第5条 IL FAUT SAISIR LA CHANCE きみを離さない

文字数 12,106文字

「ねぇ。どうして急によそよそしくなったの?」
 インターチェンジに近いラブホテルの一室。
 ダブルサイズのベッドの縁に腰掛けた(やしろ)が、距離を詰めてくる。
 ベッドがかすかにバウンドした。
「……さぁね」
 ポニーテールを胸元に引き寄せて弄りながら、縦縞はそっぽを向いた。
「二回試験の勉強で忙しかったからとかじゃなさそうだね。今日の裁判所での反応を見る限りは」
 社は縦縞のよそよそしさの真意を探るべく、かつての“恋人”の顔を覗き込もうとする。
 縦縞の視界に、社がスーツの襟に付けているものが映った。
 まばゆい金色に光り輝く丸。
 ひまわりの花弁の真ん中に、マアトの天秤。
 誰もが知る、“弁護士バッジ”。
「どうして弁護士なんかになったの?」
 最も有力な判事候補だったのに。
「どうして?」
 質問を質問で返し、ふふ、と笑みを溢しながら、膝の上で頬杖をつき、縦縞に微笑みかける。
 計算し尽くしたかのようで自然で、思わずドキッとする。
 縦縞は胸が苦しくなって、咄嗟に壁にかけられている絵画の方へ目線を移した。
「修習で気でも変わったの?」
 司法修習生の初期は弁護士志望だったけど、最終的には検察官を選ぶーー。
“鞍替え”は、修習生の間ではよくある話だ。
「まだ話してなかったな。そういや」
「やっぱり事情があるみたいね」
「前科者なんだ」
「え?」
 社は切れ長の目を細めて、優しい笑みを溢す。
「わたしの父」
「…………そうなの」
 悪いこと、訊いちゃったな。
 社にそんな背景があるなんて。
 聡明さこそあるけれど、瘋癲ぶりは今日まで維持しているから、苦悩とは無縁の人生を送っていると勝手に決めつけていた。
「ぶっちゃけ判事になるつもりでいたよ。父を裁いた裁判官のようになりたくてさ」
「そうなの……」
「いい判事だったよ。何千万と人様の金を掠め取った人間に対して、『刑期を終えたらまた社会に戻ってきてください。待っていますからね』なんて言うんだもん」
「……お父さんの罪って、業務上の横領?」
「ザッツライ」
「どうして?」
 親の犯罪で火の粉が降りかかっただけの娘にこんなことを訊くのは酷かもしれない。
 けれどもそれは、検察官としてではなくーー。
「弁護士に鞍替えした理由?」
 バッジが付いた襟を引っ張り、社はいたずらっ子みたいに微笑む。
 何かを見透かされているみたいだ。
「え……ええ」
 縦縞は俯く。
「父さんが罪を犯した理由?」
 やはり見抜かれていた。
「話したくなかったらいいわよ……無理に話さなくとも」
 ただあなたの家族のことが気になっただけ。
「わたし、こう見えて社長令嬢だったの」
「ふぅん……」
「零細企業だったけどね」
 どこか切なげで、誇らしげな社の横顔に胸が、きゅっと締め付けられる。
 令嬢だったころの社が、庭を駆け回る様子が目に浮かぶ。
「あるとき、父の会社が事業に失敗して倒産して大量の借金作っちゃったの。それで、事業を再開するためにはまず借金の清算しなくちゃいけないから、トラックの運転手して稼いできてくれたんだけど、いつの間にか結婚詐欺にハマってて、他所様のお金を奪ってたってわけ」
「……よくある話ね」
「懲役7年だったよ」
「そう……」
 縦縞は片方の拳をもう片方の手でぎゅっと握る。
 検察官として、許せない。
 横領よりも、人の弱みに漬け込んで詐欺をはたらく女が。
 そして何よりもーー。
 わたしの好きな女を間接的に苦しめた女が。
「これでも大分、情状酌量してもらったんだけどね」
「でしょうね」
「今はもう出所して、子ども食堂を無償で開いてる」
「お父さん元気そうで、良かったわ。何よりもの救いよ」
