけです・・・」


「「なにも宣伝してないのに君たちのような若者たちが次から次へとここへやって来る理由を私はちゃんと知っている。聞けば皆この私のビルディングを心霊スポットだと聞いて来るのだという。未知の存在もしくは死後の存在の真偽を突き止めたいという、人間が根源的に持っている生と死についての飽くなき好奇心と、知ってか知らずか自分が存在する現実の世界から異界へ逸脱してみたいという隠れた陰の願望とが表裏一体になってやって来るのだ。つまり無意識の死への渇望と生への執着。私はそんな君たちのアンビバレントな願望を叶えてあげようと言っているのだよ」

「いや別に、私は異世界転生したいなんて思ったこと無いです」


「異世界?昔は異世界ではなく異界とよんだったはずだが、今は異世界が通例なのかね?」


「細かい事はよくわかんないですが今はそうみたいです」


「なんだかややこしいねぇ。今の若者はエモーショナルなシナリオをエモシ、気持ち悪オタクをキモオタ、ゆるいキャンプをゆるキャンとかなんでも短くすると聞いていたんだが、なぜ異世界と長めに言うのだね?なぜなのかなぁ?異界転生、いや異転物ではダメなのかい?」


「いや理由はわかんないけど、短すぎるんじゃない?」


「よくわからないねぇ。君たちの物事についての基準は曖昧でいつも理解に苦しむ。ともかく異世界転生の物語が命和の時代では受けているらしいねぇ。なんでも現実の世界で憂き目にあっている人間があるとき死と再生、または魔法の力によって異世界に転生するとかしないとか」


「そうです。異世界モノは見る読むだけで間に合ってます」レイカは続けざまのしつこい質問にウザそうにしながら答えた。


「異世界モノってのは、生まれ変わった先の異世界で出会った人間たちと友情や愛を語らい、困難を乗り越え自己実現するサクセスストーリーが多いと聞いたがそれは本当かね?」


「はいそうだと思いますが、今は単純な成り上がりハッピーエンドは飽きられて、別の世界線の亜種系ストーリーが次つぎに生まれてますけど」


「レイカ君もけっこう詳しいじゃないか。私も、娘たちから日本の人民たちで流行していることんついていろいろと聞かされているのだよ。なんでも異世界転生とか言うのがの取っては捨てられる公衆便所紙ほど流行っているらしいね。娘の一人がねえ、悪徳令嬢が中世ヨーロッパの暗黒時代に転生して死刑執行人となり、王宮の第一王女と恋に落ちて、革命が起きて最終的にその姫の首を落とさねばならなくなる物語にハマってしまってねぇ・・・本当に困ったものだ。いったいぜんたい何故そんな精神病院の便所の落書きみたいな妄想話が受けるのか私には理解できなくねぇ・・・。とにかく次から次に今もどつかのトンマの阿玉からウジ虫みたい生み出されているんだろう?」

「たしかに転生沼に一回ハマると抜けられないって友達が言ってましたけど・・・めちゃくちゃ言いますね」


「今の若い連中は沼に落ちまくっているわけだ。それが地獄であることも知らずにフハハハ・・・。その心は、現実よりも仮想世界の主人公に自我を投影させて、己の内面に潜む劣等生や秘めた裏の顔シャドウの願望を登場人物に代償的行為させてリビドーを昇華させるのだろう。そうするとドーパミンが放出されるからねぇ、気分が良くなる!そうて更に次の物語を欲するわけさ。時に荒唐無稽で馬鹿げている話であっても沼にハマった人間はある意味正気を失っている訳で、より強い情動の揺らぎさえ得られれば自分は満たされると思い込むようになる。なんと愚かな!フハハハ!」

「はぁ・・・」レイカは引き気味に相づちを打った。

「異世界モノが異常に生み出される理由は、この二、三十年のインターネットの普及のせいだろう。昔現実社会で当たり前だった人間の通しの交流は、疎ましくも億劫な事に成り下がってしまったからだよ。生まれて自然に一番近い幼い子供たちだけがまともだよ。しかし彼らも成長し物心がつくと、この歪んだIT社会に適応するようになる。そうすることで適応障害は避けても、今度は人格障害や発達障害に変わる。これを地獄と呼ばずしてなんと呼ぶべきかね?」

