第2条 Cadeau プレゼント
文字数 1,433文字
開廷まであと20分。
2人は公園のベンチに座っている。
スーツ姿の女性ふたりの間には、ひと一人ぶんが入りそうな距離がある。
自販機で買ったミルクティーを既に半分ほど飲んでいる社は、裁判所の廊下での検事との応酬以来、ひと言も喋らず、「はぁ」とか「ふぅ」とか小さくため息をこぼしている。
縦縞は、社 に奢ってもらった缶コーヒーのプルタブをようやく開けた。
実をいうと、缶コーヒーのプルタブを開けるまでずっと縦縞は社に見入っていたのだ。
司法修習生のときは臀部に届きそうなほど長かった黒髪は、1年ほど見ない間にシャギーが入ったボブヘアになってる。
ワックスをつけてるのか濡れたように見える毛先は、色っぽい。
そして。
相変わらず綺麗な横顔。
宇多田ヒカルみたいに太い眉毛。
小さな顎。
細くて長い指。
社の手元を見て、縦縞は思い出した。
ーーわたしは、コーヒーより、ミルクティー派です。イギリス人なのかな。
司法修習生が共同生活をする「なのはな寮」の自販機でお互い好きな飲み物を飲みながら他愛もない話をした。
修習生の時、社は毎晩のように飲み歩いて、時にはべろんべろんに酔って帰ってくる時もあるくせに何故か、成績がいつも上位で、裁判官や検察官から「是非うちに」と、引っ張りだこになっていた。
本当は今頃、カラスのように真っ黒な法服を着ているはずなのになぜ弁護士なんかになったの。
喉から手が出るほど羨ましい良いポジションを何故蹴ったのーー。
強い視線を感じたのか、社と縦縞の目があった。
「あ、そうそう」
見られていたことに気づいているのかいないのか、社は、おもむろにズボンのポケットから何かを取り出し、縦縞の手に握らせる。
「なに? これ」
茶色い小袋が、オレンジ色のリボンで封されている。
「……さっきの話だけど、ストーカーかは微妙なところだけど、ひまわりちゃんのことは忘れてないよ。今日まで」
「開けていいかしら?」
「ちょっと子どもっぽすぎるかもしれないけれど」
袋の中で2つの小さなアクセサリーが揺れている。
「……ピアス?」
「ビレッジヴァンガードで見つけてさ。ひまわりちゃんなら絶対買うだろうなって思って」
そう言ったあと、社はミルクティーの最後の一滴を喉に落とす。
弁護士になった初任給で買った一番安いカルティエの腕時計を見やると、針は25分をまわっていた。
もう少し居れるな。
まあでも、このあたりで切り上げよう。
「かわいい!!」
黄色がまぶしいひまわりの形のピアスを片手に載せた縦縞の顔が花を咲かせたようにあかるくなったのを見て、社の顔も綻ぶ。
どうやら、ひまわりちゃんはひまわりちゃんのまま変わっていないみたい。
「そろそろ戻らないと」
スーツのポケットに両手を突っ込み、縦縞を振り向く。
「あの、社先生」
首の後ろに手をやり、社は照れを押し隠した。
「別にいいよ。『先生』呼ばわりしなくても」
「じゃあ、くるみ、ちゃん」
縦縞も名残惜しそうにベンチから立つ。
「こっ……、このピアス、つけてくれない?」
片手で胸を押さえながら、縦縞は社の目を見れずにいる。
社は、ふっと微笑をうかべ、縦縞が手のひらに乗せたままのピアスをそっと掠め取る。
「いいよ。じゃあ、第二法廷のお手洗いにしようか」
ふたりは、距離をとって歩き出す。
かつて手を取って歩いたこともあった。
一番よく行った場所は飲み屋ではなく、ショッピングモールだった。
ビレッジヴァンガードがある、あのショッピングモール。
2人は公園のベンチに座っている。
スーツ姿の女性ふたりの間には、ひと一人ぶんが入りそうな距離がある。
自販機で買ったミルクティーを既に半分ほど飲んでいる社は、裁判所の廊下での検事との応酬以来、ひと言も喋らず、「はぁ」とか「ふぅ」とか小さくため息をこぼしている。
縦縞は、
実をいうと、缶コーヒーのプルタブを開けるまでずっと縦縞は社に見入っていたのだ。
司法修習生のときは臀部に届きそうなほど長かった黒髪は、1年ほど見ない間にシャギーが入ったボブヘアになってる。
ワックスをつけてるのか濡れたように見える毛先は、色っぽい。
そして。
相変わらず綺麗な横顔。
宇多田ヒカルみたいに太い眉毛。
小さな顎。
細くて長い指。
社の手元を見て、縦縞は思い出した。
ーーわたしは、コーヒーより、ミルクティー派です。イギリス人なのかな。
司法修習生が共同生活をする「なのはな寮」の自販機でお互い好きな飲み物を飲みながら他愛もない話をした。
修習生の時、社は毎晩のように飲み歩いて、時にはべろんべろんに酔って帰ってくる時もあるくせに何故か、成績がいつも上位で、裁判官や検察官から「是非うちに」と、引っ張りだこになっていた。
本当は今頃、カラスのように真っ黒な法服を着ているはずなのになぜ弁護士なんかになったの。
喉から手が出るほど羨ましい良いポジションを何故蹴ったのーー。
強い視線を感じたのか、社と縦縞の目があった。
「あ、そうそう」
見られていたことに気づいているのかいないのか、社は、おもむろにズボンのポケットから何かを取り出し、縦縞の手に握らせる。
「なに? これ」
茶色い小袋が、オレンジ色のリボンで封されている。
「……さっきの話だけど、ストーカーかは微妙なところだけど、ひまわりちゃんのことは忘れてないよ。今日まで」
「開けていいかしら?」
「ちょっと子どもっぽすぎるかもしれないけれど」
袋の中で2つの小さなアクセサリーが揺れている。
「……ピアス?」
「ビレッジヴァンガードで見つけてさ。ひまわりちゃんなら絶対買うだろうなって思って」
そう言ったあと、社はミルクティーの最後の一滴を喉に落とす。
弁護士になった初任給で買った一番安いカルティエの腕時計を見やると、針は25分をまわっていた。
もう少し居れるな。
まあでも、このあたりで切り上げよう。
「かわいい!!」
黄色がまぶしいひまわりの形のピアスを片手に載せた縦縞の顔が花を咲かせたようにあかるくなったのを見て、社の顔も綻ぶ。
どうやら、ひまわりちゃんはひまわりちゃんのまま変わっていないみたい。
「そろそろ戻らないと」
スーツのポケットに両手を突っ込み、縦縞を振り向く。
「あの、社先生」
首の後ろに手をやり、社は照れを押し隠した。
「別にいいよ。『先生』呼ばわりしなくても」
「じゃあ、くるみ、ちゃん」
縦縞も名残惜しそうにベンチから立つ。
「こっ……、このピアス、つけてくれない?」
片手で胸を押さえながら、縦縞は社の目を見れずにいる。
社は、ふっと微笑をうかべ、縦縞が手のひらに乗せたままのピアスをそっと掠め取る。
「いいよ。じゃあ、第二法廷のお手洗いにしようか」
ふたりは、距離をとって歩き出す。
かつて手を取って歩いたこともあった。
一番よく行った場所は飲み屋ではなく、ショッピングモールだった。
ビレッジヴァンガードがある、あのショッピングモール。