「ねぇ、膝枕してくんない?」
 甘い囁き声。
 抵抗はなかった。
 この子は、修習生のときからこうだった。
 気まぐれな猫のようで、憎めない。
 だから沢山の女に囲まれていた。
「その前に見せたいものがあるの」
「なになに?」
「驚いて逃げ出すんじゃないわよ」
 太ももに、ぴっちりと張り付いたタイトスカートの裾を、摘む。
 そしてーー。
 一気に上まで捲りあげた。
「驚いた?」
 真白の下着。
 レースのガーターベルト。
「えぇ!?」
 さすがの社も、目を丸くし、軽く顎を突き出している。
 本気で吃驚しているその姿、ずっと見たかった。
 あなた、いつも余裕の微笑を浮かべながら、手のひらの上に女をのせて遊んでるものね。
「教えてあげるわ。弁護士さん。あなたを唐突に避けた理由」
「触っても、いい?」
「ダメよ。私のお話が終わるまで」
 腸骨のあたりまで上げたスカートを元に戻し、社から2歩ほど退く。
「えっ!? おあずけ? ひまわりちゃん、いつからそんな」
「まるで私が変態みたいな言い方ね。いいから聴いて頂戴。司法修習生のときに、私、見ちゃったのよ」
「何を?」
「早く私が欲しいって顔してるわね?」
「だってひまわりちゃんかわいいし、聡明だし、美人だし、心も容姿もきれいだし、」
「あるときわたしが、あなたの部屋を訪ねたとき」
 あやういイルミネーションの灯るラブホテルの一室は、法廷に様変わりする。
 被告人に反対尋問するときのように、縦縞はベッドの上の社を見下ろした。
「あなたが、他の女と椅子の上で致してるところを見てしまったの、覚えてる?」
「……あの子とはもう連絡取ってないよ。確か法曹辞めたって聞いたな、風の噂で」
「今の話じゃないわ。あのとき、私、すっごく傷ついた。だって目が合ったでしょう」
「あぁ〜! あの時かぁー!」
 ようやくピンとくるものがあったらしい。
 二人が決別することになった理由。
「あのときあなたはーー」
 寮の社の部屋の扉を開けた瞬間、瞬間、社と目が合った。
 社は椅子に座っていて、その上に同じ班の弁護士志望の女が跨っていた。
 どちらもスーツ姿で、赤・白・青の修習生バッジをつけたままである。
 パンツスーツ姿の社の下腹部には黒い物体がついていた。
 その物体ーーペニスバンドーーと、毛を生やした女の性器が、繋がっていた。
 女は気づいていないのか、
「あっ、あっ、ああぁん♡ (やしろ)判事補〜、あぁんそこは懲役2年でお願いしますぅぅ〜♡」
 社の上で腰を振り続けていた。
 唖然としている縦縞と社の目がふと合った。
 社は、吃驚するでもなく、恥ずかしがるでもなく、レズセックスを見られたら恥辱から睨みつけるでもなく、
 ひまわりちゃんも、混ざらない?
 そんな目をしていた。
 バターーン! と乱暴に扉を閉めて、寮中に響き渡る声で叫んだ。
「この! 変態ッッッ!!!」
 そしてそのあと、天井を仰ぎ、子どもみたいに泣き崩れた。
「……と、まぁこういうこと。私はまだ過去の傷を引き摺ってるの。だからあなたに冷たくしたの」
「なるほど」
「あなたは人の気持ちを考えなさすぎなの……」
「一応、弁解しておくけど、“例の彼女”も傷を負っていたんだよ。ひまわりちゃんと同じ傷を、ね」
「……どうでもいいわ。私あの子嫌いだったもの」
 好きな人を盗られる現場を生で目撃して傷つくのは当然だし、それに付随する恋敵の気持ちなど忖度できる余裕があるには、聖人君子ぐらいのものだろう。
「他人とは地獄とは、サルトルはよく言ったものだね」
 縦縞と同じく、社もベッドから立ち上がった。
 そして、スーツのポケットに手を入れる。
「ごめんね。気をつけるよ。ひまわりちゃんの前ではね。でもわたしの“癖”は治らないよ。これでもいい?」