「人格障害とか発達障害とか突然出るのおかしいでしょ?そんな意味で使われる言葉じゃなくない?」ヨウコが尋ねた。

「よしそれならばより具体的に話をしよう。人間と人間が当たり前にしていた取っ組み合いはハラスメントと云うらしいしスキンシップはセクハラと糾弾される世の中だ。だから物語の中の登場人物に投影させてバーチャルに妄想のみででこなしてしまう。昔ならば多少擦り傷をおったとしても当然の切磋琢磨と呼ぶべき人間活動だったものが、いまやSNSでさらされることを危惧して、リスクとコスパが高く付くものに成り果て、人々に敬遠されるらしいねぇ?SNSを使いこなし他者に繋がってるつもりでありながら、その服反応として現実世界におおては人間不信を植え付けられるなどなんと愚かで浅ましいと思わないかね?しかしこれは日本だけでなく今やIT化した世界全体の問題だ。疑心暗鬼な世で人々は本音を晒せない。情報過多で五里霧中の人々は真実がわからなくなる。一方でそんな混乱を薄ら笑い匿名の仮面を着けたインターネット性人格障害者たちが跳梁跋扈している。やれやれ昔は雨降って地固まる、喧嘩の後の兄弟名乗り、災い転じて福と成す、といったものだが、それらは今ではまったくのナンセンスというわけだ」


「言ってることはめちゃくちゃたまけど、最後とか少し分かるとこもある。けどさインターネットもSNSも社会も、べつにそれが悪いわけじゃないよ。使い方がおかしい人がいるだけだよ」 真面目な顔でレイカが反論した。


「さてそれはどうだろうねぇ。インターネットは便利といいながらまるで、知ってか知らぬか自分で自分の首を真綿で縛っているんじゃないかな?いま君たちの生活において、インターネットはインフラとして絶対に手放せないものだ。使い方が悪いといったが、それは例えば、匿名でウラ垢を作り自らの内面深部に潜む後ろ暗い欲望に酔う性倒錯者とそれを見て悦ぶ者ども、一方で自己愛を暴発させたネトウヨと呼ばれる者どもがサイバー空間を我が物顔ではしゃいでいるのを見たことはないか?彼らが一部の少数派と言えるかね?人間はジキルがハイドなるように乖離させ楽しんでいるつもりでも、それを続けているうちにいつの間にか本来の自分を失っていくものだ。つまりインターネットとは緩やかに進行する自己破壊の地ではないのかな?ところで君たちは、何か怖いもの見たさでここに紛れ込んで来たなのだろうが、それならそもそも自分達のすむ世界こそ真におぞましくも恐ろしい世界ではないのかね?いや認めたくないのかな?現実社会から逃れるために、若者どころかいい歳をした男女さえも、異世界転生の物語に没入しているのたからねぇ。他人を排除した自己完結型ドーパミン生成に必死で、人間を人間たらしめる尊い精神の源泉を仮想現実に浪費するというのはもはや悲劇と言うしか無いね。いや喜劇と呼ぶべきなのかな?フハハハハ」



「ねぇヨウコ!この人になんか言ってやってよ」もう我慢の限界を迎えたレイカはヨウコに助けを求めた。


「もしかしてレイカくんにはちょっと難しい話だったかな?」老人は口元を緩めながらその眼光は鋭くレイカを見つめていた。


「じゃあ、おじさんがこの世界で作っている物事が、云わいる異世界モノではないって言うなら一体何だって言うの?」ヨウコは尋ねた。


「君は旧約聖書に出てくるノアの方舟を知っているかな?」


「知ってますけど・・・・たしかノアっていう名前の古代の男がいて、彼が神様から預言をもらって、大洪水が来るから大きい船を用意して避難しろって言われる話でしょ?」


「さすがヨウコくん!ノアは大きな方舟を作ってまもなくやって来る大洪水を前に、様々な植物の種子をかき集めより多くの種類の動物を自分の船に乗せて種の保存を図ったという神話だ」


「それでそれがどうしたって言うの?」

「そのノアとは、つまり私のことだ。おそらくノアが信託を受けたという存在は、この右手に持つ杖を創った偉大な存在の声だったのだと私は考えている。そして私がここに作り上げたものは、ノアの用意した船のように、いま世界規模で起きている異常気象・・・いやもっと甚大な結果をもたらす黙示録的な世界の崩壊から人々を安全に避難させるためのシェルターなのだよ」


