第13条 接見室のときめ②

文字数 1,516文字

「あのね……僕の悪口を廊下で言っていた刑事が、取り調べ室に戻ってくるなり、僕にこう言ったんだ」
 ときめは、数秒黙り込む。
 人の気持ちを慮ることができるいい子だ。
 必ず今日中に、勾留を解いてあげたい。
 白田は急かすことなく、ときめが再び口を開くのを待った。
 ときめは意を決したように口を開いた。
「『運が悪いね、ときめちゃん。よりによって当番弁護士が、“全然視えない人”とはね。本当は弁護士は健常者だけがなるべきだと思うんだが。まあ、検討を祈るよ。被疑者の顔も視えない人間に、真実が見抜けるとはなかなか信じ難いが』って、そんな感じのことを言われちゃって……」
「ふっ」
 あまりに低俗な中傷に、鼻を鳴らして笑わずにはいられなかった。
 ときめは、肩をすぼめ、しゅんとしている。
「ときめさんが、後ろめたく思う必要はありませんよ」
「うん……だけど」
「思い出してください? 私は、ときめさんの……?」
「僕の王子様、でしょ?」
「そうですそうです!」
 パチパチ。
 大袈裟だが、拍手すると、ときめは、本当に嬉しそうににっこり笑う。
「えへへ。だから信じてたんだよ」
「では、いばらのお姫様。これから私の“お願い”を2つ聞いてくれますか?」
「うん。なになに? なんでも聞くよっ?」
「ひとつは、反省文を書いて欲しくって……できそうですか?」
「うん。別にいいけど、何を書けばいいの?」
「被害者の真由美さんに対しては、どう思っているのですか?」
「びっくりさせちゃってごめんとは思ってる」
「他には?」
「ほかには……」
 ときめは、白田の表情を伺い見るように、肩をすくめている。
 何も思いつかないようだが、今の段階では仕方あるまい。
「怒ってないので、安心してください。ときめさんを反省させるつもりでここに来たのは事実ですけど」
「はい」
 こくん、と素直にときめは頷いた。
 その表情には、白田に対する畏怖が滲んでいる。
「怖がらないで。私は、ときめさんの味方ですよ」
 優しく語りかけると、ときめは安心したように目を伏せ、口元を綻ばせた。
「……うん。それは知ってるから大丈夫」
 白田は、ときめの声音から恐怖が取り除かれたことを確認すると、優しく切り出した。
「では、もう一つのお願いです」
 傍に寄せ、表紙を裏向けた本を、白田は真ん中まで引き寄せ、表紙をときめに見せた。
「この本を、読んだうえで、反省文を書いてほしいのです。全文を読む必要はありませんが、とりわけ被害者の気持ちに注目して、真由美さんがムカデ100匹を送られてどんな気分になったか……を、ときめさんの言葉で書いて欲しいのです」
「うん。わかった。書いてみる」
 ときめの視線は、表紙のタイトル“死んだ方がマシ”に釘付けで、確かにインパクトの大きい表題だから当たり前ではあるが、ときめの表情は暗い。
“不快”とでもいいたげである。
 ただ、その表情の暗さが、白田にはわからない。
「この本と、便箋はあとで差し入れますからね。急かすようで申し訳ないのですが、今日の16時頃までにはできますか?」
「わかった。頑張るよ」
「ときめさんを今日か明日にはここから出してあげたいのです。どうかお願いします」
「うん。ありがと。僕の弁護士サン」
「遅くなってしまいましたが、洗面用具や衣類も差し入れておきますね」
 慌ただしく、帰りの身支度をする白田をときめは呼び止めた。
「待ってくんない。僕も悪いことしたかもしんないけど、僕は僕で真由美にいろいろ冷たくあたられたりしてるから、その話を良かったら聞いて欲しい」
 被疑者の話を聞くのが弁護士の1番の仕事なのにーー。
「失礼しました焦るあまり、つい……」
「大丈夫だよ。ちょっとだけでも聞いてくれればいいんだ」


 
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