 ほろ苦い思いが胸を掠めたが、社なりの譲歩なのだろう。
「……ありがと」
 縦縞の不満そうな礼を聞き、社は目を細めて柔和な笑みを浮かべた。
 慰めるように。
 この顔に、“あの子”はやられてしまったのかもしれない。
「じゃあ、もうわたし我慢できないから、キスしちゃお」
「ちょっと待っーー」
 社は、縦縞の顔を両手で挟む。
「ん〜」
「んんっ」
 そして縦縞のタイトスカートを、口付けしながら捲り上げる。
 そっと唇を離し耳元で囁く。
「すごい大胆な下着着けてますね、検事さん」
「やっーー」
「わたしと会っていない間、誰に仕込まれたのですか?」
 タイトスカートに手のひらを這わせ、社は一気に捲り上げた。
「……あんたのせいよ」
「ちゅ」
 軽い口付けが、頬に触れる。
「ちゅぅぅぅ」
 首筋に……。
「あぁっー」
 それだけで、心を鷲掴みにされる。
「……ほんとは、違うのよ。仕事してると理想通りにいかないことも多々あって……それで……」
 検察官だからといって、全ての悪人を一掃できるわけではないことを、検察官になってから嫌というほど知ることになった。
「そっかぁ。ちょっと残念だな」
 軽く社に、ベッドに押し倒される。
「わたしのこと、忘れられなくて、とかじゃないんだね」
 社に覆い被されると、彼女の熱っぽい体温を感じ、スーツに染み込んだ“人混み”の匂いが漂った。
「……生憎、忙しいのよ」
 声が震える。
 ずっとこうされたかった。
「ひまわりちゃん」
 同期が名前を呼ぶ。輪郭に沿うように手を這わせる。
 同期の片方の手が、陰部へと伸びる。
 下着越しにそっと指を動かす。
 仰向けになった縦縞に、蓋をするように同期が優しく覆い被さる。
 そして耳元で囁く。
「すごく湿ってない? ぶっちゃけ、いつからこうだったわけ?」
「あんたに会ったときからよ」
「へぇ。そんなに色気あるの、わたし」
「ありすぎるから沢山女が寄ってくるんじゃないの?」
 膣の奥の女の部分が疼く。
 欲しい。
 くるみちゃんが欲しい。
「“あの子”よりも、ずっとずっと激しく犯して欲しいの」
 社の上で腰を振る女の恍惚顔がいまだに忘れられない。
 あの女よりも、今夜はよがり狂いたい。
 ぱっつんに切り揃えた縦縞の前髪を優しく弄っていた社は身を起こし、彼女に跨る形で膝立ちになった。
 そしてツンデレからデレデレになりつつある検事を見下ろす。
「もちろん、そのつもりだよ。でもその前に舐めさせてくんない?」
「……足?」
「それもあるけど、ひまわりちゃんの……これ以上言って欲しい?」
「……だめ」
 酔っ払いみたいに顔を赤らめた縦縞は首をぶんぶんと左右に振る。
 それを見て社は笑う。「だよね」
 どんな敵も懐柔させるような微笑に、縦縞の頬が朱に滲んだ。
「法曹は、高潔であるべき。お下品な言葉は決して言ってはいけない。ひまわりちゃんのモットーだね」
 シーッ。
 人差し指を、少し尖らせた唇につける。
 切れ長の両目が、弧を描く。
 この素敵な表情ときゅんとせざるを得ない仕草で一体何人もの女を落としてきたのーー。
 縦縞は顔を背けた。
 ざっと薔薇を散らしたシーツと琥珀色の髪が擦れ合う音がした。
「いいから、少なくとも“あの子”にしたときよりも激しく……してよ……私、こう見えてあの時からすごく傷ついてるんだから」
「そのつもりだよ」
 社は、縦縞が履いている白レースの下着の紐を摘み、下へ下ろす。
 毛が逆立った陰部が姿を現す。
「ぁぁ……やだ」
 明るい光の下に晒された陰部が恥ずかしくて縦縞は脚の間を両手で隠す。
「すごいよ。ひまわりちゃんの蜜が下着にくっついて糸を引いてる。ずっと我慢してたんだね。大変だったでしょ?」
「そうよ……ずっと大変だったんだから」