「なぜそんなことを?だれに頼まれてもいないのに」ヨウコはすこし感情をあらわにして尋ねた。


「ノアだって神の信託を受けただけで誰かに頼まれてはいない。勝手に種を集めて無理やり動物を船に載せたわけさ。私はたまたまやって来た君たちの何人かをこのシェルターに入れてやっているわけだ。私がこの杖の力を見出したことはある意味信託を受けたも同義。私はその意に従ってこの場所を創りだしたのだ。逃げ遅れた地球上の人類が滅亡したとしても、この世界に避難した人類は存続するわけさ」

「なにそれ?都市伝説!?話が飛びすぎててヤバ過ぎるんだけど!!」レイカが堪りかねたように叫んだ。


「ていうことは・・・・いま、この世界にいる男性はおじさんだけじゃない?それってつまり・・・」


「君は本当に頭の回転がいいねぇ。私が雄の役割を果たすしか無いのかもね。もういい歳なんのだがフフフフ」


「自分の娘って言っているのになにそれ?結局本当は自分の欲望じゃん!?」


「私は本心から彼女たちそして君たちのことも、本当の娘のように愛するのだ。別に種の保存のために必要に迫られたとしても無理強いすることはしないさ。必要なことは神が導くように自然と物事は動いてゆく。特に日本には空気の神がいるのだからね」

「空気の神?」レイカがきょとんとした顔をして尋ねた。

「そう、日本で一番強い力を持つ神だよ。古事記にも出てくる名前の無い神だ。日本人ならば誰もが気付かず知らない間に操られてしまう、そういう神だ。」

「名前のない神?」ヨウコが尋ねる。

「名前などどうでもいいのさ。ただ私はそれを空気の神と読んでいるだけだよ。水は上から下へと無理なく流れるが、空気の神が命じれば、日本人は汲み上げてでも上から下へと運ぶのだよ。それはともかく君たちがやって来た世界、青い惑星で起きている差し迫った危機的状況と近い将来に起こる破滅が避けられないとわかれば、つまり事態の深刻さを知れば、私の言っていることがまさしく救済であると分かるだろう」



「私はこんなおじさんもう無理だよ。答えはシンプルに帰りたいだけ!・・・・ヨウコはどうなの?」 レイカは泣きそうな顔でヨウコに尋ねた。


「私は・・・このおじさんの言ってること一理あるとは思う。けどおじさん、あなたの事もここの世界の事もよく知らないし、私たちの家に帰りたいって気持ちもわかるでしょ?」


「ああ分かるさ。しかし私は君たちの命の守ろうとしようと言っているのだし、ここに君の満足できる部屋も環境も用意しようと言っているのだよ。そしてなりよりもこのビルディングは人類の未来を守るための大義ある場所だ。その意味を敏い君なら理解出来るはずだと私は確信しているのだがねぇ?」


「イヤ!私は絶対に帰りたいし帰してください!!」レイカは少々取り乱して懇願するように言った。


「あなたの言っている意義が重要だとか言われても、やっぱりそうなんですかって言えない。この世界とおじさんの持つ魔法の杖が超古代文明的な力みたいなことはわかったけど・・・そもそも種の保存とか言うなら私たちみたいな若い女の子よりも大人のほうがいいと思うんだけど」


「なるほどね・・・確かにヨウコくんの見解も一方で正しいかもしれないねぇ。若くて健康な人間が種の保存には最適だろうとおそらく君らくらいの若い女性が理想的たとかんがえていたのだが、種の保存のためにはもっと成熟した年代の女性も確かにいいのかもしれないねぇ。まぁそれはそれとして・・・一つ私から提案しよう。君らのうち一人は帰そう。しかし一人は残ってもらう。これが私の譲歩する条件だ」


「え?なんで?ひとりだけ?」レイカは思わず声を上げた。


「そうだ。どちらか一人は残ってもらう。残ってもらうにしても必ずしも永久に留め置くつもりはない。他にも候補はやって来るだろうし、しばらく体験期間と思ってくれればいい。しかしながらそのうちここが気に入ると思うし、この場所が安心安全で豊かな生活をする最善策であると理解してくれるだろうと思うがね」


