第8条 接見② 百の◯◯
文字数 1,462文字
「ときめさん。大事なお話があるので、聞いてくれますか?」
ときめが落ち着くのを待って、白田は口を開いた。
「なぁに? シロタせんせ」
ときめは激しく上下する胸を、撫でさすりながらパイプ椅子に座り直す。
「刑事さんにも話したことを、また始めから話してもらうようで非常に恐縮なのですが、事件の経緯についてお話を聞かせてほしいのです」
「経緯? 事件の……?」
「ときめさんが、今回、被害者の方にしたことです」
通常このような表現は使わないが、やむを得ない。
巻きで話を進めないと、もうあまり時間がない。
「うーん……どっから話そうかな」
ときめの顔が若干、曇っている。
彼女は、長時間に及ぶ供述調書作成に疲れ果てている。
無理もない。
供述調書というのは、複数の警察官が分担的に作成することが多い。
そのため、同じ内容の話を2度も3度も話さなければならないことがよくある。
物事を順序立てて話すことを苦手とする発達障害者にとって、時系列順に事件の詳細を幾度も語らなければ終わることのできない取り調べは地獄である。
「ゆっくりで構いませんよ。断片的でも」
「ねぇ……」
ときめは白田に上目遣いを送った。
「はい? 何でしょう」
「写真は? 一緒に撮ってくれるんでしょ?」
ふたつの黒い瞳が、懇願するように白田を見つめる。
幼子のようだ。
くすり。
思わず白田の口元が綻んだ。
「せっかくですから、一緒に写真撮影するのは、ここを出てからにしませんか?」
「ここを、出る?」
「接見室の外の方が、二人並んで撮影しやすいでしょう」
白田はアクリルガラスを爪でタッピングした。
「せんせ、だけど僕、一生ここにいないといけないんでしょ?」
世の中を知らない小さな子どもが不安げに大人に尋ねる時のように真剣な表情をときめは浮かべている。
眉根を寄せ、今にも泣き出しそうだ。
白田は思わず吹き出したが、それはときめに対する若干の愛おしさからだった。
「心配しなくても、そんなことはないですよ!」
机にかるく突っ伏し肩を震わせる白田に、ときめは「何がおかしいの」と言わんばかりに不審そうな眼差しで見つめる。
「ここってコウチショとかいうところでしょ? 僕、バカだからよくわかんないケド……」
「すみません、思わずときめさんが可愛くて笑ってしまいました」
「可愛い? 僕が? 僕はいつだってキモいはずだけど……」
そんなことはありませんよ。
そう白田は丁寧な口調で前置きをしてから、続けた。
「ときめさんがいま寝起きしている狭くて薄暗い牢屋は留置場です。拘置所は、未決囚……つまり、裁判で判決が確定していない人や死刑囚が入る場所です。留置場は、最高で20日までしか入れないのですよ」
「そうなの!?」
目を丸くするときめ。口はぽかーんと開いている。
ときめを安心させるため、白田は口元と目元に笑みを浮かべた。
「刑事訴訟法で決まっているのです。それと、私とときめさんのツーショット写真ですが、ここの警察署の近くに公園があるので、そこで一緒に撮りましょう?」
「うん! そうするっ!」
「ときめさんを早く留置場から出してあげたいので、ときめさんが被害者に対してやったことについて私にお話してくれますか?」
そろそろ、本題に入らないと。
あまりモタモタしていると、何かしらと理由をつけた捜査関係者から接見妨害される可能性がある。
それに逮捕から48時間を過ぎると、司法警察官がときめの事件を検察官に送り届けてしまう。
そうなると、さらに10日間、ときめは留置場に延長拘留される可能性が出てくる。
ときめが落ち着くのを待って、白田は口を開いた。
「なぁに? シロタせんせ」
ときめは激しく上下する胸を、撫でさすりながらパイプ椅子に座り直す。
「刑事さんにも話したことを、また始めから話してもらうようで非常に恐縮なのですが、事件の経緯についてお話を聞かせてほしいのです」
「経緯? 事件の……?」
「ときめさんが、今回、被害者の方にしたことです」
通常このような表現は使わないが、やむを得ない。
巻きで話を進めないと、もうあまり時間がない。
「うーん……どっから話そうかな」
ときめの顔が若干、曇っている。
彼女は、長時間に及ぶ供述調書作成に疲れ果てている。
無理もない。
供述調書というのは、複数の警察官が分担的に作成することが多い。
そのため、同じ内容の話を2度も3度も話さなければならないことがよくある。
物事を順序立てて話すことを苦手とする発達障害者にとって、時系列順に事件の詳細を幾度も語らなければ終わることのできない取り調べは地獄である。
「ゆっくりで構いませんよ。断片的でも」
「ねぇ……」
ときめは白田に上目遣いを送った。
「はい? 何でしょう」
「写真は? 一緒に撮ってくれるんでしょ?」
ふたつの黒い瞳が、懇願するように白田を見つめる。
幼子のようだ。
くすり。
思わず白田の口元が綻んだ。
「せっかくですから、一緒に写真撮影するのは、ここを出てからにしませんか?」
「ここを、出る?」
「接見室の外の方が、二人並んで撮影しやすいでしょう」
白田はアクリルガラスを爪でタッピングした。
「せんせ、だけど僕、一生ここにいないといけないんでしょ?」
世の中を知らない小さな子どもが不安げに大人に尋ねる時のように真剣な表情をときめは浮かべている。
眉根を寄せ、今にも泣き出しそうだ。
白田は思わず吹き出したが、それはときめに対する若干の愛おしさからだった。
「心配しなくても、そんなことはないですよ!」
机にかるく突っ伏し肩を震わせる白田に、ときめは「何がおかしいの」と言わんばかりに不審そうな眼差しで見つめる。
「ここってコウチショとかいうところでしょ? 僕、バカだからよくわかんないケド……」
「すみません、思わずときめさんが可愛くて笑ってしまいました」
「可愛い? 僕が? 僕はいつだってキモいはずだけど……」
そんなことはありませんよ。
そう白田は丁寧な口調で前置きをしてから、続けた。
「ときめさんがいま寝起きしている狭くて薄暗い牢屋は留置場です。拘置所は、未決囚……つまり、裁判で判決が確定していない人や死刑囚が入る場所です。留置場は、最高で20日までしか入れないのですよ」
「そうなの!?」
目を丸くするときめ。口はぽかーんと開いている。
ときめを安心させるため、白田は口元と目元に笑みを浮かべた。
「刑事訴訟法で決まっているのです。それと、私とときめさんのツーショット写真ですが、ここの警察署の近くに公園があるので、そこで一緒に撮りましょう?」
「うん! そうするっ!」
「ときめさんを早く留置場から出してあげたいので、ときめさんが被害者に対してやったことについて私にお話してくれますか?」
そろそろ、本題に入らないと。
あまりモタモタしていると、何かしらと理由をつけた捜査関係者から接見妨害される可能性がある。
それに逮捕から48時間を過ぎると、司法警察官がときめの事件を検察官に送り届けてしまう。
そうなると、さらに10日間、ときめは留置場に延長拘留される可能性が出てくる。