 返事の代わりに、社は縦縞の閉じた脚を半ば強引に開き、その間の蜜の滴る花びらへ舌を這わせた。
 裁判中のときもちらちら目に入ってきたカルティエ。
 スーツの袖の飾りボタン。
 裁判中、被告人にタメ口で主尋問していた……私の同期。
 全て目の前でクラッシュして閃光が走り抜け、縦縞の瞳の上で“♡”型を形作った。
「ぁぁっ、だめっ、やしろっ……! 先生っーー♡」
「んん」
 桃の花の色をした縦縞の性器から染み出して止まない蜜を啜る社は、“美しい”。
 こんなにはしたない行為をやってる最中なのに、どこか真剣で子どものように夢中で……。
 溢れ出る自分の愛液と、社の唾液が混ざり合う音がする。
 ちゅく、くちゅ、くぷぷ……ぬちゅ、くちゅ。
「ほんとに、やるの? 信じらんないっ」
「……」
 返事の代わりに、ぬるりとした舌が、硬くとがった部分をひらひらと舐める。
 きゅっと股が縮まり、社の頭を挟む。
「あっーー、そこっ、らめっーーんん、ちょっと痛いぃぃ」
 社は指先で縦縞の太ももを愛撫し、貝殻のように硬く閉じた脚を緩める。
「ごめん。やりすぎた」
 シュークリームを食べるのが下手な小さな子どもが、口や手の周りについたクリームを舐めとるように、社はぬるりとした透明の液を舐めて拭い去る。
「ちょっと……下品だわ。やめてよッ」
「これからもっと下品なことするんでしょ? わたしたち」
 名残惜しそうに社は、縦縞の零した蜜を舐め尽くそうとしている。
「きっと売ってたんじゃないかな?」
 ドクン、と心臓が跳ね上がる。
 いよいよだ……。
“あの女”を悦ばせていた、“擬似ペニス”。
 乱れたスーツを軽く整え、縦縞は、ベッドをそっと下りる。
 さっき社に舐められた名残で両脚が震えている。
「ほら、ちゃちいけど、一応あるよ」
 アダルトグッズが売っている小型の自販機の前にしゃがんだ社は、縦縞に目で「何がいい?」と尋ねる。
「わ、私に言わせるわけ……?」
「ペニスバンド。売ってるよ」
 ほら、と輪っかがついたピンク色の擬似ペニスを、社は当たり前のように、指差す。
「……よくそんなの堂々と口にできるわね」
「ああ〜しまったなぁ。ここに来る途中のドン・キホーテなら、もっといいものが売ってたはずなのに……」
「バカじゃないの!?」
「じゃ、ひまわりちゃん。本当に犯しちゃうよ」
「勝手にすれば……!」
 パタパタパタパタとスリッパの音が乱雑に鳴る。
 縦縞は、ベッドへ逃げた。
 社が、口笛を吹いている。
 あんな無邪気な子どもみたいな子にこれからーー。
 じゃららと小銭を入れる音がする。
 私、もう逃げらんないーー。
 修習生の頃、初めてで1回きりの夜、一緒にベッドに横にはなったものの、接触は衣服の上からだけだった。
 あれは、社なりの気遣いだったのだろう。
 今回は、きっともっと深くまで来る。
 縦縞は、ベッドの中に潜り込んだ。
 今夜、私の知らないくるみちゃんを知ることになるだろうーー。
 怖い。
 幻滅、失望、嫉妬。
 これ以上の感情を、彼女の上に上塗りしたくなかった。
 今でもじゅうぶん、社に心をかき乱されているのに。
「ひまわりちゃん」
 小声が、掛け布団の上に響く。
「大丈夫? ひまわりちゃん。緊張してる?」
 自分が子どもになったかのような錯覚をしてしまうような優しい声に、縦縞の緊張は少し解けた。
「一緒に楽しもう」
 きゅっと胸が締め付けられた。
 クリーニングが行き届いた重い掛け布団を這い出る。
 だが、縦縞は、作り物のペニスを付けているであろう同期の間抜けな姿は直視することができなかった。
 社はいつだって、縦縞のなかで汚れることのない存在だった。
“あの女”を抱いていたときだって。
 自身の脚の間を夢中に舐めてるときだって。
 だけど、作り物のペニスをつけてる姿は受け入れがたい。