「わかりました。それじゃあ、私が残ります。レイカは帰してやってください」


「え?」レイカははっとしたような声を出した。


「ヨウコ君ならそう言うと思っていた。君は友人を思いやる心も持ち合わせているようだ。立派な決断だと私も思うよ」


「ヨウコ!マジで言ってるの?」レイカが叫ぶ。


「うん、私なら大丈夫だよ。この場所に興味が出てきたし、それにあんたならわかるでしょ?」


ヨウコはレイカに二人にしかわからないほどの短い時間の目配せした。




「本当に・・・いいの・・・ね?」レイカは躊躇いながら尋ねた。


「うん。あんたはさっさと帰って、私の親とかにうまく伝えておいてよ。ここで見たままを言っても誰にも信じてもらえないだろうから、その辺はうまく誤魔化し説明してさ、私もそのうち帰るからって」


「そんな・・・わたし・・・出来ないよ」


「いいって。言い出したのはレイカだけど、私がひとり突っ走って入ってしまった結果なんだからさ」


「ヨウコ・・・本当は・・・」


「ではこういうことでいいかな?ヨウコ君にはしばらくここに居て貰うこととして、レイカくんは希望通り地獄の待つ世界へと帰ってもらおう」

「こんなところよりマシだよ・・・」 レイカはひとり小さな声でつぶやいた。

「はいそれでいいです」ヨウコは落ち着いた声で言った。


ヨウコは躊躇う様子のレイカのそばまで来ると、彼女の手を自分の両手包み込んで目を見た。そして二人は少しのあいだハグをした。

そしてヨウコはレイカの耳元に囁いた。

〈アラマタ先生を見つけてこのことを伝えて・・・・〉


「それじゃ早速だが・・・ヨウコくんは私のそばへ。ここに立ち給え」といって老人は椅子から立つと、歳の割にがっしりした左手を伸ばしてヨウコの右手をぎゅと握った。


「ではレイカくんはさっき入ってきた場所の前に立ちなさい」


レイカは指示通りに入り口のあった壁に向かって歩いていたが、途中で立ち止まって振り返った。そして一人だけで帰ることにまだためらいを感じているのかしばらくヨウコの顔を不安そうに見つめていた。



「大丈夫、私もあとで必ず帰るから・・・」


レイカは目に涙を浮かべながらも、小さく頷いてから再び歩いて壁の前まで行って立ち止まった。


「それでは扉を開こう」

老人は杖でユカをコツコツと不規則に叩き始めた。そのリズムは次第にその振動が空気を揺るがし始める。杖に何かしらの異変はない。しかし空気を満たしている空気に不思議なゆらぎが起こり始めた。そのゆらぎは雨が降りしきる世界に等しく水滴を落とすように、すべての物質に及んでいた。壁の中央に肉眼で確認できる小さな黒い点が現れたと思った次の瞬間にはそれは大きな球になり、瞬きしてもう一度見た時には、ずっとそこにあったかのようにアーチ型の出入口ができていた。確かに来るときにあったこの場所への入り口だった。


「レイカ君さあ帰りたまえ」


「ヨウコ・・・」


「レイカ・・・みんなによろしく」


「うん、ごめん・・・」


「謝んなくていいって、私は大丈夫だから。あんたなら分かるでしょ」


「うん・・・」


と短く頷いたレイカは零れそうな涙を拭って、背中を見せてアーチ型の玄関口から出て行った。そしてその小さな背中は暗闇へと消えていった。


つづく
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登場人物紹介

芹沢ヨウコ。都立雛城高校二年生。実質なにも活動していない茶道部所属。勉強は得意だが興味のある事しかやる気が起きないニッチな性格。根はやさしいがさばさばしているため性格がきついとクラスメートに思われがち。両親の影響のせいで懐疑派だがオカルトに詳しい。

水原レイカ。都立雛城高校二年生。芹沢ヨウコとは同級生で友人同士。弓道部所属して結構マジメにやっている。両親に大事そだてられていて正確は優しくおっとりしているが、素直すぎてなんでも信じてしまう。ホラーは好きでも実は苦手だけど痛い目にあっても大して気にしないし見た目より図太い。

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