ときめの回想②

文字数 2,846文字

 真由美ちゃんは、容姿に恵まれていたし、成績も全体的に優秀だった。
 そういう人間は当然、多くの友達に恵まれる。
 僕に対して、はじめて話しかけてきた真由美ちゃんは、翌日、僕の隣の席には座らなかった。
 まずそのことが、ショックだった。
 真由美ちゃんは、男女を混合したお友達3人と窓際の席でにこやかに談笑していて、僕の存在は忘れているようだった。
 昨日、彼女が僕に話しかけ、サンドイッチをくれたのは、きっと僕がシンデレラの魔法にかけられていたからなのだ。
 退屈な日常は、灰かむりに迫る。
 灰にまみれて呆然とへたり込む僕を揺さぶるようにチャイムが鳴る。
 講義が始まる。
 ソーシャルワーク演習。
 僕はなにもかもあきらめて、教授が話す内容をノートにメモっていく。
 話を聞くのが苦手な僕は、本当はボイスレコーダーを使いたいところだがそれは学内規則で禁止されている。
 聞き逃した単語が何だったか、ボールペンのキャップ部分を講義の妨げにならないくらいの音が出るくらいに、ノートの罫線に打ち付ける。
 思い出せ、思い出せ。
 何だったーー?
 陰キャぼっちコミュ障なのに、教授の講義を止めて、教室中の注目を浴びてまで聞き逃した単語を聞き返すほど僕は大きなハートは持ち合わせていない。
 先生になるのだから、人の話くらい、聞き漏らさないようにしないとーー。
 ふと、僕は彼女のことが気になり、そっと窓際を振り返った。
 真由美ちゃんは、真剣な顔で教授の講義をノートに書き留めていた。
 社会福祉士を目指す彼女が、この講義を真面目に受けるのは当たり前だった。
 夢を追って真剣な真由美ちゃん、かわいい。
 そうだ。
 あとで、彼女に訊こう。
 このアイデアを思いついたとき、僕は天才だと思った。
 ソーシャルワーク演習が終わり、いつものように昼休みはやって来た。
 一人で同じ席に座ってる僕の後方で、楽しそうな真由美ちゃんの明るい声が聴こえた。
「今日さ、学食じゃなくて、新しく出来たパスタのお店いかない?」
「いいねー! どんなお店?」
 僕のそわそわが、どんどん暴れ出す。
 行かないで。
 僕の、僕だけのーー。
……真由美ちゃん。
 そわそわと落ち着かない僕に、
「ときめちゃんも来るー?」
 いたってナチュラルに声をかけてくれたのは真由美ちゃんだ。
 僕は本当のところ、真由美ちゃんとふたりきりでゆっくりおしゃべりしながらお昼を食べたかったのだが、今日ここでお断りすれば、彼女との距離が開いてしまう。
 僕は立ち上がって頷き、ノートを片手に、ゆらゆらと真由美ちゃん率いるリア充のサークルへとくっついた。
 彼らとは半歩ほど後ろに下がってキャンパス外へ出て、パスタのお店へ。
 僕は、大衆食堂の方が落ち着くし、そういうところで真由美ちゃんを独り占めしたかった。
「でさでさ、△△ってさ、教採の小論文の模擬テストで教授にD食らったみたいでさー……焦るよね、△△ってほとんどの学科でSかA取ってる超優等生なのに」
「まあでも、小論文は不得意得意あるだろ」
「にしても、そこをなんとか突破しないと先生になれないからね〜△△くん、頑張ってほし〜な〜」
 僕は、会話に入れず、そのことでも、そのこと以外でも失望していた。
 来年から教育実習が始まる。
 僕は、教採に関するネガティブな噂や話題は極力避けていた。
 どうしても先生になりたい僕は、「受かる」ことしか考えていない。
「〇〇先輩、筆記も小論もすんなり合格したのに、面接で落ちたってよ。ちなみに3回目、もう普通に社会人やってりゃいいのになァ」
「かわいそう。予備校通ってるの?」
「聞いた話だと、通ってるみたいだよ」
「そんな真面目にやってんのに、なんで落とされるんだか……」
「あと2回は頑張って欲しいな」
 胃がキリキリする。
 やめて欲しい。
 教採の話なんて、まだ早いじゃないか。
 昨日の真由美ちゃんは、とても魅力があったのに、いまはまるで、別人みたいに俗な人間に成り下がっている。
 結局その日、真由美ちゃんは僕にときおり話を振ってくれ、僕は頷くか首を振るかだった。
 やはり、僕に友達は、一人で十分だ。

 その日以降。
 真由美ちゃんは、特に友達と話す用がないときは、僕の隣に座って、またシンデレラの魔法をかけてくれた。
 やっぱり、真由美ちゃんは僕の親友だ、と実感するたびに生きている感じをたらふくに味わった。
 僕は徐々に真由美ちゃん惹かれていって、1回だけ映画に行ったこともあった。
 二人きりになったとき、キスしようかどうか迷ったけど、さすがにここで関係が崩れたら後悔してもしきれないし、彼女はヘテロっぽかったので断念した。
 ただ、日付もおもいだせないある日を境に、徐々に真由美ちゃんは僕の隣に座ることが減っていった。
 もしかしたら映画に行った日以降かもしれない。
 ペットのムカデについて話しすぎたのかもしれない。
 ただ避けられてるかどうかがわからなかった、あの日までは。
 あの日決定的な日だった。
 そしてもうひとつの意味でも、鬱陶しい日々の始まり日ともいえた。
 僕は、あまりにも真由美ちゃんが僕をいないもの扱いしてるってことを直感したから、思い切って彼女の席まで向かった。
 彼女はなぜか、とても青ざめた顔をした。
 僕の姿を認めるやいなや。
 今まで我慢していたものが、パーンッとはち切れた。
 真由美ちゃんの周囲はたくさんのリア充どもが取り囲んでいたが、怒りと悔しさと、そこはかとない寂しさから目の前がブラックアウト寸前の僕には、リア充どもなんて畑のカボチャ同然だった。
 僕は我慢できずに、口を開いた。
「なんで僕のことを、避けたりするの!?」
 皆んな、押し黙った。
 目が点になって、口をぽかーんとさせて。
 真由美ちゃんも同じだった。
 やがて、真由美ちゃんはインスタントに僕を慰める表情を作った。
 苛立ちのピックが眼球に刺さり、ツーンと刹那的な痛みを残して去っていった。
「避けてるつもりはないよ。ただ、私にも付き合いがあるし、ときめ……ちゃん以外の子ともお話ししたいからさ?」
 真由美ちゃんは、大人だった。
 対する僕は子ども。
 そんな構図が見事に出来上がった。
 違う。
 真由美は、僕を意図的に避けてる。
 話しかけようとするたびに、彼女の「お友達」を壁代わりに使って僕の存在ごと視界から消そうとする。
「おはよ」って言うタイミングで、真由美は違うお友達の名前を大きな声で呼んで、笑顔で手を振る。
 真由美、真由美、キミはいったいーー。
「じゃあ。ときめ“さん”。お疲れ様」
“さん”
 脳天を直撃した、真由美の僕に対する呼び名の変化は、僕を奈落の底へ突き落とした。
 大学は、小学校や中学校とは違っていて、真由美と彼女の取り巻きと僕以外にことの成り行きを面白がって見守ってる奴らは誰一人いなかった。
 ただ、一人はいたのかもしれない。
 そう、あの、鬱陶しい、出来の悪い道化師のような男ーー。
 僕から真由美がはなれていき、なんの興味もない道化師は僕に接近する。




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