 まるで盛った男みたいで。
「いいから犯してよ」
「着けてくんない?」
 片膝が、ベッドに乗る音と重みを感じた。
 おそるおそる振り向くとーー。
「へ?」
 社はまだペニスバンドを着けていなかった。
「ひまわりちゃんに着けて欲しくって」
 両手で、ハーネスの輪っかの部分を持っている。
「抵抗ある?」
「いや……むしろこっちの方がよかったわ」
「確かに、首輪をつけるみたいで“所有感”増すもんね?」
「別にあんたのこと性奴隷だなんて思ってないわよ!」
「でもわたしのことを独り占めしたがってるよね?」
「ええそうね……」
「じゃあ、これ、着けてご覧」
 社から、ハーネスをおそるおそる受け取る。
「……どうやってつけるの、これ」
「これはハーネスだよ。こうやって跨いで着けるの」
「そ、そう……」
「ひまわりちゃん。お手を拝借」
 社の手が、両手に重なる。
 何かぶよぶよしたものを握らされた。
 おそるおそる手元を見やると、ショッキングピンク色のディルドがあった。
「え……こんなの卑猥よ」
 覆い被さったままの社の手に力が籠る。
 長いまつ毛をたたえた瞼は閉じられている。
「大丈夫だから。今夜は、一緒に楽しもう?」
「……ええ」
「思い切って今日、裁判所でひまわりちゃんに声をかけてよかった」
「そうね……わたしも変に意固地になって無視を貫かなくて、よかったわ……」
 今までしたことのない“遊び”に踏ん切りがつかない縦縞の手をそっと取った社はーー。
「じゃあ……まずは、向かいあってお話ししようか?」
 こくん、と縦縞は頷く。
 社は安心させるように微笑み、その場であぐらをかいた。
「じゃあ、こっちおいで」
 ピンク色のディルドからは、できるだけ視線を外しながら社に近づく。
「ふふ。ドキドキだね」
 覚悟を決め、タイトスカートを下腹部まで捲り上げる。
 あぐらをかいた社の股間をまたぎ、そのまま腰を、膣を、ゆっくりと、沈める。
「んんっ…ぁぁ」
 ずぷぷぷ……と社の一部が、粘膜がじんじんと熱くなった孔に入ってくると思うと胸がきゅんとする。
 ほら、楽しいでしょう?ーー社はそう言っている。
 第二ボタンまで留めたワイシャツ。
 金色に光り輝く弁護士バッジ。
 憧れていたのに、見下すことで自分が傷つくのを防いでいた。
「あんっぁ……やしろせんせ……」
 自分の卑猥ぶりに呆れ、身体中の力が、抜けていく。
 そして唇を噛み締めた。
“あの女”みたいに、社の顔を見つめながら卑猥によがれたらーー。
 社の顔を直視できるほど開き直ることができなくて、縦縞は天井を仰いだ。
「わたしがあげたピアス、揺れてるね。もっと揺らそうか」
 社は腰を少し浮かし、縦縞の細い腰を抱きしめる。
「どう? 欲しかった感覚ある?」
 本能的に快楽を感じる膣の奥の部分に刺激を感じる。
 欲しかった感覚が一気になだれ込んできて、舌の感覚が麻痺していく感じがした。
「んっんっ」
 こくこくと頷いた。
「そこがいいのっ。もっと突いて」
 自分が自分じゃないみたいな浮遊感。
 あの夜よりも強烈な快楽が、縦縞を包む。
 女性一人の体重を受けて動かしている社のこめかみから汗の滴が流れていった。
「ひまわりちゃんのポニテ揺れすぎ。卑猥だな」
 ポニーテールの毛先を、裁判所で出会った時よろしく掴まれる。
「やっ……社先生、やめて……っ」
 セクハラされた女のように縦縞の顔が歪む。
「ごめん。つい」
「別にいいの。くるみちゃんにだったら何されてもいいの」
 縦縞はさらに顔を歪ませる。
「ほほう。最初からそれだけ素直だったらいいのになぁ……」
 ポニーテールから手を離し、縦縞の腰を掴んで前後に揺らし始める。
「こうして向かいあっているとっ、いやでも目に入るのよ、あんたのその弁護士バッジ」
「いいでしょ? 背徳的で。しかも本物だし。お互い」
 縦縞の黒ブラウスに、社の腕が伸びる。
 ブラウスを摘み、上へと捲り上げる。
 ブラジャーの前ホックを外す。
 縦縞の小ぶりな胸が露わになった。
「ふふ。かわいい」
 ピンク色の乳首を、同じ色の小さな乳輪が囲っている。
 ふつふつと鳥肌が立っているように見えるモントゴメリー腺が散らばった乳輪を指先でなぞられると不思議と腰がくねくねと動く。
「ごめんね。焦らしすぎだね」
 ちゅううう、と社が小さな乳首に吸い付くと、
「んんーーーっ」
 胸から全身へと快楽がひろがった縦縞は喉を露わにした。
 無防備な喉に、かぷっと社は噛みついた。
 そして、てろっと舐めた。
「ふふ。スキだらけだよ。ひまわりちゃん」
 耳元で囁かれたと思えば、首筋にも舌先で短く這っていった。
「あぁんどうっして……弁護士なんかになったの」
「ん〜」
 ぴたりと腰の動きが止んだ。
 縦縞ではなく、社のが。
 両方のこめかみから汗を流して、鎖骨の上にもじんわりと汗が滲んでいる。
「はぁ……」
 鼻の下の汗を人差し指で拭ったあと、社は天を仰いだ。
 そして仰向けに倒れ込んだ。
 ぼふっと、ひと一人分の身体が沈み込む振動を感じた。
 さっきから社にばっかり動いてもらっている。
 疲れるのも当然だ。
 縦縞は、剥き出しの社の喉をそっと舐める。
「あぁ……ひまわりちゃんにお返しされた」
 ナチュラルメイクの社だが、よく見ると瞼の上の銀色のラメがキラキラと汗に混じって光っている。
 競り上がった唾を、飲み込んでから、
「言いたくないなら言わなくていいわ」
 今度は剥き出しのおでこに。
 社みたいに音を立てるてキスするテクニックは持っていないから。
 そっと口付ける。
「クソみたいな理由だよ」
 瞼を開いた社と視線が絡まった。
「いいわよ。今さら軽蔑なんかしないわよ」
「ひまわりちゃん」
 さっと身を起こした社は、縦縞の名前を耳打ちする。
「軽蔑して、逃げようとしても逃さないからね」
 妖艶な笑みを浮かべたあと、社は脱ごうとしたスーツのジャケットを着直した。
「わたしが弁護士になった理由かぁ……ちょっと苦い思い出だな」
「……教えて」
「ひまわりちゃん、わたしにお尻突き出してご覧」
「えっ!?」
「まさしくこれだよ」
 正座を崩すような座り方をしていた縦縞の身体を無理やり起こし、四つん這いにさせる。
 さっきと同じように、ペニスバンドのディルドを、縦縞のお尻より下へ、潜り込ませる。
「すぐ入っちゃうね。スキの一つもないおまんこだね」
 女性期の俗称は、声のボリュームを落としているものの、縦縞には信じられなかった。
「そんな言葉っ、あっ、ああぁっ、だ、ら、らめっ、らめっ激しすぎるっ」
「今度は止めないよ。何度も何度も騙されるほどわたしもさすがにバカじゃないからね?」
「そうじゃっ、なくてっんぁぁんんーーっくるみっ、ちゃんっんんんーー」
 開きっぱなしの口から、涎が垂れる。
 唇を伝う粘液は、腰を振る後ろの女によって拭われる。
 そのついでに、女の指が縦縞の口の中へ入り込む。
「んふんっっふ」
 縦縞の唾液がまとわりついた人差し指を、社は丹念に舐める。
「いまのわたしの罪状は? 検事さん」
「あぁぁっ、きょっ」
「きょっ?」
「きょうせい、わいせつざい、じゃ、ない、かしらっ」
「さすがだね。そうだよ。修習生のとき、とある女の子に訴えられそうになったんだ。……はぁっ、……罪状は強制わいせつ罪。ひまわりちゃん、きれいな身体してるね。あの子なんかよりもずっとずっとずっとね、勿体ないなぁ、あんな子食べるんじゃなかった、わたしもあの時は節操なさすぎたよ、酔ってたとはいえ」
 ますます激しく腰をぶつけられる。
 襟の弁護士バッジが相変わらず眩しい。
「くるみちゃんにとってッ、嫌なッ、思い出、なのね?」
 無理もない。
 女ははっきり「嫌」とは言わない生き物だ。
 わたしは今、どうにかなりそうだけどーー。
 好きな人に抱かれて。
「それでっ……どうなったの?」
「いい弁護士に助けてもらったよ。ちなみに男ね。あらゆる手を駆使して、その子の弱点を炙り出して、わたしのしたことの落とし所を探って、このバッジの中の天秤のように、見事に……まぁ半ば無理矢理だけど、平行ににしてくれた」
「んんんっ、そりゃ、よ、よかっららないっ」
「その弁護士のある種の狡さに、グッときた」
「え」
「だから弁護士に鞍替えしたんだ」
「くるみちゃん、待って」
「待たないよ。さっきも言ったよね。何度も同じ言葉に騙されるほど私はバカじゃないってさ」
「でもわたしのなかのくるみちゃんはっーー」
「ひまわりちゃんの理想のわたしは、父さんを庇った判事を目指しているーーかもしれないけどそれは過去の話」
 手綱を掴むように、縦縞の両腕を掴んで社は握る。
「今日の裁判での、やしろ、先生は……」
「ああ。そうだね」
 社の口元が、意地悪そうに歪む。
「ひどっっんん、かったっぁぁあんんっんっつんっ」
「楽しかったよ」
 今日の裁判でこちらの主張に対し、社率いる弁護側は、反対尋問で次々に切り崩しにかかってきた。
 あまりのしつこさにーー。
 まるでいまの自分を捕まえたまま決して離そうとしないい社のように、あのとき、何故か、何故だか、きゅうと胸が締め付けられた。
 そんな場合じゃないのに……。
「ひどい、ひどい、いろいろ、かなしい」
「それでもわたしのことが好きで仕方がないんだもんね」
「うぅぅ」
 下唇をぎゅーと噛み締めていると、溜まりに溜まった快楽が膣の奥で弾けそうになっていることに気がつく。
「好きって言って。ひまわりちゃん」
「好きよぉぉぉ」
「わたしも好きだよ」
「らめっっそれ以上つ、突かれると、お、おしっこでちゃううっぅぅ」
「出しちゃえば。楽になるよ」
 奥歯を噛み締め、首を左右にぶんぶんと振る。
「最もやめるつもりはないけどね。嫌でもそのうち出るよ。あ、ほらね」
「……ぇ……やだ」
 じょろぉぉ……と、ふたりの結合部から液体が溢れて、ぼとぼととシーツを濡らしていく。
「ちょっと待って……まだっ……突くのぉぉ!?」
 口から涎を、おでこから汗を、両目から涙を垂れ流す縦縞に、社は微笑みかける。
「愚問だよ。ひまわりちゃん。視界から入る情報もセックスにおいては大切なの」
 ぐぐぐ……とディルドが奥へずぶり……と潜り込むと、膀胱がぎゅうと押される。
「やぁぁぁーー変態ーーっ」
 弁護側に両手も下半身も塞がれ、攻められ、検察側が泣き叫ぶ。
 それでも。
「やしろせんせぇ、もっとぁぁぁずっとくるみちゃんにこうしてほしかったの……」
「いいね。あとで刑事告訴されないように録音しておこうかな」
「ぁぁんんんっ」
 四方八方に飛び散る体液が、縦縞の臀部や太ももを濡らし、垂れる。
 社はスーツをぐしょぐしょに汚されてもお構いなしである。
 身体中の水という水を出し切ったあと。
 検事は、ガクンと首を項垂れた。
 ポニーテールが二股に分かれて、しゅるん、と垂れ落ちる。
 社は、朱色に染まった縦縞のうなじにそっと触れた。
 握っていた両手を解くと、検事は人形のように崩れ落ちた。
「これじゃあ、フェアじゃないね。次は、ひまわりちゃんが責めてくれる?」
「ん」
 激しく上下する縦縞の肩を抱き、焦点が合わずうつろな瞳の縦縞の顎をそっと掴んでペニスバンドを外した股間にもっていく。
 縦縞は無言で頷く。
 そしてスーツのズボンのファスナーを、ゆっくり、じーっと下げる。
「ひまわりちゃん、舐めるの上手いもんね」
「……あなたがそう思ってるだけよ」
 下着を下ろすと、漆黒の毛が逆立って、縦縞を迎え入れる。
「お願いお願い。舐めてよ」
 懇願する社に、胸がきゅっと絞られる。
 生い茂った毛を掻き分けると、桃色の芯がかたく反り立っている。
 縦縞は、そこに、舌先をつけて舐め始める。
「ああ……ひまわりちゃん」
 社は縦縞の後頭部を押さえつけ、もう片方の手を自身の口の中に差し入れる。
 すると、社の腰が大きく揺れた。
「んんっ……部屋中ひまわりちゃんの香りで満ちて、くらっとキそうだよ……」
 すぐに閉じようとする女性器を開き、しおからい芯を舐めるに徹する。
 まだこうすることでしか、快楽を与える術をしらないものーー。
「ひまわりちゃん上手だね。一生、わたしのだけを舐めて欲しいっけど……ッ」
 ひまわりの形のピアスを、社は指先で弄ぶ。
 猫の顎を撫でるように。
「くぅッ、あ、イきそっ」
 苦悶の表情に顔を歪ませた社は、縦縞の後頭部を両手で掴む。
 眉間に皺を寄せて歯を食いしばった社は、ガクガクッと縦に震える。
「ーーッどうやらナカの奥でイっちゃったみたいだから、このまま終わったら永遠におあずけ状態になっちゃうよ……もっと舐めて、お願い」
 グッと後頭部を押しつけられる。
「いいわよ」
 茂みのなかで、社の秘部の香りを吸い込みながら、桃色の突起を、強く舐めた。
 舌全体に、社の香りを染み込ませ、覚えさせる。
「どんなキャンディよりも、美味しいわ」
 縦縞は上目遣いに、トロ顔の社に挑発的な視線を送った。
「ひまわりちゃん……そうやってずっと見つめてくんない、イくときもずっと」
「私にかけて。あなたの愛液」
「あっーーダメだっーー今日は早いいぃッいくッっ」
 ぷしゃ、と小さな飛沫が、縦縞の前髪を濡らし、やがて瞼の上を垂れる。
「やっちゃった、ああ、今日は、めちゃくちゃイきやすいな……どうして」
 じょろろと垂れ流れる社の愛液を、瞼を閉じて縦縞は受け入れる。
「ひまわりちゃんのっおっ、きれぇっなかおがっ、んっんんんっーーーー!!」
 歯を食いしばり、社は3回目のオーガズムを受け入れる。
「ああぁっこれだけ連続でクると苦しいものがっーー」
 弁護人は天井を仰ぎ、細かく震える。
 それでも縦縞の後頭部を押さえる両手は、壊れ物を持つように添えられている。
「あああっーー、またっ、わたし、ひまわりちゃんの前なのに、はしたなすぎっっぃぃ」
 びちゃびちゃと、綺麗にメイクした顔もきっちりセットしたサラサラの髪も潮でずぶ濡れになっている。
「あぁぁぁんん、ほかの、おんなのこだったらいぃぃけどぉぉぉひーちゃんの前ではぁぁらめぇらからぁぁっ」
「このままだとテクノブレイクで死んじゃいますね。社先生」
「ほんっつと、ほんとにぃぃぃ」
「蛇口がバカになって水が止まらないみたいです。軽蔑します」
「あっ、いまの状態でナカ入れられると……ッ」
 溢れ出た社の噴水の孔に人差し指を入れ、くちゅくちゅ……とかき混ぜながら、舌をべろーんと出して、いきりたった桃色の陰核を舐めて味わい、ちゅうううううと吸うと、社がビクビクと痙攣する。
「ああああっーーーーーらめっいいいいいぃぃこんなのはじめてっーーーーーーぁぁぁああっ」
 とても長い間ーー。
「……検事さんッ、かわいい。キスしていい?」
「いいわよ」
 愛液でぐちゃぐちゃに濡れた縦縞の唇に吸い付き、社は、舌を捩じ込んだ。
 濡れたベッドの上で、ふたりはスーツ姿で抱き合い、お互いの舌を探り合った。
 くちゅ、くにゅ。
 押したり、引いたり、回ったり、なぞったり、細かく揺れ動かしたり。
 ふたりの関係は、愛という関係性のうえで、向日葵の真ん中に刻印されたマアトの天秤のごとく平等になった。
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